【第10話】写真部の日常
《中原陸》
大型連休を終えた平日の午後、中原陸は退屈に授業を受けていた。
四月も終わり、教室の空いた窓から運ばれてくる暖気が、陸を眠りへと誘う。
古文の先生の念仏のような講義が、ある種のスパイスとなり眠気を増幅させる。
耐え難いそれを振り払おうと、傾きかけた背筋を伸ばし、陸は黒板へと目を向ける。
すると、自分の席がある列の一番前で、熱心に授業を受けている女子が視界に入る。
同じ写真部員の、石田沙耶。陸は、彼女との距離をどう測ればいいのか掴みかねていた。
陸は中学時代に挫折を経験し、一時期は心を閉ざしていたことがある。
ただ、根は軽く、友人作りや環境への適応も、選んでしまえばそれほど抵抗はない。
入部前の陸は、そのハードルを自分で必要以上に上げてしまっていただけだった。
その一方で、彼女はまだ苦戦中に見える。同性の紡木先輩や坂口先輩とは話せているようだが、他はまだ難しい。クラスでも孤立し、浮いてしまっている。
陸が同じクラスであることにすら気付いていないだろう。何度か話しかけようかと考えたことはあった。
だが、クラスは複数の集団で自然と形成されていて、その垣根を、ましてや性別を飛び越えて接触するのは難しいし、彼女も混乱するだけだろう。
どうしたものかと考えるものの、結論は出せないまま、気づけば眠りに落ちていた。
放課後になると、彼女は飛び出すようにクラスを出ていく。おそらく部室へ向かったのだろう。このまますぐ自分も出ると、追いかけてしまう形になるため、陸は時間を潰してから部室へ向かうことにした。
◆
「お疲れっス」
部室に入ると、既に全員揃っていた。自分が最後だったらしい。
「あ、陸くん。お疲れ様」
「陽向、スにツッコミを入れてあげないのは優しさ?」
「お疲れ、陸」
「ああ、お疲れ様」
「……」
部員の方々と挨拶を交わし、空いてる席に座る。大型連休を挟んだものの、すっかりと部の空気に溶け込めた感じが嬉しい。
写真部は自由奔放で、それぞれが好き勝手な振る舞いをしている。
駿先輩はしばらくは部室にいたが、撮影したいからと出ていってしまったし、誰もそれを止めなかった。
厳密には、石田さんはついていこうとしたのだが、女性陣二人に捕まっていた。
からかわれているようにも見えるが、彼女自身は特に嫌がっている様子もなく、少しはにかみながら、流れに身を任せている。
悠斗先輩と陸は流行りのソシャゲや連休中に何をしていたか、などの雑談を交わし、時には女性陣も混ざってくる。
そうして、日が暮れると誰が号令を出すこともなく解散になり、それぞれ帰宅の途となる。
何も起きず、穏やかな一日。この部を選んでよかったと陸はつくづく感じていた。
◆ 《西村駿》
女三人寄れば姦しいということわざがあるが、それは我が写真部においても例外ではないらしい。
今日は悠斗がバイト、陸は家の用事で来ていない。なので、部室にいる男は、俺一人だった。
俺は部屋の片隅で、写真の整理をしている。
撮影日ごとに分け、構図が被っているものを省き、残すかどうかを判断する。いつも通りの作業だ。
その集中を切ったのは、本を閉じるパタンという音。
それは、ファッション誌を読んでいた璃奈から発生した。
「ねえ、沙耶」
「はい……なんでしょうか、坂口先輩」
カメラのカタログを見ていた石田さんが、少しだけ背筋を伸ばして答える。
「前から思ってたんだけどさ、沙耶って色々惜しいんだよね」
「……え? 何が、ですか?」
「うーん。まずは髪型かな。特に前髪」
石田さんは一瞬黙ってから、前髪に指をやった。
「……これは、その……恥ずかしくて」
「でもさ」
璃奈は彼女に顔を向け、目を凝らす。
「よく見ると、沙耶は綺麗な顔してるんだよ」
「え……?」
その言葉を聞いたのか、スマホで動画を見ていた陽向も顔を上げた。
「うん。それ、私も思ってた。目も鼻も綺麗で整ってるなって」
「そ、そんな……」
石田さんは視線を落としたまま、落ち着きどころを探している。
「前髪さ、切らなくていいから上げてみない?」
「そうそう。上げるだけ」
「……あの……」
「ちょっとだけ。ちょっとだけだから」
璃奈が一歩近づく。
「え、ちょ、ま――」
声が途中で止まる。額に触れられ、前髪が持ち上げられた。
「……あ」
「ほら」
「ね?」
二人の声は落ち着いているが、確信に近い。
正直、俺も気になった。どんな顔をしているのか。
だが――その瞬間、陽向と目が合った。
(こっち見んな)
(はいはい)
俺は大人しく視線を落とし、写真の束に意識を戻す。
「わ……わわ!」
石田さんの声が、少し上ずる。
「ほら、後ろも。こうすると、もっと可愛いよ!」
陽向が回り込み、髪をまとめ始める。
「え、待ってください……!」
「大丈夫。すぐ戻せるから」
「……戻す、んですよね」
「もちろん」
手際よくまとめられ、バレッタで留められる。
「……はい」
陽向が一歩下がる。それを受けた璃奈が手鏡を渡す。
(あの二人、連携さすがすぎるでしょ)
「どう?」
「……」
「……沙耶ちゃん?」
室内に沈黙が訪れる。
「……あの」
「うん」
「……み、見ないでください!」
顔を両手で覆って俯いた。
「あ、ごめん!」
「やりすぎたね」
二人が一斉に引く。
しばらくして、石田さんはゆっくり顔を上げた。うわー耳まで赤い。
「……でも」
「でも?」
「……嫌では、ないです」
その言葉に、空気が少しだけ和らぐ。
「ありがとうございます」
「そ、そう言ってもらえると救われる」
「うん」
少し間を置いてから、石田さんが小さく言った。
「それなら……今度、私を美容院に連れて行ってもらってもいいですか」
「もちろん」
「喜んで」
先輩二人の返事は即答だった。
「それはそうと」
璃奈が、こちらを見た。
「西村、ずっとこっち見てたねえ」
一体何のことだろうか?何も分からない。
「見てないし、作業してたし」
それ以上は何も言わず、俺は写真の束に目を落とし、適当に手に取った。整理する前と同じ写真だった。
「ほら」
璃奈の声が、即座に飛んできた。
「それ、さっきからずっと見てるやつ」
「……」
俺は何も返さず、別の写真に差し替える。
三人からの、しれっとした視線を感じたが、俺は今日の天気に思いを馳せた。
うん、明日もがんばろう。
昨日、話が進むと書きましたが、すみません。
次回こそ少し動きます。月曜日投稿予定です。




