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第十五話 岩の山へ

 森に戻ってから、しばらく経った。


 エルフの里は居心地が良かったが、ずっと世話になるわけにもいかない。

 装備も整ったし、やることは一つだ。


 修行。


 それも、前とは少し違う形で。


 あの日のことを、俺はまだ忘れていない。


 地下訓練場。

 見知らぬ男の拳。

 一瞬で真っ暗になった視界。



(……悔しいな)



 あの時の衝撃は、思い出すだけで体が強張る。

 別に恨んでいるわけじゃない。

 ただ、単純に――足りなかった。


 筋肉も。

 耐久も。

 経験も。



(もっと、強くならねぇとな)



 そう思って、俺はまた森の中に立っている。


 今回は拠点から少し離れた場所だ。


 空を飛べるようになってから、行動範囲が一気に広がった。

 何日もかかるような距離でも、今ならあっという間だ。


 俺が向かったのは、山の麓。

 岩が多く転がっている場所だ。


 大小さまざまな岩が、斜面に散らばっている。

 森の中じゃあまり見かけないようなサイズのものも、ここにはいくつもあった。



(ここなら、思いっきりやれるな)



 周りには人の気配もない。

 木も少ないから、壊しても問題ない。


 修行場所としては、ちょうどいい。


 俺は装備を全部外した。


 ベルトも。

 木刀も。

 服も。

 下着も。


 全部、近くの岩の上にまとめて置く。


 訓練中に着てたら、どうせ破れる。

 それに、ここには誰もいない。


 身軽な方が動きやすい。


 軽く肩を回す。

 腕を振る。

 深呼吸。


 体の調子を確かめる。



「……よし」



 自然と声が漏れる。


 女声になっているのは分かってるが、もう慣れた。

 誰もいないし、別に気にする必要もない。


 まずは、小さい岩からだ。


 転がっている拳大の石を拾う。



(軽いな)



 前よりも、明らかに軽く感じる。

 これくらいなら、片手でも余裕だ。


 何度か持ち上げて、軽く投げて、キャッチする。


 次。


 もう少し大きい岩に手をかける。


 膝くらいの高さのやつだ。



「……はっ」



 力を入れる。


 持ち上がる。


 思っていたよりも、あっさりと。



(こんなもんか)



 肩まで持ち上げて、ゆっくり地面に戻す。


 これを、何度も繰り返す。


 持ち上げる。

 下ろす。

 持ち上げる。

 下ろす。


 腕にじわじわと負荷が溜まっていく。


 汗が、額を伝う。


 でも、嫌な感じじゃない。



(効いてるな……)



 さらに大きい岩へ。


 今度は、腰くらいの高さ。


 両手で抱えるようにして、持ち上げる。



「……っ」



 少し重い。


 だが、無理ではない。


 ゆっくりと持ち上げて、胸の位置まで運ぶ。

 そこから、また地面に下ろす。


 呼吸が少し荒くなる。


 だが、まだいける。



(もっと、重いの)



 視線を上げる。


 少し離れた場所に、ひときわ大きな岩があった。


 背丈くらいはある。

 形もいびつで、重そうだ。


 あれを、動かせるか。


 近づいて、手を当てる。


 冷たい。

 ざらついた感触。



「……いけるかしら」



 足に力を込める。


 腰を落として、全身で押し上げる。



「……っ、ふっ!」



 ぐっ、と。


 岩が、少しだけ浮いた。



(おっ)



 思ったより、いける。


 そのまま、もう一度力を込める。


 ゆっくりと。


 ゆっくりと。


 岩が持ち上がっていく。


 完全に抱え上げることはできないが、地面から浮かせることはできた。



(……前より、だいぶ力ついてんな)



 手が震える。

 腕が軋む。


 でも、耐えられる。


 少しの間そのまま支えてから、そっと地面に戻す。


 ドスン、と鈍い音が響いた。


 その場にしゃがみ込み、肩で息をする。


 汗が、ぽたぽたと地面に落ちていく。



(まだ足りねぇ)



 体は、確かに強くなってる。


 でも。


 あの一撃で、気絶した。


 それが現実だ。


 だから、止まるわけにはいかない。


 立ち上がって、また岩に手をかける。


 何度も持ち上げる。

 何度も下ろす。


 少しずつ、少しずつ。


 扱える岩の大きさを、上げていく。


 気付けば、日が傾き始めていた。


 腕も足も、重い。

 呼吸も荒い。


 でも。



(……悪くない)



 体の奥が、じんわりと熱い。


 疲れてるはずなのに、不思議と気分はいい。


 岩の上に置いてあった木刀を手に取る。


 重い。


 でも、前よりも扱いやすく感じる。


 軽く素振りをする。


 風を切る音が、静かな山に響く。



「……まだ、いけますわね」



 ぽつりと呟いて、もう一度振る。


 ゆっくりと。

 丁寧に。


 日が沈むまで、俺は岩と向き合い続けた。


 小さい岩から、大きな岩へ。


 少しずつ、少しずつ。


 限界を押し広げるように。

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