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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

YouTubeで自然の摂理を叫んだ男の末

 真夜中の部屋に、YouTube内での誰かのアカウントの通知音が鳴り響く。


 夜更けにも関わらず増え続ける新しい娯楽に視聴者は胸を躍らせ、時間を忘れる。


 ーーーただし、その娯楽は必ずしも万人を楽しませるものではなく、中には傷を負わせる"悪意"のある動画も紛れているものだ。


 モニターの中の『モリキチャンネル』のうp主の『モリキ』はそのふくよかな身体を揺らしながらこちらに向かって指を指している。


 『最近の世の中ってLGBTとか、結婚しない人とか増えてるじゃないですか? ほらあの、"個人の価値観の尊重"? みたいなのが増えたから』


 コメント欄は『まぁ増えてきてるよね』『それな。うちの職場、独身の人多いし』など共感の声が上へ上へと登っていく。


 しかし、コメントの流れはモリキの


 『あー言う人ってね、人間として終わってるんですよ』


 の一言で止まってしまった。


 『いいですか、皆さん。人間の生きる理由っていうのはね"優秀な遺伝子を残す"こと。これが真実なんです! これは人間のみならず、生物が生きる理由なんです! 」


 目を大きく開き、身振り手ぶりを大胆にしながら、彼はカメラに向かって叫び続けるモリキ。


 コメント欄に流れる言葉たちはたちまち"共感"から"批判"に早変わりしてあっという間に


 『そんなん生き方の違いやろ』


 『短格的すぎて草』


 などで溢れかえる。


 しかしモリキはその言葉たちにさらに熱が入ったのか


 『生き方の違い!? そんなことありません!! 子供を作ることはまさしく"自然の摂理"! それを放棄する人間に生きる価値はありません!! 』


 と、立ち上がって顔を赤らめながらさらに声量を上げていく。


 当然、その態度と熱論に反論する声も増え続けるが、それらの声がいくら集まったとて、


 『正論すぎて草』


 『モリキを反論してるやつ、ただの非モテ童貞やろなw』


 『人間だって動物よ?? それもわかんないのかな〜? 』


 と、信者の如き肯定の声で反論は下へ下へと押しやられていく。


 肯定の言葉を見てモリキは頬を緩め朗らかに


 『まぁ、つまりはそう言うことです。独身の人はすぐに結婚して子供を作ってください。出来ない人は迷惑なので消えてください』


 と締めて、『配信終了』ボタンを押した。


 全身の疲労感を大きく伸びて放出して、撮影部屋から寝室に移動する。


 ベッドの右側で丸まっている最愛の妻の寝顔を数秒眺めたあと、彼も横たわり瞼を閉じた。


 翌朝。


 朝日が瞑っている目に当たり、瞼を開けたモリキは外を眺めてから


 「たまには散歩でも行くか」


 と、瞳を細めて妻の手作りの朝食を食べに一階へ降りる。


 和やかな表情のまま席に座ったモリキに妻は


 「おはよう。今日のご飯は新鮮よ」


 と言い、皿をこちらへ運んで来る。


 「新鮮? てことは採れたての野菜か? 朝からそんなものにありつけるなんて♩」

 

 皿を運んでくる妻が近づくにつれてソワソワしているモリキ。


 そして目の前に置かれた皿の上にあるのは、妻の言う通り新鮮なーーー

 



 『キシキシ…』


 『キシッ…キシキシ…』




 「うわぁああ!! ば、バッタぁ!?!? 」




 皿の上に置かれている何十匹のバッタ。


 僅かに足をピクピクと痙攣させているソレにモリキは目を大きく見開いて何度も瞬きして見つめている。


 「お、おいおい。なんかの冗談だろ? こんなの食えるわけ…」


 視線をバッタから妻に変えると、その先に見えたのはーーー


 『パキパキッ』


 『グチュ…グチュ…』


 『ゴクン』


 「…? どうしたのあなた? 早く食べないと逃げちゃうわよ」


 口からバッタの足を出しながら首を傾げている妻。


 その姿を見た途端、目をさらに見開いて背筋に悪寒を感じ、


 『なにかおかしい』


 と察する。


 「お、俺、散歩に行ってくる。ちょ、朝食は外で食べるから…」


 「あらそう。じゃあこのバッタ、私が食べとくわね」



 席に立ったモリキは、部屋を出る前に妻をチラッと見る。


 妻は口いっぱいにバッタを詰め込んで


 「ん〜♩ 美味し〜♡♡♡ 」


 と、目を輝かせていた。


 その姿を見たモリキは震える手でドアノブを回して駆け足で家を出て行ったーーー


 


 「なんなんだあいつ…前まで虫嫌いだったのに急に………」


 重い足取りで外を歩くモリキ。


 空を見上げると太陽が彼を慰めるような暖かな日差しで照らしている。


 「今日はいい天気だなぁ。思わず昼寝したくなる」

 

 目を細めながらモリキの足取りは少し軽くなる。


 すると目の前で腕を組みながら歩いている男女のカップルが見えてくる。


 彼ら彼女らの談笑を見てさらにモリキが口元を緩めていると、彼女がお腹をさすりながら口を開いた。


 「ねー、お腹空いた〜。誰か食べよーよ〜」


 (………ん? "誰"か? "何"かじゃなくて??)


