第十二話 エルフの里と、過剰なおもてなし
ゆっくりと高度を下げる。
森の中に見えた“人工物”の正体は、近づくにつれてはっきりしてきた。
木の上に建てられた家。
枝と枝を繋ぐ橋。
そして、幹に沿って作られた見張り台。
「……里か?」
人の気配がある。
煙も上がっている。
俺は仮面をつけたまま、木々の合間の空き地へ降り立った。
その瞬間。
「――止まれ!」
鋭い声。
振り向くと、木の上から弓を構えた男がこちらを見下ろしていた。
長い耳。
整った顔立ち。
緑色の衣。
(俺知ってる!エルフだ!耳長い!)
密かに感動している俺とは対照的に、男は音もなく地面に降り立ち、距離を取ったまま睨みつけてくる。
周囲の木の上にも、気配が増えた。
どうやら囲まれているらしい。
「名を名乗れ。ここはエルフの領域だ」
低く、警戒した声。
俺はとりあえず両手を上げる。
「怪しい者じゃない。森で暮らしてただけだ」
(うん、無理あるね。だって怪しいもんどう考えても)
毛皮。裸足。仮面。
自分でも不審者だと思う。
エルフの男の視線が、ゆっくりと下へ移動する。
そして、俺の腰に下げている白い木刀で止まった。
「……それは」
一歩、近づいてくる。
「その剣を、見せろ」
俺は軽く持ち上げて見せた。
その瞬間。
男の目が、見開かれた。
「……世界樹?」
「お?分かんの?」
周囲がざわつく。
「本物か……?」
「まさか……」
「この気配……」
さっきまでの警戒が、一気に別の空気に変わる。
(なんだ?)
男は深く息を吸い、少しだけ姿勢を正した。
「……どこで手に入れた」
「森の奥だな。なんか精霊にもらった」
――沈黙。
次の瞬間、周囲の気配が一斉に揺れた。
「精霊……?」
「本当に……?」
ざわざわと小さな声が飛び交う。
だが、俺にはその意味が全く分からない。
男はゆっくりと頭を下げた。
「……失礼した。客人として迎えよう」
「え?」
「里長に話を通す。こちらへ」
(急に態度変わったな……)
さっきまで弓を向けてたのに、今は完全に丁寧だ。逆に不気味。
よく分からないまま、俺は里の中へ通された。
*
木の上の家に案内され、椅子に座らされる。
「お茶をどうぞ」
「果物も」
「温かいスープです」
次々に料理が運ばれてくる。
(……なんでこんな優遇されてんの?)
意味が分からない。
腹は減っている。
だが。
(仮面、どうするか……)
少し迷ってから、周囲を見回す。
全員、静かに待っている。
なぜかみんなして俺を見て......はやく食べろ的な圧を感じる。
(まあ、取らないと食えないしな...)
圧に耐えきれず、仮面を少しだけ持ち上げる。
口元が見える程度に、ほんの一瞬だけ。
「――っ」
空気が、揺れた。
視線が更に強まる。
ざわ、と小さなざわめきが広がった。
「……」
なんだ?
妙に視線が痛い。
(一体なんだってんだよ...)
落ち着かなくなって、急いでスープを流し込み(めちゃくちゃ美味かった)、仮面を戻す。
ふぅ、と息を吐く。
周囲はなぜか静まり返っていた。
さっきまで話していたエルフたちが、妙に神妙な顔をしている。
(……意味がわからん)
居心地が悪い。
俺は仮面を少しだけ強く押さえた。
*
しばらくして、年配のエルフが入ってきた。
長い白髪。
穏やかな目。
「遠くから来られたそうですね」
「まあ、森の奥からな」
里長らしき男は、俺の腰の木刀を見て、わずかに目を細めた。
「……その剣、大切にしておられるようだ」
「重いし、丈夫だからな。筋トレにちょうどいい」
素直に答える。
その言葉に、周囲の空気がピシッと固まった気がした。
だが、すぐに何事もなかったかのように笑顔に戻る。
「……そうですか」
里長は静かに頷いた。
「この森に住んでいたと?」
「ああ。一年くらいな」
「服も、そこで?」
「まあ、適当に作った」
その瞬間。
周囲のエルフたちの表情が変わった。
「一年も……」
「森で……」
「それは……」
なんか、妙に同情されている気がする。
「ご安心ください」
里長が、やわらかく言った。
「人間の街とも交流があります。服や装備は用意できます」
「え、でも金は――」
「不要です」
「は?」
「困っている者を助けるのは当然のこと」
周囲も頷く。
「え、マジで?」
「ええ」
(世界樹って、そんな偉いのか?)
なんとなく大事な木なのは分かるが、ここまでされる理由が分からない。
でも。
(服、手に入るのは助かるな……)
正直、それが一番ありがたかった。
こうして俺は、
自分がなぜここまで丁重に扱われているのか、
まったく理解しないまま――
久しぶりに、
まともな生活の匂いを感じていた。




