表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/12

【第10話】写真部の日常

《中原陸》

大型連休を終えた平日の午後、中原陸は退屈に授業を受けていた。

四月も終わり、教室の空いた窓から運ばれてくる暖気が、陸を眠りへと誘う。

古文の先生の念仏のような講義が、ある種のスパイスとなり眠気を増幅させる。

耐え難いそれを振り払おうと、傾きかけた背筋を伸ばし、陸は黒板へと目を向ける。


すると、自分の席がある列の一番前で、熱心に授業を受けている女子が視界に入る。

同じ写真部員の、石田沙耶。陸は、彼女との距離をどう測ればいいのか掴みかねていた。


陸は中学時代に挫折を経験し、一時期は心を閉ざしていたことがある。

ただ、根は軽く、友人作りや環境への適応も、選んでしまえばそれほど抵抗はない。

入部前の陸は、そのハードルを自分で必要以上に上げてしまっていただけだった。


その一方で、彼女はまだ苦戦中に見える。同性の紡木先輩や坂口先輩とは話せているようだが、他はまだ難しい。クラスでも孤立し、浮いてしまっている。

陸が同じクラスであることにすら気付いていないだろう。何度か話しかけようかと考えたことはあった。

だが、クラスは複数の集団で自然と形成されていて、その垣根を、ましてや性別を飛び越えて接触するのは難しいし、彼女も混乱するだけだろう。

どうしたものかと考えるものの、結論は出せないまま、気づけば眠りに落ちていた。


放課後になると、彼女は飛び出すようにクラスを出ていく。おそらく部室へ向かったのだろう。このまますぐ自分も出ると、追いかけてしまう形になるため、陸は時間を潰してから部室へ向かうことにした。



「お疲れっス」

部室に入ると、既に全員揃っていた。自分が最後だったらしい。


「あ、陸くん。お疲れ様」

「陽向、スにツッコミを入れてあげないのは優しさ?」

「お疲れ、陸」

「ああ、お疲れ様」

「……」


部員の方々と挨拶を交わし、空いてる席に座る。大型連休を挟んだものの、すっかりと部の空気に溶け込めた感じが嬉しい。


写真部は自由奔放で、それぞれが好き勝手な振る舞いをしている。

駿先輩はしばらくは部室にいたが、撮影したいからと出ていってしまったし、誰もそれを止めなかった。

厳密には、石田さんはついていこうとしたのだが、女性陣二人に捕まっていた。

からかわれているようにも見えるが、彼女自身は特に嫌がっている様子もなく、少しはにかみながら、流れに身を任せている。

悠斗先輩と陸は流行りのソシャゲや連休中に何をしていたか、などの雑談を交わし、時には女性陣も混ざってくる。


そうして、日が暮れると誰が号令を出すこともなく解散になり、それぞれ帰宅の途となる。

何も起きず、穏やかな一日。この部を選んでよかったと陸はつくづく感じていた。


◆ 《西村駿》


女三人寄れば姦しいということわざがあるが、それは我が写真部においても例外ではないらしい。


今日は悠斗がバイト、陸は家の用事で来ていない。なので、部室にいる男は、俺一人だった。


俺は部屋の片隅で、写真の整理をしている。

撮影日ごとに分け、構図が被っているものを省き、残すかどうかを判断する。いつも通りの作業だ。


その集中を切ったのは、本を閉じるパタンという音。

それは、ファッション誌を読んでいた璃奈から発生した。


「ねえ、沙耶」

「はい……なんでしょうか、坂口先輩」


カメラのカタログを見ていた石田さんが、少しだけ背筋を伸ばして答える。


「前から思ってたんだけどさ、沙耶って色々惜しいんだよね」

「……え? 何が、ですか?」

「うーん。まずは髪型かな。特に前髪」


石田さんは一瞬黙ってから、前髪に指をやった。


「……これは、その……恥ずかしくて」

「でもさ」


璃奈は彼女に顔を向け、目を凝らす。


「よく見ると、沙耶は綺麗な顔してるんだよ」

「え……?」


その言葉を聞いたのか、スマホで動画を見ていた陽向も顔を上げた。


「うん。それ、私も思ってた。目も鼻も綺麗で整ってるなって」

「そ、そんな……」


石田さんは視線を落としたまま、落ち着きどころを探している。


「前髪さ、切らなくていいから上げてみない?」

「そうそう。上げるだけ」

「……あの……」

「ちょっとだけ。ちょっとだけだから」


璃奈が一歩近づく。


「え、ちょ、ま――」


声が途中で止まる。額に触れられ、前髪が持ち上げられた。


「……あ」

「ほら」

「ね?」


二人の声は落ち着いているが、確信に近い。


正直、俺も気になった。どんな顔をしているのか。


だが――その瞬間、陽向と目が合った。


(こっち見んな)

(はいはい)


俺は大人しく視線を落とし、写真の束に意識を戻す。


「わ……わわ!」


石田さんの声が、少し上ずる。


「ほら、後ろも。こうすると、もっと可愛いよ!」


陽向が回り込み、髪をまとめ始める。


「え、待ってください……!」

「大丈夫。すぐ戻せるから」

「……戻す、んですよね」

「もちろん」


手際よくまとめられ、バレッタで留められる。


「……はい」


陽向が一歩下がる。それを受けた璃奈が手鏡を渡す。


(あの二人、連携さすがすぎるでしょ)


「どう?」

「……」

「……沙耶ちゃん?」


室内に沈黙が訪れる。


「……あの」

「うん」

「……み、見ないでください!」


顔を両手で覆って俯いた。


「あ、ごめん!」

「やりすぎたね」


二人が一斉に引く。


しばらくして、石田さんはゆっくり顔を上げた。うわー耳まで赤い。


「……でも」

「でも?」

「……嫌では、ないです」


その言葉に、空気が少しだけ和らぐ。


「ありがとうございます」

「そ、そう言ってもらえると救われる」

「うん」


少し間を置いてから、石田さんが小さく言った。


「それなら……今度、私を美容院に連れて行ってもらってもいいですか」

「もちろん」

「喜んで」


先輩二人の返事は即答だった。


「それはそうと」


璃奈が、こちらを見た。


「西村、ずっとこっち見てたねえ」


一体何のことだろうか?何も分からない。


「見てないし、作業してたし」


それ以上は何も言わず、俺は写真の束に目を落とし、適当に手に取った。整理する前と同じ写真だった。


「ほら」


璃奈の声が、即座に飛んできた。


「それ、さっきからずっと見てるやつ」

「……」


俺は何も返さず、別の写真に差し替える。

三人からの、しれっとした視線を感じたが、俺は今日の天気に思いを馳せた。


うん、明日もがんばろう。

昨日、話が進むと書きましたが、すみません。

次回こそ少し動きます。月曜日投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