問題児と高天ヶ原
【Tips:高天ヶ原】
破魔術師が所属する組織。破魔術に覚醒した者を保護、教育して日本の悪霊や妖退治に派遣している。関東の本部に加え、近畿・四国・北海道の司令部がそれぞれ独自の指揮系統を構築しており、場合によっては互いに連携を取る事もある。
「……」
「……」
「…長い」
「今に始まったことじゃないでしょ。気持ちは理解るけど落ち着いて」
この日、ボクとシロは破魔術師協会【高天ヶ原】の本部に呼び出しを食らっていた。あまり無いことなんだけど、呼び出される時は時は毎回すっごい長時間待たされるから嫌で嫌で仕方無い……ただでさえ山奥にあるから来るのも手間だし、さっさと済ませて欲しいんだけどね。
シロなんて、さっきから暇すぎてその白くて透き通った髪を結んだり解いたりして遊んでるし…。
「黒鋼、少し外で遊ぼうではないか。どうせ暫く来ないであろ?」
「それもアリかなぁ……あのクズの小言が1つ増えるくらい、別にどうってこと無いし」
「誰がクズだって?」
そう言ってボク達を待たせていた部屋に入って来たのが、協会でそれなりに力のある家の現当主……の、三男。
それなりに深い因縁の相手で、ハッキリ言ってボクもシロもコイツが大嫌い。
「アンタと他数人しか居ないでしょ」
「貴様…っ!」
「そんな顔する前に、ボクにした仕打ちの謝罪くらいすれば?まぁ許してやらないけど」
「そんな話をする為にお前を呼んだんじゃない!俺は忙しいんだから早速本題に入るが…」
余程虫の居所が悪かったらしく、だいぶ強引に話題を変えられちゃった。
「貴様、高天ヶ原を乗っ取るつもりか?」
「……は?」
「惚けるな!貴様が若手の破魔術師に媚びを売っているのは知っているんだぞ!?」
それは余りにも飛躍し過ぎた考えだよ。
確かに最近は歳の近い人達との関わりが多かったけど、それは任務で死にかけてた所を助けたり……あとは決闘を申し込んできた相手をボコボコにしたら、舎弟とか言い始めちゃっただけで…。
いくらボクがコイツ等から受けた仕打ちが酷いとは言え、流石にこれを放置しておくのは不味い。
努めて噛み砕いて状況を説明したけど、嘘を言うなの一点張りで聞く耳持たず。やっぱり下手に出るとすぐ調子に乗るなコイツ等…。
「呪いの女王を復活させただけでなく、反逆まで企むとは……この腐れ外道がっ!!」
「……黒鋼、これは加害と取って問題無いであろ?」
「シロ、面倒だからやめて」
こういう時は意外と、ボクよりシロの方が先にキレたりする。
まぁ呪いの女王って呼ばれるくらいだし、プライドもそれなりに高いわけで。そんな存在が、自分の相棒を腐れ外道なんて言われたらキレるのも……まぁ仕方無いよね。
一応ボクの立場も考えて確認取ってくれてるけど、既に術式の用意を終わらせてあとは打つだけの状態にしてあるの……ボクにはバレてるからね?
「こんなのでも手に掛けたら犯罪者……今の暮らしと天秤に掛けたら余りにも軽過ぎるよ」
「妾は舐められっ放しなのが嫌いなのだ」
「別に、舐められてるのはボクだけだと思うけど」
「ヌシだって妾のモノだ。妾のモノを愚弄するなぞ、万死に値するであろ?」
シロのモノになった覚えは無いんだけどなぁ……とは話が拗れるから言わないでおく。普段なら軽口の1つでも叩いてるところなんだけど、今は相手が相手だからね。
「おい貴様、何を呑気に構えている!?早くコイツを殺せ!このままでは俺が殺されてしまうではないか!」
「…シロ、殺さない程度なら許す」
前言撤回。さっきまで見下してたクセに、他力本願も甚だしい。
立場とか肩書とか…重視したくなるのは理解らなくもないんだけどさ、威張ってばっかりなんだったらせめて自分の力で何とかして欲しいよね──っと。
「黒鋼」
「うん、何か来たね」
本当に、タイミングが良いのか何なのか…シロが術式を放とうとした瞬間に、強い妖の気配が生まれた。しかも、姿を見てないのに感じる威圧感……ほぼ間違いなく強い。
妖が突然湧くのは珍しいことじゃないんだけど、気配で理解るくらい強い個体がポッと湧いて出ることなんて滅多に無いってシロは言ってたんだけどなぁ…。
そんなことを考えているうちに、緊急出動のサイレンがけたたましく鳴った。もうちょっとすれば、外から戦闘音が聞こえ始めるんじゃないかな?
