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ふたりぼっちの世界で

【Tips:禍月白咲姫】

 戦国の世を恐怖させた……とされる妖。澄み切った銀髪は万人の目を惹き、紅蓮を落としたような眼を見た者は恐怖に心を壊してしまうらしい。情報が不確定なのは、ありとあらゆる記録が抹消されており、高天ヶ原が保有する古文書すらも大半が黒塗りにされていた為。



「覚悟は良いな?」

「うん。やっちゃって…」


 ボクの首筋に、シロの牙が突き立てられる。痛くないとは聞いてたけど、本当に痛みは感じなくて……なんか温かくて、変な感じがする。


 そこから血を吸い上げられる感覚。

 どれくらいそのままだったのかは理解らないけど、かなりの量の血が持っていかれた気がする。


「中々どうして悪くない……そして、これで妾と黒鋼は契りで結ばれた」

「なんか、実感が湧かない…」


 そう、ボク達は契りを交わした。

 そしてこの瞬間からボクは、月守 魅央という自分を捨てて【黒鋼】になった。




◇◇◇◇




「──自己紹介も済んだことだ。早速ヌシを鍛え上げるとしよう」

「え、待ってどういうこと!?」


 互いに自己紹介した、それは良い。

 鍛えるって何?何の説明も無しに話を展開されても困惑するだけなんですけど…。


「なんだ、察しの悪い娘だな…」

「いや…無茶振りにしたってもう少しやり方があるでしょ…」

「……」


 ……そんな呆れ顔されてもなぁ。


「まぁ良い。一度しか言わぬからしっかり聞いておれ?」

「…うん」

「ヌシははっきり言って破魔術師としては三流……とは言え責めている訳ではないぞ。碌に力の使い方を教わらなかったのだろう?」

「ッ……」


 図星だ。

 ボクは実戦で得た感覚的な知識以外に、破魔術の知識を持ってない。


「そこで、だ。この妾が直々にヌシを鍛え上げる。ヌシの持つ素養であれば、すぐにヌシを裏切った者達を捩じ伏せる力が手に入るぞ?」

「ボク、家族の所に戻れたらそれで良いんだけど…」

「戯け、ならば尚のこと力が要るぞ?」


 まがつきの…えっと、目の前の女が言うには本来ボク達を閉じ込めてる結界は解けない……らしい。

 でも、まが……長いしシロで良いや。シロが言うには、前回封印された時に比べて練度が低い上に雑だから、簡単に結界を解くことが出来るんだって。


「解けない筈の結界が解けたら、確実に此度のように討伐隊が組まれるであろうな?」

「今のままじゃそこで殺されるってこと?」

「それもあるが……良いか?交渉の場において決定権を持つのは力ある者じゃ」


 ……それ、交渉としてどうなの?


「外に出た時、ヌシの強大な力で彼奴等を蹂躙するのだ。その上で、干渉しなければ危害は加えないという契約を結ぶ……これなら、ヌシが望む平穏とやらが手に入るかもなぁ?」


 暴力的だけど、言ってることは一理ある。

 そもそもボクをずっと虐げてきた相手に、話し合いが通用する可能性は多分ゼロだし…。


「ヌシは飲み込みが早くて助かるのぅ」

「まだ受け入れるとも言ってないけど……そもそも、何百年も封印されてたって事はアナタだって善人じゃないでしょ?」

「まぁな、海を跨いだ先の都を1つ血の海に変えた事もあったなぁ──っと」


 反射的に振り抜いた刀はあっさりと躱された。


「そ、そんな奴を外に出せる訳無いでしょ!?」

「焦るな焦るな……まだ話は終わってないし、ヌシが拒絶しようがしまいが、どちらにせよ妾にはここから出る手段があるのだぞ?」

「ッ!」


 斬り掛かったことすら気にも留めてないように笑うシロに、今更だけど恐怖を覚えた。

 交渉の場において決定権を持つのは力ある者……さっきの言葉が、いざ体験するとこうも重みを持ってるだなんて…。


「そう身構えるでない……妾はヌシを気に入ったからの、そう悪いようにするつもりは無いぞ?」

「……」

「キヒヒッ、まぁ良い。さて、どこまで話したか…」


 戦ってた時とは違って、ふにゃふにゃした雰囲気のシロにペースを乱されてばかりで…何より、そんな彼女のことを知りたいと思っている自分が居ることに驚きを隠せない。


「外に出る際に、妾とヌシで契りを結ぶのだ」

「契り…?」

「ヌシ、本当に何も知らないのだな……まぁ良い、時間はたっぷりあるのだ。そこから話していこうではないか」


 シロの説明はいっそ憎たらしいくらい理解り易かった。

 契りは術師同士、または特定の術式的事象に対して働きかける特殊な術式……まぁ、内容が術式関係に限定されるだけで世間一般的な契約と変わらない。唯一違うのは、術師における契りに違反が無いこと。

 例えば、敵対する2人に協力の契りを結ばせたら必ず協力する。

 そこに本人の意思は関係無く、魂に絡み付いた契りによって躰が強引に動かされるんだって。


「確かにそれなら、シロを無力化することが出来るかも知れないけど…それ、ボクに対して有利過ぎない?」

「勿論、双方に利益と不利益があるぞ……いや待て、その『シロ』とは妾のことか?」

「うん、長いし」

「ヌシ、中々に恐れを知らぬのなぁ…本当に面白い奴だのぅ」


 何か面白がる要素あったかな?