 緩む口元が戻って片眉を顰めているモリキをよそに彼氏と思われる男はキョロキョロとあたりを見渡した後に


 「じゃー、あいつにするか。ちょうど太ってるし」


 と、モリキを真っ直ぐに指をさす。


 「え?? 俺??? 」


 目をぱちくりとさせてるモリキとは対照的に彼女は男の腕に抱きついて


 「あ、いいねー! じゃあ、私が先に行くね! 」


 と目を輝かせている。


 「ちょ、ちょっと待てよ。あんたら、何の……」


 冷や汗をかきながらオロオロし出すモリキ。


 すると次の瞬間ーーー


 「ガルルルルルゥ!! 」


 突然、目の色を変えた女性は歯を剥き出しにして勢いよく飛びかかっきた。


 モリキは咄嗟に身体を右に逸らすが、完全に避けきれることができず


 『ガブゥ!!! 』


 右肩に食らいつかれた。


 「ギィヤァアアアアア!!!! 」


 『ミチミチミチィ…!』


 血で肩が真っ赤に染まり、激痛に顔を歪める。


 痛みに耐えながらモリキは彼女を思いっきり振り払って自分の真っ赤な肩を見つめる。


 (あと数秒遅かったら………!! )


 顔を真っ青にしているモリキとは裏腹に彼女は血まみれの口元をペロペロと舐めながら


 「ちぇー。首元狙ったのに…」


 と口をすぼめる。


 そんな彼女に対して彼氏は


 「お前狩り下手だもんなw」


 と笑っている。


 そんな二人の様子に顔を赤らめながら


 「な、なんなんだあんたら!? そ、それでも人間なのか!!」


 と絶叫するモリキ。


 するとカップルはお互い目を合わせて


 「は?? 何言ってんのこの人」

 

 「怖…変な人。美味しい人だけど」


 と、首を傾げている。


 「は、はぁあ!? 」


 思わず声を張り上げるモリキは痛みに耐えつつ二人に向かって更に口を開こうとする。


 するとーーー


 「ねぇ、ここでしよっか」


 「うん。じゃあ、脱ぐね」


 と言う声が耳に入ってきて


 「…脱ぐ…? 脱ぐぅ!? 」


 と絶叫しながら勢いよく声の方に顔を向ける。


 見ると、そのに立っているのは学生服の男女。


 二人は平然とした様子で服を脱いで下着姿となっている。


 二人の指が下着にまでかかった瞬間、モリキは顔を真っ赤にして


 「おぉおい!! 何やってんだぁ!? こんな公の場で!! 」


 と叫ぶと男子生徒らしき少年は


 「何って、子作りだけど? 」


 と、真顔で返して女子生徒も


 「そうそう。なんか変? 」


 と首を傾げている。


 二人の様子を見たモリキは顔を徐々に青ざめて、足を後ろに引く。


 「な、な、なんなんだよこいつら…!? 」

 

