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歪な砂時計の落ちる先 ―幼馴染のまどろみが終わる時、僕たちは絶望を抱きしめる―  作者: みるとべる
ひとつの始まり

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【第17話】歪み出した四人の、広角な予感

 六月も中旬へ向かいつつある。

 湿り気を帯びた風が、校庭の砂埃を重く沈める日が増えた。

 教室のあちこちで梅雨入りを危惧する声が聞こえ始める頃、俺たちの「四人」という形は、広角レンズで無理やり広げた景色のように、その端々から歪み始めていた。


 一緒にいる機会が減った。

 全く無くなったわけではない。けれど、かつて呼吸を合わせるようにして隣り合っていた四人の密度は、確実に薄れている。

 バラバラでいる時間が増えれば、それだけ周囲の好奇の視線も集まる。

 悠斗や坂口は、四人の外側にも確かな居場所を持っている。

 けれど、俺の前の席に座る陽向は違った。


 失恋という痛打は、彼女から「外の世界」と向き合うための自信を奪い去っていた。

 元々持っていた臆病さと人見知りが、今、防衛本能として過剰に表出している。

 坂口には遠慮を隠せず、悠斗からは物理的に目を逸らす。

 結果として、彼女は俺のそばという狭い安全圏に、ひっそりと蹲っていた。

 まるで、小学校に入りたての頃に逆戻りしてしまったような、痛々しいまでの依存。

 時間が解決してくれるのを待つには、今の彼女の孤独はあまりに深すぎた。


 ロングホームルームで、三泊四日の修学旅行の話題が出た。

 行き先は京都と奈良。中学の頃となぞるような、定番のコースだ。

 班編制の結果、俺は悠斗と、陽向は坂口と同じ班になった。

 自由行動の日は班を超えての行動も許される。

 俺はこの旅行の撮影目標を、「人を個人としてではなく、抽象的なテーマとして写す」ことに決めた。

 誰かの瞳にピントを合わせることから逃げ続けている自分への、精一杯の妥協だった。



 最近、写真部に悠斗の姿はない。

 今のぎこちない関係とは別に、単純にアルバイトが繁忙期に入ったからだ。

 「大野先輩に会えなくて寂しい」とこぼす石田さんや陸の無邪気さが、部内の重苦しい空気を辛うじて中和している。

 陽向と坂口は、悠斗の話題を避けることで、薄氷の上の均衡を保っていた。


 坂口があの告白に答えを出したのかは、知らない。

 悠斗からも、告白の事実さえ聞かされていない。

 他人が土足で踏み込んでいい問題ではない。けれど、その「沈黙」が、見えない壁となって四人の間に立ちはだかっていた。


 修学旅行前の最後の部活が終わり、俺は後輩二人に鍵の借り方を教えた。

 二人きりになる部室。彼らの前途が、俺たちのようにならないことを、願わずにはいられなかった。



「駿くん、準備終わった?」

「ん、大体は」

「うわ、お菓子が少ない。これで四日間も大丈夫なの?」

「無くても現地補給でどうにでもなるだろ。それより、カメラと資材の方が大事だ」

「まあ、そのカメラバッグに着替えを積み込めば、スペースも最小限だもんね」

「メモリにレンズ。予備のバッテリーにクリーニングキット。充電用のアダプター。……三脚は担任に却下された」

「さすがにそれはやりすぎだよ」

「できればタブレットも持っていきたかったんだけどな。夜に現像のチェックをしたくて」

「駿くんってさ、普段は理知的なふりしてるのに、カメラが絡むと急にアホの子になるよね」

「いいだろ。男は浪漫を前にすれば、誰だってそうなるんだ」

「はいはい」

「それ、俺の口癖なんだけど」

「じゃあさ、私、ポテチとか多めに持って行くから。駿くんは飴とかチョコみたいな、小さいのを担当して」

「助かる。さすが姉さま」

「こういう時だけ調子いいんだから」

「それでさ、陽向」

「ん」

「旅行中はどうするんだ。坂口とは」

「璃奈には、一緒にいようって言われてる。……でもさ、駿くんも分かってるんでしょ?」

「悠斗のことだろ。今、あいつバイトが忙しくて、坂口もろくに話せてないみたいだしね」

「そう。だから、うまく時間を作ってあげたいなって」

「じゃあ自由行動の日に、俺が合図を送る。陽向が坂口を連れ出してくれるか」

「おっけ。そうすれば無理やりでも二人の時間、作れるかな。……本当はね、私がもっと璃奈を元気づけられたらいいんだろうけど」

「それはそう」

「でもね、思っちゃったんだ。あえて背中を押さないことも、私なりの祝福なのかなって」

「直接言葉をかけてやったほうが、あいつは喜ぶと思うぞ?」

「うん。でも今度こそ、あの子自身の力でなんとかしないと。璃奈のためにもならないと思うから」

「……それ、自分にもブーメランが刺さってるの、気づいてるか?」

「なんのこと?」

「いや、いい」

「気になる言い方!もう」

「で、二人を引き合わせたら、陽向はどうするんだ」

「そうやって話題を変えると、駿くん絶対に戻さないもんね。……分かったよ。そしたら、私は駿くんに合流するよ。どうせ、どこか撮影に行くんでしょ?」

「やっぱりそうなりますよね」

「嫌なら無理にとは言わないけど」

「どこを回るか決めてないからな。あちこち引きずり回すことになると思うよ?」

「それなら気分転換にもなるし、ちょうどいいよ」

「ならいいけど。次の日、筋肉痛になっても文句言うなよ」

「それは約束できかねます」

「なんてやつだ……」

「じゃあ、明日は早いし、もう寝るね。おやすみ、駿くん」

「ああ。おやすみ」



 修学旅行当日。新幹線が、規則正しい振動を立てて西へと向かう。


 俺の隣には悠斗。通路を挟んだ反対側には、陽向と坂口。

 車窓から差し込む六月の陽光が、四人の横顔を無機質に照らしている。

 

 この旅で、何が動き出し、何が噛み合い、そして何が狂っていくのか。

 加速する鉄塊のなかで、今の俺にはそれを知る術もなかった。


次回投稿は2/24(火)予定です。本日はもう一本別作品を投稿しますので、よろしければそちらもお願いします。

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