【第6話】写真部始動(2)
新たな写真部として部員を集めることになった翌日、昼休みの教室でその続きを話すことになった。
弁当を片付ける音がまだ残っている。陽向が鞄を椅子に引っかけた。
「集まれる?」
机を寄せると、A4のコピー用紙を一枚出し、ペンを置いて俺たちを見上げる。
「新入生向けのポスターだよね」
察した璃奈が眉根を寄せる。
「見学できるって書いてあったほうがいいと思う。最初から入部前提だと来づらいし」
「カメラは貸せるけど、活動内容はどうする?」
俺が言うと、少しだけ間が空いた。
「盛れるほどのこと、やってないでしょ」
璃奈の言葉に、誰も反論しなかった。
「背伸びしないほうがいいよね。そういう人は、最初から別の部を選ぶだろうし」
「来たい人が来る形でよくない? 撮らなくてもいいし、少し話して帰るだけでも」
「それ、今までとあまり変わらなくない?」
「うん。でも、その緩さをちゃんと出すのはありだと思う」
俺は紙を引き寄せてペンを持ち、思いついた言葉を書いた。
見学可。
カメラ貸与。
活動ゆるめ。
全員でそれを見る。
「軽いな」
「でも、そういうほうが合う人はいるでしょ」
昼休みの終わりが近づいて、教室がざわつき始める。
「合同説明会、明後日だよね」
「成果とかは話さなくていいよね。今のままで」
「カメラを通じて交流を深める部活、でいいんじゃない?」
「それならズレないし」
話はそれでまとまった。
最後に俺は皆に向かって考えを伝えた。
「できるだけ集めるようにはする。でも、元は俺たち四人で集まっていただけだし、無理な勧誘は行わないけど、それでいい?」
皆は頷いてくれた。あとは行動するだけだ。
放課後、コピーを取って、手分けして掲示して回った。
それが、新生写真部としての最初の活動だった。
◆ 《中原陸》
昼休みの終わり際、廊下にはまだ人が多い。
掲示板の前を通りかかったとき、白い紙が目に入った。
部活のポスターが並ぶ中で、写真部のものは文字が少ない。
見学可。
カメラ貸与。
活動ゆるめ。
立ち止まるほどではなかく、ただ、目に残った。
◆ 《西村駿》
翌々日、合同説明会当日。
体育館には部活ごとのスペースが並び、人の声が絶えなかった。
俺たちは決めていた通り、成果の話はしなかった。
活動内容も、必要以上には盛らない。
「写真部です。見学だけでも大丈夫です。カメラや写真を通じて交流を深めることが目的です。ぜひ遊びにきてください。よろしくお願いします」
それだけ伝えて、あとは流れに任せる。
拍手は起きなかったけど、俺の後ろにいた三人は笑っていた。
それを見て、部活として始まったという実感が、少しだけ加わった。
説明会が終わると、人の流れが一気に動き出す。部活別に分かれての呼び込みが始まる。
俺達も割り当てられた場所でカメラや写真の展示をし、他の部の邪魔にならない程度に声を出した。
人気の部活の前には、すぐに輪ができた。だが、写真部の前は相変わらず静かだった。
「まあ、すぐには来ないよね」
「うん。気長に待とう」
規定の時間が終わり、誰かを引き止めることもなく、そのまま片付けに入る。
説明会を終え、俺たちは部室へ戻った。
◆ 《中原陸》
体育館の端で、中原陸は立ったまま様子を見ていた。
前に出る部活もあれば、声を張る先輩もいる。拍手が起きるところもあった。
写真部の説明は短かった。
静かで、すぐに終わった。
それでも、変だとは思わなかった。むしろ、目立たなかったことが印象に残った。
説明会が終わり、人が動き出す。陸も流れに混ざって、体育館を出た。
◆ 《西村駿》
説明会の翌日。
放課後の部室は、昨日までと特に変わらない。
窓は半分だけ開いていて、外の声が薄く入ってくる。
俺と陽向と璃奈が先に来ていて、悠斗の姿はまだなかった。
「今日、誰か来るかな」
「すぐは来ないでしょ」
陽向の言葉に、璃奈が昨日の展示で使った三脚をロッカーに置きながら返す。
「昨日活動始めたばっかりだし」
「だよね」
そのまま、別の話題に移るでもなく、時間だけが過ぎる。
