【第1話】四月、放課後(1)
四月。高校二年へ進級し、落ち着きかけた放課後。
写真部の鍵を開けてドアを押すと、蝶番が少し遅れて鳴った。
室内に足を踏み入れた瞬間、空気が一段こもっているのが分かり、鞄を床に置く前に窓の方へ向かう。
留め具を外して窓を開け、風が入りすぎないところで止めると、
校舎の外の音がそのまま部室に流れ込んできた。
ほとんどの場合、最初に部室へと訪れる俺――西村駿のルーティンだ。
外からは運動部の掛け声や、どこかでボールが弾む音が混じって聞こえる。
校内放送が入る気配はなく、今日はこのまま時間が進みそうだった。
窓から離れて机の脇に鞄を置き、椅子に腰を下ろし、
机の上に置かれていた雑誌を一冊手に取る。
誰が持ってきたのかは分からないが、しばらく前からここにあるものだ。
ページをめくる音が部室の中で少し目立ち、風に押されてカーテンが揺れた。
撮影に行こうかとカメラバッグに目を向けるが、なんとなく撮影の気分にはなれなかったので、
そのまま集中することもなく、雑誌を読み続ける。
しばらく時が過ぎ、ドアが開く音で顔を上げる。
そこには級友であり、幼馴染でもある紡木陽向が、鞄を肩に掛けたまま立っていた。
「今日も早いね」
「たまたまだよ」
短く返して雑誌を閉じる。陽向は靴音を抑えるように中へ入り、机の端に腰を預けた。
「私が今日はニ番目?」
「うん。いつもは坂口の方が早いのにね」
それ以上は続けず、陽向は視線だけを部室の中に巡らせる。壁の写真や机の配置を一通り確認してから、鞄を足元に下ろした。
少し遅れて、またドアが開く。
「はあ。今日も一日おつかれ」
大野悠斗が入ってきて、椅子を引く音がする。挨拶をして座り、鞄を脇に置いた。
「大野くん、今日はアルバイトだったよね。何時まで?」
「八時半だな」
「バーガーノートだよね。あそこのチーズバーガー美味しいよねー」
「うん。昨日から新しい商品が出た」
「また増えたの?」
「季節で色々変わるからね」
「お、今日は私が最後か。皆お疲れー」
元気な声で坂口璃奈が入ってきた。これでいつもの四人組が完成する。クラスも同じで中学も同じ。俺たちはいつだって変わらない。
璃奈は鞄を足元に置いたまま、視線だけを部室の中に巡らせる。
「そういえば、明日の体育って何だっけ」
「バドミントンだよ」
「またペア変わるやつ?」
「多分そうなるかな」
「面倒だな。固定で組ませてくれれば息も合うのに」
軽口のまま、話題は自然に流れていく。誰かが進めるわけでも、止めるわけでもなく、言葉だけが順番に置かれていく。
そんな三人の会話を聞きながら、俺はカメラと備品の動作チェックを行うことにした。
机を動かして、三脚を立てる。床のきしむ音を避ける位置は、もう覚えている。
脚を伸ばし、高さを合わせる。角度を少しだけ調整してから固定した。
カメラを取り出し、レンズを付け替える。ファインダーを覗き、ピントリングを軽く回す。
「相変わらず手際いいね」
陽向が、机に肘をついたまま言う。
「毎回やってるからね」
そう返しながら、三脚の高さをもう一度だけ確かめる。
悠斗は椅子に座り、スマホを眺めていた。何かを探している様子でもなく、指を動かし視線だけが追っている。
俺は続けてロッカーを開けて、中を確認する。
使っていないフィルターや、箱に入ったままのケーブル。壊れたけど何故か残っている三脚。
ほとんど毎日見ているので、代わり映えもしないが念の為だ。確認を終え、ロッカーを閉め、椅子を元の位置に戻す。
部室の中は、それぞれが別のことをしているのに、音が重ならない。誰も喋っていなくても、空間は、ただそこにある。
「今日は撮らないの?」
「今はいいや。撮るならもう少し遅めの時間がいい」
璃奈の問いかけに答え、カメラを持ちダイヤルを回す。小さなクリック音が指先に返ってくる。
夕日が登った頃合いで撮影に出てもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、不意にノックの音が部室に響いた。
「おー、いるな」
ドアが開いて、見慣れた教師の顔が覗く。顧問の竹田先生だ。
「今年も写真部も担当することになったからさ。とりあえず、顔出し」
部室を一周見回し、軽く頷く。
「人数、相変わらず少ないな」
笑い混じりの声だった。
「一応言っとくけど、このままだと廃部だからな。新歓の時期、ちゃんと動けよ」
それだけ言って、教師は廊下に戻っていった。ドアが閉まる音が、少し遅れて響く。
誰かが息を吐き、言葉を続けようとしたが、音になることはなかった。
部室の空気は、すぐには元に戻らない。ただ、何かが壊れたわけではなく、皆の動揺だけが残っていた。




