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【第5話・閑話】石田沙耶


本が、私の全てだった。


私の前では仲良くしてくれるけれど、部屋に戻った後に時折聞こえてくる両親の喧嘩の声。

人に話しかけることも、話しかけられることも苦手だった私に、学校での居場所はなかった。


昼休みや放課後は、いつも図書室で過ごした。

本を読み、物語に没頭している間は、嫌なことも忘れて夢中になれた。


本は、それ一つで世界を象っている。

だから私は、いろいろな世界を旅している気分になれた。

歴史、ミステリー、ファンタジー、SF。


ただ、読めば読むほど、気づくこともある。

それは、人は一人では何もできないということだった。

登場人物が一人だけの物語もあるけれど、大半の物語は人の関わりによって成り立っている。


中学までの私は、部活にも入らず、一人で過ごしてきた。

幸い、いじめられることはなかったけれど、私一人の閉じた世界で完結していた。


それに不自由を感じることはなかった。

でも、それではいけないことだとも、分かってはいた。


だから、せめて高校に入ったら、何らかのコミュニティに属そうと考えていた。


県立東ヶ丘高校。

県内でもそれなりの進学校で、有名な大学への進学実績もある。

それが志望動機だったわけではなく、単に家から近かったという理由に過ぎないけれど。


ここで私は、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

クラスで友人を作り、委員会か部活に入り、交友の輪を広げる。


頭ではそう思っていても、実際にうまくいくかは別の話だった。

今まで親や教師以外との対人経験がほとんどない私は、自分から話しかけることができない。

待っていても、声をかけてもらえるわけでもない。それはそうだろう。


目まで覆う長めの前髪。

特徴があるとも言えない黒髪。

猫背気味で、自分でも暗い雰囲気をまとっているのが分かる。


そんな人間に、誰が話しかけるというのだろう。

入学して、たった数日で。私はクラスの中で、孤立していた。


授業後のホームルームで、今日から月末までが委員会や部活の新入生勧誘期間だと知った。

この学校には、生徒会を頂点とした複数の委員会のほか、さまざまな運動部や文化部がある。

加入は強制ではなく、新歓期間外でも入部は可能らしい。


放課後になると、校庭ではすでに運動部の勧誘が始まっていた。

校門まで続く集団は喧騒とも言える空気を醸し出していて、とても近づく気になれない。


どうしよう。


この騒ぎが収まるまで、学校の外に出られない。また図書室で、静かになるまで時間を潰すのもいいかもしれない。

文化部なら静かだろうし、回ってみるのもいいかもしれない。そう思い、私は校舎の中を歩くことにした。


吹奏楽部、演劇部、美術部、合唱部、新聞部。

文化部にもいろいろあるのだと感心しながら、目当ての文芸部を探す。


文芸部なら、本が好きな私にも居場所が作れると思ったからだ。けれど、なかなか見つからず、途方に暮れてしまった。

仕方がない。私は図書室へ行こうと、踵を返した。


図書室は、今いる新校舎を出て、一旦中庭を経た先の旧校舎にある。

中庭に出ると、もう夕日が差し始めていた。


新校舎と旧校舎を繋ぐ廊下は中庭の中央にあり、

周囲にはベンチや、大きな木――学校のシンボルらしい――が植えられている。

昼食時には人気の場所だと聞いた。


でも、今は新歓の余波か、誰もいないように見えた。私以外、たった一人を除いて。


その人は、木を見上げ、カメラを構えていた。真剣な眼差しで、ファインダーの向こうを見つめている。

見ているこちらが、吸い込まれるようだった。

私は思わず図書室へ向かうことも忘れ、その人に見入ってしまっていた。


どれくらい時間が経ったのだろう。

数回シャッター音が響いたあと、その人は気づいたように、ゆっくりとこちらを振り向いた。


「あの……何か?」

「……えっ!?」

突然声をかけられ、私は思わず大きな声を出してしまった。


「あ……その……」

何か返さなければいけないのに、言葉が出ない。

彼は急かすことなく、静かに返答を待ってくれていた。


すみません、と謝って逃げ出すのは簡単だった。いつものことだから。

でも、今はなぜか、それをしたくなかった。


「ぶ、文芸部……知りませんか?」

勇気を振り絞り、何とか声を出す。


「えっと、文芸部か……確か、去年廃部になったって聞いたな」

「そ、そうなんですね……」

探しても見つからないわけだ。すでに、存在しないのだから。


ショックを受けた私を、彼は静かに、それでも柔らかく見ていた。

「君、1年生?文芸部は廃部になったけど、図書委員会ならあるよ」

「あ……そう、なんですね」


同じ言葉しか返せない自分が情けなくなり、思わず肩を落とす。

「元気出して。委員会に入るなら、入り方は分かる?」

「えっと……」


分からない。


「図書室にいる先生に声をかければ、申請用紙をくれると思うよ」

「……ありがとう、ございます」


ここで別れることもできた。でも、穏やかに話してくれるこの人と、もう少し話してみたかった。


「あの……先輩、ですよね。ここで、何を?」

「ああ。俺は2年の西村駿。この通り、写真部だよ」

そう言って、カメラを見せてくれる。


「あの欅の木に、シラコバトが止まっていてね。撮影してた……よかったら、見る?」

「え……いいんですか?」

「もちろん」

「ありがとうございます」

近づいて、画面を覗き込み――私は、はっとした。


「あ……先輩のお名前だけ伺ってしまって。私は、1年の石田沙耶といいます」

「そんなにかしこまらなくていいよ。よろしくね、石田さん」

苦笑しながら、写真を見せてくれた。


夕日を背に、太い枝に止まる鳥。

写真のことはよく分からないけれど、その姿はとても安らかに見えた。


「……素敵、ですね」

「あはは、ありがとう。よかったら、石田さんも一枚撮ってみる?」

「えっ……!?」

また驚いてしまった。


「驚きすぎ。そんな簡単に壊れたりしないから」

カメラを手渡される。私は大切な宝物を扱うように、そっとレンズを覗き込んだ。


同じ景色なのに、少し違って見える。

でも――シャッターを押すことはできなかった。


もし、このカメラで撮るなら。もっと、ちゃんと知ってからだ。


「……ありがとうございます。カメラ、お返しします」

「撮らなかったみたいだけど、いいの?」

「はい。いいんです」

今の私にできる、精一杯の笑顔を作る。


「先輩、いろいろありがとうございました」

「……?よく分からないけど、元気が出たみたいでよかった」

「……はい。本当に」


目標ができた。

やりたいことが、できた。

あとは――一歩を踏み出すだけ。


その後、先輩と別れ、帰りに本屋へ寄り、カメラの専門書を一冊購入した。

少しでもカメラを知り、少しでも話せるように練習して、そうしたら、私は。

本日はここまでの投稿となります。継続した投稿を心がけますので、

つまらない作品ではございますが、時間潰しの一助になれば幸いです。

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