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第十三話 弓を向けてしまったエルフの青年

リヴァル・ルーヴェンは、里の外縁に立っていた。


 高い枝の上。

 見張り台代わりの太い幹の陰から、森の奥を見渡す。


 いつも通りの景色。

 風の音。

 鳥の声。


 ――何も、変わらないはずだった。


 だが。



(……あれは、何だったんだ)



 視線の先。

 ほんの数日前の光景が、頭から離れない。


 空から、降ってきた存在。


 仮面。

 毛皮。

 裸足。


 そして――白い剣。



(怪しい、どころじゃなかった)



 最初は、本気で警戒した。


 空から現れるなど、普通ではない。

 魔物か、魔族か。

 少なくとも、人間とは思えなかった。


 だから弓を構えた。

 名を名乗らせた。

 距離も取った。


 あの判断は、間違っていない。


 ……はずだった。



(なのに)



 あの剣を見た瞬間。


 体の奥が、震えた。


 理由は分からない。

 だが、分かってしまった。


 あれは、森にとって特別なものだと。


 触れてはいけない。

 敬うべきものだと。


 頭で理解するより先に、身体が反応していた。



(あれに、弓を向けていたのか……)



 自分の行動を思い返し、胸の奥が少しだけ重くなる。


 そして。


 もう一つ、思い出す。


 仮面を外した、あの瞬間。



(……女性だった)



 正直、驚いた。


 男の声だった。

 立ち方も、動きも、どこか荒っぽかった。


 だから、勝手に男だと思い込んでいた。


 だが。


 黒髪。

 白い肌。

 整いすぎた顔立ち。


 思わず、息を呑んだ。



(……あんな顔、見たことがない)



 美しい、という言葉では足りない気がした。


 森の精霊たちとも違う。

 エルフとも違う。


 どこか、もっと静かで。

 もっと、深い。


 だがそれ以上に――



(……)



 あの時、目を逸らしてしまった。


 理由は、分かっている。


 視線が、下に落ちたからだ。


 胸元。


 エルフは基本的に細い。

 食生活も、生活様式も、自然とそうなる。


 だから。


 あそこまで、はっきりとした“女性らしさ”を目にしたのは、初めてだった。



(……なんだ、あれは)



 別に、いやらしいことを考えたわけじゃない。


 ただ、目が離せなかった。


 心臓が、変な音を立てた。


 そして同時に、強く思った。



(弓を、向けてしまった)



 女性に。

 しかも、あんなに華奢な相手に。


 もし、誤って放っていたら。


 もし、あの場で衝突していたら。


 背筋が、少し冷えた。





 それから数日。


 彼女は、里に滞在している。


 住みつくわけでもなく、

 消えるわけでもなく、


 ただ、森と里を行き来しているらしい。



(……まだ、いるんだな)



 見張り台の上から森を眺めながら、そう思う。


 少し安心したような、妙な気分だった。


 里長から呼ばれたのは、その日の昼だった。



「リヴァル、頼めるか」


「……はい」



 短い言葉だったが、意味は分かった。


 案内役。


 森から来た、あの客人の世話係だ。





 案内の途中。


 彼女は、着替え終えたばかりの姿でこちらを振り向いた。


 仮面を外したまま。



「どうです?おかしくはありませんか?」



 言葉が、出なかった。


 毛皮姿とは、別人だった。


 用意された服が、驚くほど似合っていた。


 体の線が、自然に出る。


 肩。

 腰。

 そして――胸。


 目のやり場に困る、とはこういうことを言うのかと、初めて理解した。


 本人は、全く気にしていない様子だった。


 普通に立っている。

 普通に話している。


 距離も、



(近い……)



 少し動けば、触れてしまいそうな距離。


 彼女は、何も思っていない。


 だが、こちらは違う。


 なぜか、落ち着かない。



「……似合ってる」



 やっと、それだけを言った。



「そうですか?それなら良かったですわ」



 嬉しそうでも、恥ずかしそうでもない。


 ただ、普通に頷いただけだった。


 まるで。


 男同士の会話みたいだった。



(……不思議な人だ)



 女性のはずなのに。


 どこか、違う。


 だが。


 その無防備さが、余計に落ち着かない。





 それからも、何度か里の中を案内した。


 森の道。

 水場の位置。

 見晴らしの良い場所。


 彼女は、どれも興味深そうに見ていた。



「静かでいいな、ここ」


「森と共に生きていますから」



 何気ない会話。


 だが、その時間は不思議と心地よかった。





 夕方。


 見張り台に戻る前。

 ふと、森の方へ歩いていく彼女の背中が見えた。



「帰るのか?」


「ん?ああ、今日はな」



 振り返って、軽く手を振る。



「また来ると思う」



 それだけ言って、森の奥へ消えていった。



(……また、来る)



 その言葉が、妙に胸に残る。





 翌日も見張り台に登る。


 風が、葉を揺らす。


 森の奥を見渡す。



(……来る、だろうか)



 理由は、分からない。


 特別な使命があるわけでもない。


 ただ。


 あの人が、また現れる気がしていた。


 弓を向けてしまった日から。


 胸の奥に、妙な感覚が残っている。


 言葉にできない。


 名前も、分からない。


 それでも。



(……もう一度、会いたい)



 そう思っている自分に、気付いていた。

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