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【第3話】駿と陽向

廃部の話を終え校舎を出た俺たちは、明るみに橙色を溶かした夕日に迎えられ、

未だ冬の乾燥が残る空気をゆったりと吸い込む。


バイトへ向かった悠斗と、寄るところがあるからと走っていった璃奈はもういない。

特に急ぐ帰りでもなく、俺と陽向は散った桜の名残を惜しむように並ぶ。


どちらかが歩調を合わせようとすることもなく、気不味さも気遣いもない、いつもの帰り道だった。


家が隣同士で、学校も十一年間同じとくれば、こうなるのも自然なのかもしれない。

サーっと静かに流れる風に、肩口に揃えた陽向の髪が揺れる。

夕日を浴びて、濃い栗色にメッシュが入ったように見えて、綺麗だと思った。


「今日は駿ママの仕事、遅くなる日だっけ?」

「うん。今日と明日は遅いって言ってた。夕食お願いね」

「任せて。何かリクエストはある?」

「んー、特には。冷蔵庫にあるものを処分してくれれば、かな」

「張り合いがないなあ。“何でもいい”が作り手には一番困るんだからね」

「それだけ信用してるってことだよ」

「褒めればいいってものじゃないと思うんだよね、私は」

「まあ、適当に流しただけだし」

「もっとタチが悪い! まったくもう」

「いつも美味しいお食事、ありがとうございます」

「分かればいいんだよ、もう」


母が仕事で出世コースに乗ったこともあり、残業で帰りが遅い日が増えた。

我が家の食事事情は、かなり陽向に助けられている。


娘の欲しかった両親は大喜びだし、本人も家事が好きなこともあってノリノリだ。

逆に息子が欲しかったという紡木家に、俺が招かれることも少なくない。


両家とも仕事が忙しく、何かと助け合ってきたという背景もある。

西村家と紡木家、二つで一家だ――紡木のおじさんが笑って言っていたのを思い出す。


それは俺と陽向も例外じゃない。これまで支え合ってきたし、正直、食事以外の家事まで含めると陽向の比重はかなり高い。


「あ、夕食終わったら、駿くんの部屋に行くね」

「いいけど、何かあった?」

「さっきの話もそうだけど、色々話したいかなって」

「うん。何もない部屋だけど、ゆっくりしていけばいいさ」

「知ってるー」

「ほっとけ」


そういうやり取りが、もう何年も続いている。

陽向なら、写真部に名前を借りるだけなら問題ないだろう。

入部はしていなくても、これまでも週の半分は部室に顔を出していたから。

それでも、わざわざ「話がある」と言ってきたということは、悠斗のことかな、と思った。


陽向は中学の頃、とある出来事から、俺の親友である悠斗のことが好きになった。

相談された俺は、悠斗と橋渡しするために動いた。

奥手な陽向が逃げ腰にならないよう、友人も誘ってもらって、四人で行動するようになった。

その友人こそが璃奈だった。


ただ、璃奈には中学時代に人間関係のトラブルがあった。四人の輪が広がってしまうことに、躊躇してしまうかもしれない。


今までの俺たちは、あの距離のままでうまくやってきたけれど、陽向はまだ、悠斗に踏み込んではいない。



夕食が終わり、部屋に陽向がついてくる。

普通なら年頃の男子に女子高生が、となるところだが、俺たちはそうはならない。


家にいるときの陽向は(自称)優しい姉であり、俺に言わせれば我儘暴君だ。


陽向は自分の家から持ち込んだビーズクッションに腰を埋める。

これを俺が使っているところを見ると怒るのは理不尽だと思うのは気のせいだろうか。

子供の頃は構わずベッドに飛び込んでいたが、さすがに年相応の分別は弁えたらしい。


「はー。このクッション落ち着く」

「仕事帰りのOLみたいなこと言ってない?」

「ん? 何か言ったかな?」

「いえ、何にも」

「ね、駿くん」

「どうしたの?」

「明日言うのでも良かったんだけど、私さ、写真部に入部するね」

「そっか、ありがとう」

「……塩対応ー」

「そんなことないよ。本当に感謝してる」

「まあ、写真のことはよく分からないけどさ」

一呼吸おいて、陽向は続ける。

「あの空間が無くなるの、嫌だなって思った」

「悠斗との時間が減るから?」

「それもあるけど、それだけじゃなくって。クラスじゃない場所でさ、駿くんがいて、大野くんがいて、璃奈がいて、私がいて。……そういう時間って、これからどんどん減っていくと思うんだよね」