「どうする?妾はすぐにでも加勢したいが…」
「う~ん、雑魚なら皆に任せておこう…って言えたんだけど、ちょっとヤバそうだから早めに参戦しよっか」
慕ってくれる破魔術師の皆が死んじゃったら悲しいし、シロも誕生日プレゼントを前にした子供みたいな顔してるし。今回はちょっと本気で戦うつもりでいる。
「キヒッ、血祭りだ~ッ!」
「はいはい、いつも通りによろしくね」
気配が強くなって目の前のクズもヤバい状況だって気付いたみたい。何か言われる前にボクは抱えられて、一瞬で視界が茜色に染まった。部屋の中に居たから気付かなかったけど、だいぶ待たされてたみたいで夕方になってたらしい。
山間に沈む夕日を背景に、巨大な狐の姿があった。10メートルはあるんじゃないかな……尻尾の数は6本、尾の数で強さが決まる妖狐の中では中々に上位に君臨するはず。
「大きいのぅ…まぁ、退屈はしない程度であろうな」
「また余裕そうにして……取り敢えずボクから行くよッ!」
「応ともッ!」
シロにぶん投げられるのはボク達の連携の始まりで、今回は初撃を入れてすぐに離脱。間髪入れずに雷と氷柱の雨が降った。ボクの攻撃は尻尾で弾かれて、シロの術式も口から吐かれた炎で相殺された。
一応反撃しようとはしたんだけど、尻尾の毛が分厚くて刃が通らなかった……全身の体毛が同じように分厚いなら、刀で戦うのは相性が悪いかも知れない…。多分シロは小手調べ程度の火力なんだろうけど、さっきの炎で山ごと燃やされたらそっちの対応して貰わなきゃいけないだろうし…。試しに連撃で体毛を突破出来ないかな…って試してみたけど、あと少しってところで別の尻尾で攻撃されちゃった。
「シロ。術式でなんとかなりそう?」
「出来なくはない…が、準備時間が必要になるな。加えて移動されるのも困る」
「何とかなるならボクが囮になる、どれくらい欲しい?」
「5分で終わらせようではないか」
普段のシロは瞬きする間に術式を構築して発動してる。より高位の術式でも長くて30秒程度、それが5分も掛かるって言うのはとんでもない術式なんだってことは漠然と理解る。
だったら、ボクの役目はシロの要望通りに敵を釘付けにして術式発動までの時間を稼ぐこと。
「理解った。一応見付かり難い所に居てね?」
「応とも」
シロの位置は気配で理解るから、見失わないように妖狐の気を引かないとね。
高天ヶ原の人間の前で術式は極力使いたくないから、ボクは刀一振りでコイツの相手をしなきゃならない──なんて考えてるうちに6本の尻尾が波状攻撃を仕掛けてきたッ!
高位の妖狐だけあって攻撃は捌くのが大変で、中々反撃の隙を与えてくれなかった。しかも、どんなに斬り落としてもすぐに再生されるからこのまま攻防が続いたらボクがジリ貧で負ける──シロがいなければ、ね。
ギリギリ尻尾で対応し切れる範囲で攻撃を仕掛け続ける。もうシロには興味が無いみたいで、庇いながら戦わなくて良いから逆にやり易かった。
「……」
…やたら視線を感じると思ったら、隠れてる場所から物凄い視線を向けてくるシロが居た。楽しそう…とでも言わんばかりにこっち見てるけど、本当に術式組んでるのかなぁ…?
そんな事を考えてるうちに、3分までボクの体内カウントが進んでいた。この調子なら大した消耗も無く倒せる──そう思った矢先だ。急に妖狐がボクから支線を逸らして駆け出した。
「なっ!?」
「どうしてッ?」
向かったのはシロが隠れている方向……じゃなくて、高天ヶ原の本拠地がある方向。どうして今になって急に……そんな疑問はすぐに解決した。
準備を終えた破魔術師が出撃して来たんだ。シロが妖狐は弱い奴から狙う習性があるって言ってた。だからこそボクは敵を釘付けに出来てたんだけど、ここに来てその習性が悪い方に働くとは思ってなかった…。
「黒鋼!」
「シロはそのままで居て!どうにか連れ戻す!!」
「チッ…早くするのだぞ」
舌打ちした!?今舌打ちされたよねボク……待機時間が増えたからってあんまりだよ…。
「行くぞ!陣形を──」
「先輩ッ──きゃあっ!?」
そこそこベテランの2人が一瞬で伸されちゃった。死んではないみたいだけど、2人の後ろにはボクと同じかそれより若い破魔術師が何人も控えてた…………なんで実力不足な人を前に出すの…ッ!
