黒と白の物語
「ほんと、数だけは多いよね…」
「なんだ、泣き言かのぅ?」
思わず零した愚痴に、背中合わせの相棒が揶揄ってくる。
だってしょうがないじゃん……文字通りの四面楚歌なんだし。1体1体の能力は高くないんだけど、数が多いから単純に面倒なんだよ。知ってるクセに。
「ま、さっさと終わらせて美味しいご飯食べよ。今日はラーメン食べたい」
「奇遇じゃな、妾もあの二郎系とやらをまた喰いたくなっていた頃合いだぞ」
「ボクは家系が良いんだけど…」
そもそもシロは食事の必要が無いじゃん。
お金出すのはボクなんだし、好きなモノ食べさせてよ…。
「足りんのじゃ」
「チャーハンでも食べてろ」
「キヒヒッ、言ったな?破産させてくれるわ」
「こいつ…」
気の抜けた会話はここで打ち切りになった。
それまでは様子見していた敵の群が、一斉に攻撃を仕掛けてきたから。いくら雑魚とは言え、油断すれば命に関わるのがこの業界。気を引き締めて呪われた愛刀を抜いて、敵を斬り捨てる。
「キヒヒッ、まずは血祭りだっ!」
「……ま、やってやりますかッ!」
我武者羅に刀を振るうボクの合間を縫うように、振り撒かれる焔と雷。
たまにギリギリで術が放たれることもあるけど、今更それに文句を言うような関係じゃない。ボクはシロを信じてるし、シロもそんなボクの期待に応えてくれる。
「キヒヒッ!楽しいなぁ黒鋼ッ!!」
「はいはい、楽しいねぇ」
体感3分程度で、視界を埋め尽くさんとしてた敵は全滅してた。特に達成感がある訳じゃないけど、いつも通りのグータッチを交わした。
雑な扱いをしてるけど、ボクはこの白髪の美しい大妖を信頼してる──だってボク達は、2匹で最強だから。
◇◇◇◇
「嫌じゃ、妾は二郎系が喰いたいのだ」
「ボクそんなに食べないし、そもそもシロは食事の必要無いでしょ?」
「ヌシだって音楽を聴くことがあるであろうが、それは生命を維持するのに必要か?違うであろ?妾にとって食事はそういうモノなのだ」
ちなみにこれ、家系ラーメンの店前での会話ね。お店の人からしたら絶対迷惑だったと思う。
ボクは破魔術師。悪霊や呪霊を狩るのを生業としてる闇の世界に身を置いてる。裏稼業ではあるけどきちんと報酬は出るし、一応高校にも通えてる。
「黒鋼よ、ヌシはいつも家系かうどんしか喰わんではないか。年頃の娘はスイーツや野菜ばかり食べるモノではないのか?」
「それは偏見でしょ…。ボクはそんなに甘い物に興味無いし、運動してるから体重とかそんなに気にしなくて良いの!」
シロ──禍月白咲姫はボクの相棒であると同時に、500年以上前に封印された【呪いの女王】の二つ名を持つ凶悪な存在。色んな条件付きで今は良好な関係は保ててる……筈なんだけど、あっという間に現世に適応してる上にちゃっかりボクと同じ制服を着てるのが釈然としない…。
あ、黒鋼っていう名前をボクに付けたのもシロね?厨二病みたいな名前のセンスに関しては、断じてボクのモノじゃないから。
「まぁ、ヌシはもう少し脂肪を付けた方が良さげだろうな」
「喧嘩売ってる?ちょっと裏行こっか??」
視線を胸元に落とされて、自分でも顔が強張るのが理解った。
そうだよね、ボクの胸は無いも同然だもんね!シロはドーンってでっかいメロン2つも抱えてそれはそれで大変でしょうね少し削ぎ落として差し上げましょうか!?