 そして、周囲に目を向けると、周りの風景を見て目を限界まで見開いた。そこにいるのはーーー



 電柱に平然と用を足している男性。


 四つん這いで赤ん坊を咥えて運んでいる女性。


 ゴミ箱に頭から突っ込んでは、生ゴミを『グチャグチャ』と噛み締める少年。


 周囲に響き渡るのは、嬌声と悲鳴。


 鼻に鋭く入ってくるのは、体液と、糞尿と、血肉の匂い。


 「ど、どうなってんだ!? 」


 モリキの絶叫が辺りに響く中、下着姿の男女は彼の方を見て


 「ねぇ、あの人怪我してない? 」


 「そうだね。ちょうど太ってるし食べごろだ…」


 と、口から涎をダラダラと垂らす。


 二人の様子を見ていたカップルも


 「ちょっ、そいつはあたしらの獲物よ! 」


 「そうだ! 勝手に食うなよ! 」


 と叫ぶ。


 すると喧騒の声を聞いた周囲の人々も


 「わ、あいつ美味そう」


 「お父さん! あいつ食べよ! 」


 「はいはい、パパが狩ってくるから待っててね」


 と、視線をモリキに集中させる。


 そして彼らは


 「グルルル…!! 」


 「ガルルル…!! 」


 と、唸り声を上げて垂れる涎を拭こうともせずに四つん這いでゆっくりゆっくりとモリキに歩み寄る。


 その目と姿勢はまさしく肉食動物のソレ。


 傷ついて狩りやすそうな、肉付きのいいモリキをまっすぐに見据えている。


 彼らが近づくにつれて顔の青さがピークに達したモリキは


 「たっ、助けてくれぇええ!!! 」


 と絶叫しながら血が流れる肩を抑えて走り出した。


 一瞬、後ろを振り返るがそこに見える四つん這いで獣のように追ってくる老若男女の姿を見て即座に前を向きなおる。


 真後ろから


 「グァウ!! ガゥアァ!! 」


 「グァルルル!! バウワウ!! 」


 と、どんどん近づいてくる唸り声にモリキは更に足を早め転ばないことを祈りながら息を切らし、前へ前へと急ぐ。


 そして飛び込むように自宅のドアの中に入って鍵を閉めた直後、


 『バンバンバン!! 』


 「ギァオ!! グァオ!! 」


 『バリバリバリ!! 』


 「グルルル!! ガルルル!! 」


 何度も体当たりする音と爪を引っ掻く音、そして唸り声と共にドアが休みなく揺れる。


 モリキは目元を濡らしながら汗まみれの身体でドアを必死に抑える。


 すると


 「あら、あなたどうしたの? 」


 と言う柔らかい声が奥から聞こえて、ドアを抑えながら前に視線を向けると廊下の先から妻が立っていた。


 「ひどい汗ね。何かあったの? 」


 首を傾げて尋ねてくる妻にモリキは


 「ま、街がおかしいんだよ! みんな動物みたいに…」


 と、どこか早口になりながら忙しく説明する。


 しかし、一通り説明を聞いたにも関わらず妻は


 「あら、別に変じゃないでしょ? 」


 と、簡単に言い返す。


 「………はぁ?? 」


 「あなたも動画で言ってたじゃない。"人間も動物だ"って」


 なんの感情のこもってない妻の言葉にモリキは目を見開きながら彼女の冷たい瞳を見つめている。


 最愛の妻を見ているのに、なぜか背中に嫌な悪寒を感じる。


 モリキは混乱する頭をなんとか正常に戻そうと再び口を開くが、


 「で、でも、それとこれは話が『そんな事より』…へ?」


 満面の笑みの妻に遮られると妻はモリキを見つめて顔を赤らめながら言葉を続ける。


 「私ね…"できちゃった"の。あなたの…私の…」


 その発言が耳に入った途端、モリキの全身に電流が走ったかのような感覚が走り、彼の動きを止めてしまった。


 「そ、そうなのか…!? それは…よかった…」


 「ええ。本当に」


 ゆっくりと微笑んでいる妻の顔を見てモリキは安心感に包まれる。


 



 しかし、なぜか背筋の寒気が取れない。


 妻が己の子を身籠っている。本来なら喜ばしい報告なのに、何故か、冷たい汗が止まらない。


 妻の笑顔を見つめる時間ほど身体の震えが強くなっていく。


 「だからね…あなた…」


 妻がゆっくり、ゆっくりと近づいてくるごとにモリキの冷や汗が彼を濡らす。


 ドアを抑えている力は抜け、耳に響く外の野生化した人の声が遠くに聞こえる。


 目線が妻の顔のみを捉え、それ以外に逸らせない。


 そして、妻がついに目の前で止まるとモリキの口から


 「な、何だよ………」


 と小さく震えた声が漏れ、緊迫した空気が辺りに漂う。



 



 ーーーその瞬間だった。




 『ザクッ』


 モリキの耳が鈍い音が拾い、僅かな衝撃が腹部分で感じる。


 視線をゆっくりと腹部に移すとーーー



 「え?? 」



 



 モリキの目は腹からまるで生えているかのように刺さった包丁を捉えていた。


 

 自分が刺された事にモリキの脳が察知するとじわじわと鋭い痛みが腹部に広がり、


 「ガフッ…! ご、ゴフッ…!!」


 モリキの口から止まることなく血が溢れ出てくる。


 「な、なん、なん…で…?? 」


 涙と血で濡れている顔を妻に向けながら漏れ出る声で尋ねると妻は


 「決まってるじゃない。子どもを育てるには栄養を取らなくちゃいけないでしょ? 」


 と涎だらけの口元を歪めている。


 「なん…で……?? ど…うし……て………」


 妻の顔がどんどん霞んで見え、外の喧騒も聞こえづらくなるにつれて、瞼がゆっくりと閉じていく。


 完全に視界が真っ暗になる直前に彼が見たのはーーー








 「なんでって…それが"自然の摂理"でしょ? あなた」



 舌舐めずりしながら涎を垂らしている妻の笑顔だった。






 〜Fin〜

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