しばらくして、ドアが開いた。
「遅れた」
悠斗が、缶を片手に入ってくる。
「自販機?」
「うん。帰りに一年生と少し話した」
「勧誘したの?」
「勧誘ってほどでもないよ。写真部って言っただけ」
「それで?」
「それだけ」
俺は頷いた。
「そっか…まあ、待つしかないよね」
誰も異論は出さなかった。まだ焦る必要はない。
部室の空気も、特に変わることなく、和やかなまま、その日は終わった。
◆ 《中原陸》
放課後の廊下は、昼間より静かだった。
掲示板の前で、陸は足を止めた。写真部のポスターが貼られている。
昨日と同じところで、また足が止まった、と思う。
白地で、少ない文字だけのポスター。それを見ていると、声をかけられた。
「一年生?」
振り向くと、知らない男子が立っていた。ネクタイの色を見て、ニ年生だと分かる。
「どこか、もう考えてるところある?」
「いや、まだです」
「そっか」
少し間を置いてから、続ける。
「写真部なんだけど。良かったら、見に来るだけでもいいから遊びにきて」
それだけ言って、続きを待たなかった。条件も、期待も、何かを頼まれる感じもしなかった。
昨日まで聞いてきた勧誘とは、明らかに違っていた。
引き止められる前提じゃないだけで、少しだけ息がしやすかった。
立ち止まり、ゆっくり息を吐く。
「考えときます」
「うん」
それだけ言って、その人は廊下を歩いていった。
陸はもう一度ポスターに視線を戻した。さっきよりも近づいて見る。
「見学可」
その文字を、今度はちゃんと読んだ。少し迷って、その場を離れた。
◆
部活を決める時期になっても、正直、あまり気が進まなかった。
部活には入りたかったが、選ぶ行為そのものが、少し億劫だった。
その理由を考えているうちに、中学の頃のことを思い出していた。
バスケ部に所属していた。練習も自分なりに頑張っていたと思う。
試合前、ベンチに座っていると、顧問がコートの中央でメンバーを呼ぶ。
名前が呼ばれる順番は、だいたい決まっていた。
だが、その中に、自分はいなかった。
何度か出たいと言ったことはある。しかし、結局選ばれることはなかった。
それ以来、自分から何かを選ぶ、という感覚が、少し遠くなった。
高校に入って、いくつかの部活から勧誘があった。
話を聞いていると、入る前から予定を聞かれたり、役割の話になったりする。
それが普通の流れだと思う。
でもそのたびに、また選ばれなくなる自分の立ち位置が、決まっていく感じがした。
写真部の先輩は、そういったことを一切言わなかった。
見学だけでもいい。遊びに来るだけでいい。
それだけで、考えられたし、気持ちが軽くなった。
合わなかったら、入らなければいい。
そう思えたら、足取りまで軽くなった。
だから翌日の放課後、俺は写真部の部室の前に立っていた。
◆ 《西村駿》
放課後の写真部。いつもの光景。はノックの音で変化が起きた。
ドアを開けると顔を緊張に強張らせた男子がそこにいた。
「一年の中原です。写真部、見学できますか」
「ああ、うん。大丈夫だよ。ようこそ」
「良かったら中に入って」
「今日も何もしてない日だけどね」
「ほんとに」
「だから、見てるだけでいいよ」
皆が静かに声をかける。それで彼も緊張がほぐれてきたようだ。
軽い世間話を交え、しばらくすると、机の上のカメラに視線が向く。
「……これ、触ってもいいですか」
「うん」
「落とさなければ大丈夫」
中原は電源を入れて、窓の外にファインダーを向け、ボタンを押す。
小さく音がして、そのままシャッターが切れた。
「撮れた」
「撮れてるね」
運動部の活動が写った、日常の一コマ。
「いい一枚だね」
少しだけ、間があり、中原は照れくさそうに笑った。
◆
「じゃあ、今日はこのへんで」
「お疲れさま」
「またね」
「ありがとうございました」
「うん。また来て」
廊下に出てから、誰もが笑顔だった。
大げさなことは何もない。入部するかも決めてない一年生が来ただけ。
でも、一歩は前進した気がする。そんな手応えが感じられた。