 まぁそれは良いとして、シロに続きを促す。


「契りの内容だが、まずヌシには餌と娯楽を提供して貰うぞ」

「餌と…娯楽……?」

「いかにも。妾はヒトの血肉が大好きでのぅ……最低でも日に1回、妾に血を献上するのだ」


 いきなり嫌な条件が来た…。

 ボクは破魔術式が自分の血液操作だから、生まれつき傷の治りが早いし血を作る量も多いけど……体力を消耗するし、何より痛いものは痛い。


「娯楽に関しては……ヌシがヌシであり続ける限り心配せずとも良い」

「何それ…」

「じきに理解る……この2つを提供するなら、妾は無害な人間に手出しはせん……俗な術師共が(ケシカ)けてきた時は保証せんがな」


 ……嫌だけど、確かに悪くない条件な気がする。


「そして妾の力だが、ヌシの実力と同等となるよう制限を掛けよう。当然、ヌシが強くなるにつれて妾本来の力に近付いていく訳だが」

「常にボクと同等って……何かあった時に有利なのはシロの方じゃないの?」

「ヌシ以上の破魔術師と協力すれば、理論上は勝てるであろ?こちらは大幅な弱体化をするのじゃ、それくらいの保険は自分でなんとかするのだな」

「……」


 気に食わないけど、冷静に考えたら悪い話じゃない。それどころか、ボクとって有利な条件ばっかり。


「まぁ、ヌシを鍛えると言ったのはこの条件を考えていたからというのもある。ヌシが弱い所為で妾まで討たれては話にならぬ」

「うぐっ……」


 やっぱシロのこういう嫌味がすっごく癪に障る!!


「キヒヒッ、コロコロと表情の変わる奴じゃのぅ……と、最後に1つ。これらの契りはヌシが死んだ時に全て無かったことにする……これも契りに組み込ませてもらうぞ」

「えっ、それじゃいつかは…」

「あぁ、妾は本来の力を取り戻す。一応言うが、これはヌシの保身の為でもあるのだぞ?」


 ……そりゃ、ボクが死んだら厄災が復活するって聞いたら本家の人達も下手なことは出来ないだろうけど。


「死後のことが心配なら、その寿命が尽きる前に妾を殺すことじゃな?」

「…娯楽って、そう言うことか……ほんと、戦闘狂なんだね」

「好きに言え。して?受けるか?蹴るか?」

「…………受ける、どうすれば良いの?」


 ボクとって、勿論シロにとっても利益があるし……どうせ断ったら大暴れするんだろうし。ボクはこの契りを受けることにした。

 それに、なんて言うか……ボクはシロをもっと知りたいって思ってる。何故かは理解らないけど、漠然と、そんな気がして…。


「これからヌシの首に牙を立てる……そして血を吸うことで契りの締結とする。特に心配する必要は無いぞ?内容は先程口にしたモノが全て、身を任せるだけで良いのだ」

「…痛い……?」

「なんだヌシ、あんな戦い方をしておいて痛みが怖いのか?ま、心配せずとも痛みは無いぞ」


 良かった…。


「あと、いつまでもヌシと呼び続けるのは不便なのでな……ヌシは契りを結んだ時点で【黒鋼(クロガネ)】と名乗るのじゃ」

「え、普通に呼べば良いじゃん……」

「断る。ヌシの名前には悪意が満ちている……親が何を考えていたかは知りたくもないが、そんな名前捨ててしまえ」


 確かにボクは生まれた時から忌み子として疎まれてきた。親からも、どうして殺さなかったんだろうって不思議なくらい酷い扱いを受けてきた。本物の母さんはボクを産んですぐに自決したらしいし。

 だからボクにとって家族はまだ幼い弟と妹だけだと思ってるし、名前だって別に何か思い入れがある訳じゃないんだけど…。


「にしたって、なんで黒鋼?」

「ヌシの持つその刀……以前の持ち主にはかなり苦しめられたが、その漆黒の刀身は妖艶で美しい。これから妾と契りを結ぶ者として、強く気高くあれという妾からの想いも込めてあるのだ……髪色も黒いから丁度良さげであろ?」


 本ッ当にさぁ……何でそんなに顔が良いの??何気に顎に手を添えられてるし。白い髪から覗く紅い瞳に惹き込まれそうになる…。

 でも、なんて言うか……馬鹿にしているようには見えないし、こんなふうに言ってもらえるのは純粋に嬉しくて胸が温かくなった。


「それに、先に渾名を付けてきたのはヌシの方だものな?」

「……台無しだよ、ばか」

「ん?何か言ったか?」

「何でもない、名前もそれで良いよ…」


 ボクの言葉を聞いたシロは理解り易くご機嫌な顔になって、ウキウキなのか強引にボクを押し倒して来た。さっき説明は受けてたし、こっちも自然に受け入れ態勢になってた。


「その眼……聞くまでも無いだろうが、覚悟は良いな?」

「うん。やっちゃって…」


 ボクの首筋に、シロの牙が突き立てられる。痛くないとは聞いてたけど、本当に痛みは感じなくて……なんか温かくて、変な感じがする。


 そこから血を吸い上げられる感覚。

 どれくらいそのままだったのかは理解らないけど、かなりの量の血が持っていかれた気がする。術式の延長で血を自由に作れるボクじゃなかったら、きっと倒れてたんじゃない?


「中々どうして悪くない……そして、これで妾と黒鋼は契りで結ばれた」

「なんか、実感が湧かない…」


 そう、ボク達は契りを交わした。

 そしてこの瞬間からボクは、月守 魅央という自分を捨てて【黒鋼】になった。



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