「悪かった、悪かったから落ち着くのだ…周りの迷惑になるぞ?」
「……ぐぅ」
「正論でもぐぅの音は出すのだな…」
極悪人に窘められるのは非常に不服だけど、お気に入りのお店に迷惑を掛ける訳にはいかないから一旦矛を収めた。
あとで覚えといてよ…。
「詫びとして今回は妾が譲──ん?」
「本部から連絡…………うん、無視しよう」
悪霊の出現情報の連絡を完全無視しようとしたボクに、シロはニヤニヤ笑いながら声を掛けてきた。
「ヌシ名指しの案件ではないか、無視すれば後が面倒だぞ?」
「……」
「返り討ちに出来るとしても、相当揉めるであろうなぁ?」
「この戦闘狂下衆呪霊…」
「緊急時でなければシメられてたと思え?」
口喧嘩も程々に、結局ボクも諦めて現場に向かうことになった。
シロのことはちゃんと信頼してる、してるんだけど……ほんとにどうしてこんな事になったのかなぁ…。
◇◇◇◇
「くそっ、何なんだコイツ!」
「パパこわいよ〜!」
「だ、大丈夫だ、パパが付いて──うわっ!?」
「パパたすけてっ!」
現場がやっと見えてきたくらいで、ボクの耳に親子の会話が届いた。内容からしてかなりピンチっぽい。
「シロ」
「応とも」
軽く8階建ての建物くらいの高さまで跳躍したボクに続いて、シロが跳躍してボクの足首を掴む。
「11時、7割でよろしく」
「注文が多いッ!」
文句を言いつつも、要望通りにボクを投げ飛ばしてくれる相棒。
急加速する世界の中心に映ったのは、両手に赤子みたいな肉塊を抱えた女の悪霊だった。長く伸びた髪が自在に動かせるみたいで、父親から子供を巻き取って奪い取ろうとしていた。
「まずは救出から──ッ!」
勢いそのままに悪霊の髪を斬り落としつつ、左手で女の子を抱き締めて保護する。
いつもなら踏み止まって追撃を仕掛けるところだけど、今回は勢いに乗ったまま距離を取った。
「大丈夫?」
「お、おねえちゃん…だぁれ?」
「……正義のヒーロー、かな?危ないから隠れてて」
「っ、うん!」
別に、本当に正義のヒーローとか思ってる訳じゃないからね?子供を納得させるにはこれが手っ取り早いってだけだから。
「さて、と……お怒りのところ申し訳無いけど、すぐに終わらせるからね」
女の子を降ろして、改めて敵に向かう。
その時にはもう視界を埋め尽くすほどの髪が襲って来てたけど、全て斬り伏せた。
「その程度じゃ驚きもしないよ」
その髪じゃ足止めも出来ないって判断した悪霊は、あろう事か両手に抱えてた肉塊をボクに向けて投げてきた。子供か何かじゃないんかい……なんて毒吐く暇も無く、投げ付けられた2つの肉塊は牙を剥いてボクに噛み付こうとして来た。
でも残念、これも難無く斬り捨てる。すると女の口から呪詛とも取れる悲鳴が漏れていて、その眼に宿す憎しみがより濃くなってる。
「オォォォオオォォ」
「そんな顔されても、投げたのは自分じゃん」
刀を握る手に力が籠るのが理解る。
悪霊にこんなことを思うのは筋違いなんだろうけど、子供を雑に扱った上に逆ギレしてくる奴は見てて気分が悪い。
「オォォォオオォォオォォォ」
「じゃあね」
伸びた髪をまた全部斬り捨てて、左肩から袈裟斬りにして納刀。
鍔鳴りと共に崩れ落ちる悪霊はそのまま霧散して──行くかと思いきや、この期に及んで女の子に向かって行こうとしてるし。本来なら阻止しなきゃならないんだけど、今回はまぁいっか。
「弾雷ッ!」
だって、視界の隅にシロの姿が映ってたから。
シロの放つ紫電に焼かれて、今度こそ悪霊は動かなくなった。
「全く、ヌシはいつも詰めが甘いのぅ?」
「美味しいところを残してあげたんだよ、不完全燃焼な時のシロは面倒臭いし」
「何だと~ッ!?」
いつも通りの無駄口を叩きながらグータッチをしてる合間にも、親子は抱き締め合って互いの無事を喜んでるみたい。
……と、ボクの視線に気付いたのか父親がボクに駆け寄って来た。
「行こっか、シロ」
「ん?良いのか恩を売らなくて」
「売って何になるのさ。あとは本部の奴等に丸投げしとけば良いの」
どうせあと少しすれば【高天ヶ原】……破魔術師協会の人間が事後処理に来るだろうし、ボクとシロはこの場を離れる事にした。
ちなみに、結局晩御飯は家系ラーメンになった。
シロが馬鹿みたいな量の注文をして財布が軽くなったから、食後の運動がてらキツめに絞めておいた。
感想お待ちしてます!
執筆の励みになります!!