第十一話 空を飛ぶという発想
森に戻ってから、何日経ったのか分からない。
いつも通り、森の空き地で重力をかけながら腕立てをしていた。
「……っ、ダメですわね」
回数が伸びない。
体は動く。
でも、どこか集中できていない。
あの日のことが、頭から離れなかった。
――ギルドの床が抜けた音。
――見知らぬ男の拳。
――一瞬で意識が飛んだ感覚。
(弱ぇ……)
一年間修行して、それなりに強くなった気でいた。
木を殴ればへし折れるようになったし、思いっきり足踏みすれば地面に罅どころか軽くクレーターもできるようにもなった。
地球にいた頃であれば間違いなく人類最強で化け物扱いになるレベル。
でもこの世界では...
「井の中の蛙って、こういうことですのね...」
こんな状態で修行しても意味がない。
俺は修行を止め、その場に寝転んだ。
青空が広がり、雲がゆっくり流れている。
遠くの空には、羽ばたく野鳥の群れ。
「私も、空を飛びたいですわ...」
ちょっとした現実逃避の独り言。
その言葉で俺は、ふと思った。
(重力魔法って……)
体に“重さ”を足すだけじゃない。
逆にすれば――
「……空を、飛べる?」
立ち上がり、魔法をかける。
自分の“落ちる方向”を、空に向けるように。
少しずつ。
――ふわっ。
「……あっ」
体が、数センチ浮いた。
心臓がドクンと跳ねる。
もう少し。
もっと。
――スッ、と。
足が地面から離れた。
「浮きましたわ」
思わず笑う。
じゃあ、次は。
上に向けた“落下”を、思いっきり強めてみる。
――瞬間。
視界が弾けた。
「...ぅひゃぁぁぁぁああああああああ!?」
体が、爆発みたいに吹き上がった。
木々が一瞬で小さくなる。
風が顔を叩き、耳がキーンと鳴る。
「はやっ……はやすぎっます!!」
想像してた「ふわ〜」じゃない。
完全に弾丸。
怖い。めちゃくちゃ怖い。
下に広がる森。
高い。
高すぎるぅぅううううう!!
「ダメっ、ダメですわっ……!」
冷や汗が止まらない。
空中でみっともなくバタつく。
「ちょっ……これ……」
思わず力が抜けて、
「……あっ」
少しだけ、漏らした。
ほんのちょっと...。
そのまま、必死に重力を調整して降下。
バシャッ!!
湖に落ちた。
水の中でしばらく沈んだまま、動けなかった。
やがて浮力に任せて、水面に顔を出す。
「ヒック......うぁぁ......ヒック......」
恐怖で涙が出てきた。下はちょっとだけ...。
空を見上げる。
(今のは運が良かっただけ......横向きにやってたら絶対死んでた......反省...反省...反省......)
「調子に、乗りすぎっ、ヒック、ましたわ……」
しばらく湖の中で佇みながら、ひとしきり反省。
今のはあまりにもヤバすぎた...。
それでも――
しばらくして、もう一度試す。
今度は慎重に。ゆっくり。
少し浮く。止まる。
また浮く。止まる。
何度も繰り返して――
気付けば。
空中で、自由に移動できるようになっていた。
「……できましたわ」
風を感じる。
森を上から見る。
こんな景色、初めてだった。
どこまでも続く緑。
その中に――
「……あれ?」
遠くに、人工物らしきものが見えた。
木々の隙間に、屋根みたいな形が、ちらりと。




