第二話 忘れ物をした神様
目を覚ますと、草原だった。
空は青く、風が気持ちいい。
「……生きてる」
体も動く。
痛みもない。
「……え?」
声を出して、違和感に気付いた。
高い。
やけに澄んでいる。
「この声は……」
身体を起こすと、やけに重い。
細い腕。
華奢な指。
そして――
「………………えぇ?」
胸が、ある。
それも、控えめどころか主張が激しい。
「なんで……」
触る。柔らかい感触。現実だ。
「……はぃ!?」
混乱する頭で、必死に状況を整理する。
下も触るが、あるはずのものが無い。
慌てて近くにあった湖の水面に顔を映す。
そこにいたのは――
「……髪が、伸びて...?」
顔は変わらず俺だが、ショートヘアの髪が顎下あたりまで伸びている。
これではまるで、本当に、
「……いや、待って」
ふざけるな。
「あのお爺様!!何をしてくれてますの!?(あのクソジジイ!何してくれてんだ!?)」
口が、勝手に変な言葉を吐いた。
「……え?(は?)」
今、確実に「クソジジイ」と言おうとした。
なのに。
「お爺様!(クソジジイ!)」
何度やっても同じだ。
「……っ」
背筋が冷える。
胸。
声。
言葉遣い。
あのジジイ。
――絶対、余計なことしてる。
「……筋肉さえあれば、か」
そう呟いた声は、やけに可愛かった。
どうやら、筋肉ではどうにもならないこともあるらしい。
*
――やってしまった。
雲の上、天界の執務室で、わしは深くため息をついた。
「うぅむ……」
白い雲でできた机に肘をつき、先ほど転生させた魂の記録を見つめる。
「男...じゃな……」
転生者:白川 凪・人間・18歳・男性。
しっかり、そう書いてある。
「いやしかしじゃな……顔が……あまりにも……」
首を振る。
「いかんいかん。性別を見誤るなど、神としてあるまじき失態……」
しかも問題はそれだけではない。
彼女――いや、彼――の最期を思い出す。
理不尽な死。
力を求める怒り。
それに胸を打たれ、つい。
「余計なギフトを盛ってしまったのぅ……」
あらためて、転生後の白川凪のステータスを見る。
名 前:白川 凪
年 齢:18
性 別:女性(転生後)
種 族:ヒューマン[階位I]
装 備:簡素な布のシャツ、簡素な布のズボン
能力値:[体力]52
:[魔力]5000
:[力]13
:[防御]20
:[素早さ]43
:[器用さ]78
:[賢さ]596
魔 法:重力魔法Lv.1〈S〉
武 技:なし
加 護:創造神の加護〈S〉
ギフト:淑女・・・口調・動作が淑女らしくなる。
:豊胸・・・バストサイズUP。
:不変(限定)・・・①容姿が変わらない。②容姿が維持できない状態になった場合、肉体を調整して元の状態に戻す。
「完全によかれと思ってじゃったんじゃが……」
今頃、向こうでは大混乱だろう。
「……呼び戻すか」
わしは杖を鳴らし、彼の夢に干渉した。
*
――おかしい。
ショックのあまり気絶したように眠りについたつい先程。丁度よく木の洞がありそこで寝たはずだが...。
「……また、ここですか」
目の前には、あの神様?の老人。どうやらまたあの謎空間に戻ってきたらしい。
「ほっほっほ、すまんすまん」
彼は頭を掻きながら、気まずそうに笑った。
「ちょっとした手違いじゃ」
『手違いで済ませんな!!』
――と、言いたかった。
「手違いで済ませないでくださいませ!!」
「おお……やはりそうなるか」
神様、いや、ジジイは頷く。
なんなんだよこの喋り方...自分で喋ってると思うと鳥肌が止まらん。
「まず謝ろう。すまん」
「この口調を元に戻して下さいまし!!性別もですわ!」
「戻せん」
「即答ですの!?」
神様的な存在ならそのくらい余裕だろうと思っていたところ、まさかの返答に驚く。
俺の叫びに、ジジイは真面目な顔になる。
「一度、転生が完了してしまうとじゃな。追加や変更のギフトは授けられん」
「はぃ?」
「天界のルールじゃ。例外はない」
「なんですの、それ!!」
「すまん!!」
深々と頭を下げるジジイ。
まじかよ...この先ずっと女として生きていかなきゃってことか?付き合ったこそすらなかったってのに...。
うおーん(泣)
「...どうしてこのようなことに?」
ジジイは一瞬、言葉に詰まったような顔をして。
「……正直に言うとじゃな」
開き直ったように笑顔で言った。
「お主を、女の子だと勘違いしておった」
「…………」ピキッ
殴ってもいいかな?
「最初から最後まで?」
「うむ」
「あなた神様ですわよね?普通分かりません?」
「見た目で決めつけてろくに調べんかった」
「叩きますわよ」
「叩くくらいならよいぞ」
ペチーン!
俺は頭を抱えた。ジジイも頭を抱える。ハゲ頭に紅葉マーク。
神様にも間違えられるレベルなのかよ...。
「ではこのお胸も、この声も、このお嬢様のような言葉遣いも!」
「全部、その勘違いの結果じゃな」
「最悪ですわ……因みに何故か内股になってしまうのですが、まさかこれも...?」
無言で頷くジジイ。がっでむ!!!!
しかし、ジジイは一つ、指を立てた。
「まあ流石に、完全に放置するのも忍びないでの」
空間から、一つの仮面を取り出す。
白く、よくわからない模様の入った仮面。
「これは?」
「付けている間だけ、口調と動作を元に戻せる仮面じゃ」
「……それだけ?」
「それだけ」
「せめて胸を――」
「無理じゃ」
即答。
「天界のルールじゃ」
「……」
「女の子が白目なんか剥いちゃいかんぞ。」
「男ですわ!」
ジジイは続ける。
「すまんの、これくらいしかできんのじゃ。天界のルールである以上、ワシが破るわけにはいかん。」
「……元はと言えば、お爺様が勘違いしたせいでしょうに」
「否定はせん」
俺は仮面を受け取り、しばらく黙り込んだ。
「……まあ、いいです」
ふっと息を吐く。
「力は、あるのですわよね?」
「うむ。重力魔法は、確かに授けた」
「なら、いいですわ」
性別なんて関係ない...とは言い切れないが、それでも筋肉を育む魔法は手に入った。
それなら...。
「筋肉で全てねじ伏せてさしあげます」
「……やはり、中身は男じゃったな」
その瞬間、夢は終わった。
*
彼が目覚めた後。
わしは、雲の上で一人、固まっていた。
「…………」
記録を見返す。
ギフト一覧。
「……あ」
指が止まった。
「不変(限定)の説明、しておらん」
――なにがあっても、見た目が変わらない。
「……まあ、気付くじゃろ」
多分。
「自分のステータスを開けば分かるはずじゃしの。ステータスの開き方も教えとらんけども...」
わしは、目を逸らした。
*
■階位
この世界では、生物の「存在の格」を示す指標として、
階位(I〜)という概念がある。
階位は、
・魔物との戦闘
・生存競争
・実戦経験
などを通して徐々に高まっていく。
階位が上がると、能力値そのものが底上げされる。
ただし、普段は自覚できるものではなく、
自分で確認する者もほとんどいない。




