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歪な砂時計の落ちる先 ―幼馴染のまどろみが終わる時、僕たちは絶望を抱きしめる―  作者: みるとべる
零れ落ちる砂時計

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【第15話】紡木陽向:ヒーローの背中、奈落の体温

 朝。

 いつもの時間に目が覚める。けれど、耳元で鳴り続けるはずのスマートフォンのアラームは聞こえなかった。

 ぼんやりとした頭で、昨日の帰る前の記憶がないから、夜をなんとか思い出す。

 アラームをセットする気力すらなく、泥のように眠りに落ちたんだっけ。


 体に力が入らない。

 昨日のことが。おもいだせない。


 鉛のように重い掛け布団を顔まで引き上げ、目を閉じる。

 一階のリビングから、ママが私を呼ぶ声がした。


「陽向ー? 朝食できてるけど、どうしたの?」


 いつもなら、もう着替えを済ませてリビングに降りている時間だ。

 動きたくない。誰にも会いたくない。

 階段を上ってくる足音が聞こえ、ドアがノックされた。


「陽向、どうしたの?」

「……ごめん。具合悪いから、今日は学校休むね」


 ママの心配そうな声に、億劫さをこらえて返答する。

 ドアが開き、ママが顔を覗かせた。

「珍しいわね。風邪? 体温計持ってくる?」

「ううん、たぶん寝たら治る程度だから」

「そう。保険証とお金、そこに置いておくから。必要なら病院へ行くのよ。ママ、仕事だから見てあげられないけど、ごめんね」

「大丈夫。いってらっしゃい」


 あーあ。学校サボっちゃった。 



 しばらくしてリビングへ降りる。

 テーブルの上には、すっかり冷え切った朝食が残されていた。

 昨日の夕食も食べていなかった気がする。食べたけど味なんてわからない。

 お風呂にも入らず寝てしまった。軽くシャワーを浴びた。


 部屋に戻り、散らばっていた鞄や服を無機質に片付ける。

 頭がずっと、ぼんやりとする。昨日を思いだそうとしても、ざざっとした音が頭に響く。

 

 ふいに、スマートフォンが震えた。


 LINEの通知。

 そこに表示された二人の名前に、吐き気を催した。

 だから、中身も見ずに。スマートフォンを放り投げた。


 あれ?

 なんで視界が滲んでるんだろ。


 そっか。おもいだしちゃった。


 誰もいない部屋で、私は声を上げて泣き続けた。

 

 何もしなかった。

 一歩踏み込むのが怖くて、璃奈の痛みに気づいてあげられなくて。

 「四人の居場所」にしがみついていただけ。

 

 ぜんぶ、全部、駿くんに用意してもらって。私は主役の気分だった。


 恋に恋したままで、自分から何も動かなくて。


 ――そんな私を、彼が、だれが、見てくれるんだ。

 

 私は、ばかだ。

 

 悔しい。五年間のすべてが。

 彼に向けてきたすべての時間は、ただの独りよがりな空回りだった。

 

 悲しい、なんて綺麗な言葉も使えない。

 ただ、惨めで、悔しくて。私は、わたしが、だいきらいだ。



 泣いていただけの、空白の時間が流れた。

 ノックの音がした。

 泣き疲れて、瞼が腫れ上がって。

 でも、こんな顔誰も見ないしどうでもいい。

 まだお昼にもなってないのに。

 

「……入ったよ」

「いつ来たの」

「今」

「ノックくらいしてよ」

「したよ」

「まだ授業中じゃない」

「あーお腹いたい」

「ばか」

「ばかは陽向だろ」

「うん」

「気は済んだ?」

「まだ」

「じゃあ、背中貸す」

「借りる」


 駿くんの背中に腕を回し、力を込めてしがみついた。

 柔軟剤の匂い。昨日、私が選んであげたやつだ。

 その匂いを肺いっぱいに吸い込むと、ようやく自分の形がはっきりしてくる。

 

「……っ……ふ……ぅ……っ」


 駿くんの背中に顔を押し付ける。

 すると、さっき枯れたはずの涙がまた溢れ出した。

 駿くんのシャツを、指先が白くなるまで握りしめる。


 温かい。

 駿くんの体温だけが、奈落の底にいる私を繋ぎ止めてくれる唯一の錨だ。

 

 大野くんが璃奈を選んだとか。

 五年間が否定されたとか。

 そんなのはもう、今はどうでもいい。

 私を放っておかない駿くんがいてくれるなら、私は一生、放っておけないほどダメな人間でいようと思った。

 

 駿くんだけは、私を捨てられない。

 私を見てくれた、たった一人のたいせつ。

 このヒーローを、誰にも渡さない。

 ピントなんて一生合わなくていい。

 ずっと、ボヤけたままでいいから。

 この呪いを、私は愛おしい宝物のように抱きしめた。



 微睡まどろみのなか。

 駿くんの確かな心拍を感じていた。

 私の空っぽな胸に、新しい執着が満ちていく。

 

 気がつくと、温もりが消えていた。

 自分が消えた感覚に、全てが絶望に染まる。

 

「……しゅんくん、どこ!?」

 

 思わず叫んでいた。


「陽向が眠ったから、冷やしタオル持ってきただけだよ。ほら」

「……あ、ありがと」

「……何があったか、聞かないの?」

「わんわん泣きながら、色々言ってたよ」

「うるさいですー……」

「まあ」

「……うん」

「悲しい、じゃなくて『悔しい』なのはビックリした」



「私ね」

「うん」

「そういう相手として、見てすらもらえてなかったのが……悔しかった」

「そっか」

「何もしてこなかったし、当たり前でしょって話なんだけど」

「うん」

「いまさら、何を言っても、たぶん、遅いの」

「そうだね」

「それが、何より悔しい」

「厳しいけど、言っておくよ。陽向」

「うん」

「悠斗は、かなり前から坂口のことが好きだったと思う」

「そう、だね。そんな感じだった」

「陽向が本気だったことは、よく知ってる。でも、悠斗も本気だった」

「うん。普段優しい話し方ばかりの大野くんが、あんなに強く言うの、初めて見た」

「これから、どうしたい?」

「……分からない。今は何も」

「そっか。なら、ゆっくりでいいから考えよ」

「うん。でも、ちょっとの間だけ、学校行きたくないかも」

「大丈夫。担任には季節外れの大風邪引いたって言ってある」

「ほんと、気が利くね」

「おばさん、陽向が休むのは初めてだから、うっかりしたんだろうね。連絡なくて担任が驚いてたから、裏で伝えておいた」

「どうして、そこまで分かるの」

「立場が逆なら、陽向でもできたでしょ」

「……そこまではできないかも」

「まあ陽向も気張ってたし、本物の風邪だと思って家でのんびり休んで」

「駿くん」

「ん?」

「止めないでくれて、ありがとう。後悔は残ったけど、それだけは言える」

「なら、良かった」

「駿くんは、ここにいてくれる?」

「うん。俺はいつも通りでいるよ」

  

 絶望の淵で聞こえた言葉。

 うそつき。沙耶ちゃんと、二人で遊びに行ったくせに。

 そんな言葉が浮かんで――私はそれを、声には出さずに、笑った。

 

 駿くん。

 ずっと、私の側にいて。

 ”いつも通り”という名の檻のなかで、ずっと、ずっと。


陽向の慟哭と自罰、駿への依存。彼女にとって駿はどのような存在なのか。頑張って書き切れたらと思っております。

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