「それは、そうだね。来年になれば進路も考えないといけないし」

「うん。だからさ、そういうのもあって、私あの場所好きなんだ。中学時代は、みんな陸上部で運動ばっかりだったでしょ?それはそれで楽しかったけど、今みたいな、のんびりした雰囲気もいいなって」

「そっか。俺が意図したわけじゃないけど、そう感じてくれてたなら嬉しいよ」

「こっちだって感謝してるんだよ? 駿くんにはさ。大野くんと仲良くさせてくれたのもそうだけど、いつだって助けてもらってる」

「陽向がそこまで持ち上げてくれるの、珍しいね。明日は雨かな?」

「そういう事言うなら、明日の駿くんの夕食は青椒肉絲の牛肉抜きね」

「何その拷問。ごめんなさい」

「ピーマン嫌いなの、いい加減直しなよ? 高校生なんだからさ」

「あの青臭さがダメなんだよ。苦いだけならコーヒーとかも全然問題ないのに」

「ま、高校卒業までには、お姉ちゃんがピーマン克服させてあげるから」

「誰がお姉ちゃんだよ。一ヶ月しか違わないくせに」

「……で、さ。部室見てて改めて思ったけど、駿くん。まだ風景写真しか撮ってないんだね」

「………」

「人の写真、まだ撮れない?」

「………」

「何度理由を聞いても、教えてくれないんだから、駿くんも強情だよね」

「……そのうち、話すよ。たぶん」

「うん、待ってる。それと、もう一つ聞きたかったんだけどさ」

「……何?」

「駿くん、好きな人とかいないの?」

「うーん、俺さ、恋愛感情とかよく分からないんだよね。例えばさ、陽向のことは好きだよ?でも、それって恋愛というより父さんや母さんと同じ感情」

「うん。私も駿くんのことはそうだね。家族だと思ってる」

「坂口も好きだけど、悠斗への感情と同じで友達だ。それにあいつは……」

「……うん、そうだね。きっと」

「まあ、こういうのは急ぐものでもないし」

「それはそうだけど。でも、もしさ、私の、」

「違う。陽向のせいじゃない……言ったじゃん。陽向は家族だって」

「……うん。ありがとう、駿くん」

「それにさ、一つ言えるのは、俺も詳しく言葉にできないんだけど、俺が恋愛が分からないのと、ポートレート写真を撮らないのは、多分理由が似てるんだ」

「……そうなの?」

「俺もよく分かってない。ただ、人が対象ってだけで結びつけてるのかもしれない」

「それはあるかあ。奥が深いよね、写真も人間関係も」

「うん。そう思う。ちゃんと言えるようになったら言うから、安心して」

「そっか、ありがとうね。駿くん」

「どういたしまして」

「入部したらね、少しだけど写真の勉強してみるよ」

「無理しなくていいよ? いてくれるだけで助かるから」

「うん。でも、どうせなら部活らしくしたいし?」

「はは。ほんと、陽向には敵わないな」

「お姉ちゃんだし?」

「それはもういいって」

「よくなーい! お姉ちゃん活動継続!」

「はいはい」

「じゃあ、そろそろあっちに戻るね。おやすみ、駿くん」

「ああ。おじさんとおばさんによろしく。おやすみ」

そうして陽向は部屋を出ていき、俺一人だけが残った。


人物写真を撮れない理由。


俺が初めて撮った写真。

技巧も構図もへったくれもない、ピンボケで写った笑顔の陽向。

それをあいつは、とても喜んでくれた。

何で、あんな写真で喜んでくれたのか分からなくて、聞くのも怖くて。

それ以来、俺はポートレートを撮っていない。

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