「術式解放…ッ!」
ボクの術式は単純、血を操れる。
血で刀を作ったり、高圧で射出したり……ちょっとした攻撃手段としてはかなり自由度は高い。でもそれ以上にボクはこの術式を【身体強化】に使うんだ。血を全身に回し続けることで体温はずっと上がったまま、しかも酸素が絶え間なく全身に供給されることで華奢なボクの躰でも常軌を逸した力を出せる。
地面が割れるほど踏み込んで、一気に離された距離を詰めていく。妖狐は基本的に弱い相手から攻撃していく習性があるけど、その対象を強引に自分に変える方法はいくつかあるんだよね。その中でも1番簡単なのが──
「その尻尾も~らいッ!」
「GLLLLLLLLL!!!!」
──重傷を負わせて、怒りを向けさせること。尻尾を1本、付け根から斬り落とされた妖狐は怒りを通り越して憎悪の目をボクに向けて来た。
「黒鋼さんッ!」
「た、たすかったぁ…」
「黒鋼さん、凄い…!」
助けた人達は何度か面識があって、ボクを見るなり目を輝かせてる。英雄願望がある…とかじゃないけど、ボクが来るだけで希望を持ってもらえるのは…結構嬉しい。
「ここでちょっと待ってて!動いちゃダメだからね!」
苛烈になる攻撃に少しずつ余裕が無くなっていくけど、どうにか笑顔を作って……ダメだこれ、前言撤回しなきゃ。ボクの中の英雄願望が、ここで格好付けたいって思っちゃってる。シロにバレたら笑われちゃうんだろうなぁ…。
そんなことを脳裏で思いながら、待ってる相棒の方に駆け出した。またターゲットを変えられないように、ギリギリ攻撃を受け流しながらの移動だから自ずとバックランになるし、木々を気配で躱さなきゃならない。追い掛けてる間はそんなに長く感じなかったのに、追い掛けられる側になるとシロのいるところまでが果てしなく感じちゃうの…なんでだろうね?
「待ち侘びたぞ黒鋼ッ!」
「もう…隠れてたんだから静かにしてなよ~って危なっ!」
木の根っこに足を取られて体勢が崩れる。攻めあぐねていた所にチャンスが訪れたからか、妖狐は防御もかなぐり捨てた攻勢に出て来た。絶体絶命の危機──なんだけど、正直これは織り込み済み。
術式で鎖を創り出して、シロに向けて伸ばす。ボクの意図を汲んだ相棒が思い切り引っ張ってくれたことで、ボクは無事に攻撃範囲外まで離脱出来た。
「全く、無茶しおって」
「信頼の証ってことで…それに、丁度シロの指定した場所だよ」
見れば、シロの用意してた捕縛術式と結界術式が発動して妖狐を閉じ込めていた。結界術式のお陰で、いくら炎を吐かれても森が燃えたりもしない…んだけど。
「さて、準備は整ったし──火力比べといこうではないか、化け狐」
「やっぱり…そんなことだと思った…」
やけに結界が強力だと思ったら、シロの火力に耐えられるように用意したみたい。
妖狐を見下ろせる位置まで浮遊したシロの右手には周囲が揺らぐくらいの炎が集まっていて、それを右手で弓を引き搾るようにして構えた。
「煉獄招致……妾の術式の中でもそれなりの火力だが、簡単に死んでくれるなよ?」
同時に放たれた炎は、一切拮抗しなかった。
シロが放った炎の矢は妖狐の炎を掻き消して、瞬く間に妖狐を消し炭に変えてしまった。余りにも呆気無さ過ぎて、思わず乾いた笑いが出ちゃうくらい…知っていたつもりだけど、改めてシロの強さを思い知らされた。
「やはり6本程度ではこの程度か…」
「この程度って…ボク結構苦戦してたんだけど」
「ヌシだって術式を使えば楽に倒せただろうに…ま、そうもいかんのだろうがな」
そう言って差し出された拳に、ボクの拳をぶつけた。完全に消滅したのを確認して本部まで戻ると、キラキラと目を輝かせる若手の皆と忌避の視線を向けてくる上層部が待っていた。多分、これからも面倒な事が続くんだろうなぁ…って思うと、思わず溜息が溢れ出た。
「なんだ、辛気臭いのぅ」
「誰の所為だと…?」
諸々の発端になった相手は放っといて…、どうしてこんな事になったのか──茜色に染まる空を見ながら、ふとこれまでの長い道のりに想いを馳せた。
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