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歪な砂時計の落ちる先 ―幼馴染のまどろみが終わる時、僕たちは絶望を抱きしめる―  作者: みるとべる
ひとつの始まり

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【第16話】坂口璃奈:残響のモノローグ

 告白されてから、三日が過ぎた。

 私はまだ、大野への返答をできずにいた。


 あの翌日から、陽向は学校を休んでいる。

 西村から「ひどい風邪を引いた」とだけ聞かされていた。

 大野と私の二人だけにそれを告げる西村の口調は、ひどく静かで、いつも通り穏やかだった。

 連絡を入れても既読は付かない。


 今はそっとしておいてあげて。


 西村の言葉だけが、私の焦燥を辛うじて繋ぎ止めていた。


 陽向のいない教室は、私にとってひどく息苦しい場所だった。

 昼休み、いつもの四人の席へ行く勇気は持てず、私は別のグループに混じって弁当を食べる。

 笑い声が飛び交う教室の中で、私だけが色を失った風景の中に置き去りにされているような、そんな錯覚に陥る。


 写真部の部室も、私にはどこか寒々しい空虚さを感じさせた。

 陽向の病欠はグループチャットで共有されていたが、陸や沙耶は心配そうにしていた。

 私と大野の間に会話はなく、別の方向を向いていた。


 時間は無慈悲に過ぎていく。

 大野はあれから、何も言ってこない。

 伝えたい気持ちは伝えた、ということなのだろう。

 慮って待ってくれる彼の優しさが、今の私には鋭い刃のように胸に刺さった。


 陽向を差し置いて、答えを出す。

 そんなことは、今の私には到底できなかった。

 親友がどれほど大野を真剣に想っていたか、私は知っている。

 人見知りで、臆病だった彼女が、大野にだけ見せていたあの特別な笑顔。

 私は、ずっとそれを隣で応援していたはずだった。


 陽向は、いつだって私と、四人でいる空間を大事にしてきた。

 常に私を気遣ってくれた親友。


 もし、大野が陽向を選んでいたなら。

 私は少しだけ泣いて、次の日には笑って二人を祝福できただろう。

 けれど現実は逆だった。

 大野は私を選んで、しまった。



 翌週になり、陽向が登校してきた。

 けれど、教室に戻ってきた彼女を包む空気は、以前のそれとは決定的に違っていた。


 私から話しかけても、視線はどこか遠くを彷徨い、言葉はすぐに途切れてしまう。

 昼休みに四人で集まっても、席順は歪に変わっていた。

 西村が大野の隣に座り、私は陽向の正面。

 西村が上手く話題を振り、表面上の会話は流れる。

 けれど、かつての調和の取れた四角形は、角の一点から髭の伸びた三角形に変わってしまった。


 写真部でも、陽向は西村の隣から離れようとしなかった。

 大野のことは見ようとさえせず、少し時間が経つと「病み上がりだから」と先に帰ってしまった。


 私は、部活の終了後に西村を呼び止めた。

 階段の踊り場。

 夕焼けが、コンクリートの床を長く不気味な影で切り取っていた。



「用件は。……まあ、陽向のことだよね」


 西村は足を止め、私向き直った。

 夕光を受けた彼の瞳は、感情を読み取らせないほどに澄んでいる。


「うん。今日、どこかおかしいって思った。風邪のせいってだけじゃ、ないよね」


 西村は視線を逸らし、言葉を選ぶように僅かな時間を置く。


「そうだね。坂口としては色々聞きたいだろうけど。今は、放っておいてあげてほしい」


「理由は、教えてもらえる?」


「ごめん。それもできない。陽向自身の問題だから」


「そう。私にできることは、ある?」


 私は縋るように、彼の言葉を待った。

 けれど、返ってきたのは容赦のない宣告だった。


「あえて言うなら。坂口からは何もしないこと、かな。坂口には、それが一番辛いと思うけど」


「西村は、陽向を何とかしてあげられるの?」


「いや。何もできない。そばで見守るだけしか、できないよ」


 西村の言葉は、酷く冷静だった。

 突き放しているのではない。

 どうしようもない現状を、ただ淡々と、私に共有しようとしている。

 それが、今の私には耐え難かった。

 なぜ西村がこうも私を遠ざけるのか、その意味を考えず、熱量だけが上がってしまった。


「私は! 陽向から! みんなから助けてもらったのに! 何もできないっていうの!?」


 気がつけば、声を荒らげていた。

 踊り場に、私の無様な叫びが虚しく響く。

 西村は、困ったように眉を下げ、私を優しく宥めるように見つめた。


「落ち着いて、坂口」


「落ち着けないよ! 陽向に今までどれだけ助けられたか。あんたも知ってるでしょ!なのに」


 西村は、溜息を一つ吐き出すと、私を見据えて問いかけた。


「坂口。君が今、一番向き合わなきゃいけないのは、誰?」


 突然の問いに、私の激情が急速に冷えていく。


「今の坂口の気持ちを、分かるとは言ってあげられない。でも。今の坂口が陽向にできることは、何もないんだ」


 彼なりの、これ以上私を傷つけないための忠告。

 陽向の変化と、私の抱える罪悪感。

 それらが示す答え、それは。


「もしかして、陽向は。……西村も、知って」


「ごめん。言わないで済むなら、その方が良かったんだけどね」


 西村は、静かに目を伏せた。


「でもね、坂口が考えなきゃいけないのは、悠斗のことじゃないかな」


 返す言葉が、見つからない。


「陽向は、自分で立ち直らなきゃいけない。そこに坂口が差し伸べられる手は、ないんだ」


「……」


「だから、陽向のことは陽向に任せて。ちゃんと、自分を見てあげて」


 私は、最後まで何も言い返せなかった。

 西村の言葉には、私を責める色は微塵もなかった。

 それが、余計に私の心に重くのしかかった。



 ベッドに倒れ込み、今日起きたことを頭の中で整理する。


 もう、全ては動き出していた。

 四人の歯車は、軋みながらも別の方向へと回り始めている。


 少なくとも、今の私ができるのは、大野と向き合うこと。

 陽向のことは心配だけれど、私が何かをしようとすれば、逆に彼女を傷つけてしまう。


 分かってはいる。

 けれど、どうしようもないもどかしさが、胸を締め付ける。


 大野は気づいているのだろうか。

 私たちがこれから背負う代償を。

 何で私たちが四人でいられて、大野と私が仲良くなれたのか。その本当の理由を知っているのだろうか。


 付き合うか、付き合わないか。

 どちらを選んでも、傷つくのは私一人ではない。

 その重さを、大野はどこまで共に背負ってくれるのか。


 それを、確かめなければいけない。


再編集版の密度が上がっているため、この後に続いている第15~19話は現在重複した内容となっております。編集前との違いをお楽しみ頂くのも良いとは思いますが、次は是非第20話からお読みください。話は繋がっております。

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