約束 03
イツミは足を踏み入れるなり、床に散らばるガラクタを片っ端から蹴飛ばすように歩き回る。年代物の壺から欠けたカップ、本の切れ端、何の機械か分からない歯車や部品も混じっていて、その雑多な様子がむしろ彼女のワクワク感を掻き立てた。
「いいねいいね! あっちもこっちもゴミのお宝!」
おもちゃに夢中になった子どものように、やたらと興味津々で周囲を荒らしまわる。すると、埃をかぶった木箱の隙間から、小さな瓶が転がり出てきた。
「……何これ? キラキラが入ってるー」
瓶の中には、透き通るような飴色の物質が詰まっていた。その中央には、小さな影のようなものが沈んでいる。
「見せてください」
トワネがそれを受け取ると、彼女のまなざしに小さな変化が走る。
「――これは、ヒメリシア花の蜜ですね。かなり貴重なもので、たぶん私が保存しておいたのだと思いますが……おや? 蜜の中に何かいますね」
トワネは瓶をそっと床に置き、軽く手をかざすと、パリン、と涼やかな音を立てて、瓶の上半分が滑らかに切断された。内部から現れたのは、液体というにはあまりに粘りの強い、濃密な飴色の塊だった。
その中には、小さな羽のようなものが、ぴたりと動かず封じ込められていた。トワネは目を細め、それが虫の一種であると察すると、ゆっくりと頷いた。
「すっかり固まってますね。それに、蜜が固まる過程で、偶然にも小さな虫が入り込んだのでしょう。――まるで琥珀のようです」
トワネはその小さな塊を光にかざしてみる。薄く透けるような質感が、光をわずかに吸い込み、それはぼんやりと艶めいていた。
「こはく……? って、なに?」
「琥珀というのは、樹液が長い年月のうちに硬化して、まるで宝石のように美しくなったものです。中に、虫や植物のかけらが入っていることもあるんですよ。この蜜も、環境や魔力の影響で似たような変化を起こしたのかもしれませんね」
イツミは興味深げに、飴色の塊をいろんな角度から覗き込んでいた。
「へぇー、すごいねー! 食べられるの?」
「食べ物じゃありません。それに、たとえ飲み込んだところで、消化もされずにそのまま出てくるだけです」
「でもさぁー、ちょっとだけ食べてみたくならない?」
「なりませんよ。食べる、なんて……ん? 食べる?」
トワネはぴたりと動きを止め、塊を見つめたまま黙り込む。沈黙が数秒流れた。
「――ヒントって、『食べても、なくならない』でしたよね? では、これは1000年前の約束の物なのでは?」
イツミはパァッと顔をほころばせ、両手をパンと打ち合わせた。
「そーかも! たしかにねぇ。……でも、これってずっとつづく物? ――たとえば、宇宙からいんせきが降ってきたとします! それでもなくならない?」
「隕石……ですか。流石に、それほどの高温だと溶けて無くなってしまいますね」
「あらま。なら、ぶっぶー!」
イツミは口を尖らせながら、腕を頭の上で交差させ、まるで「ダメ」の意思表示をするかのようなバツポーズをとった。その無邪気さが、トワネの目には挑発的に映る。
そして、苛立ちを覚えたのか、何も言わずに飴色の塊をパクッと口へ放り込んだ。
「げっ! ちょ、おねぇー!? なにしてんのーっ!」
狼狽するイツミをよそに、トワネはごくんと喉を鳴らし、口のまわりを手の甲でぬぐいながら淡々と言い放った。
「これで、隕石が降ってきても平気です。私ごと宇宙に飛び出せば、私が不老不死である限り、永続的に存在し続けることになりますので。――そうすれば、なくならないでしょう?」
「……ずるじゃん! だめだめー!」
ぶーぶーと口をとがらせ、手当たり次第に足元のガラクタを蹴飛ばして抗議の意思を示すイツミ。床に散らかった木くずやら破片やらがパラパラと舞い上がる。
トワネはそんな妹の反応をどこか予期していたような色を浮かべつつ、観念したように再び散らかった品々へ視線を向けた。
しばらくは二人してあちこちを手分けし、箱を開けたり、埃だらけの棚を覗き込んだり、散らばった巻物を広げたりと、まさに部屋の大捜索が始まった。
――やがて、埃を拭い去った木箱の底から、一枚の色あせた紙片が見つかる。そこにはトワネとイツミ、そして、見覚えのない二人の大人が並んで写っていた。
「なになに? 写真……?」
埃をふっと吹き飛ばし、トワネが紙の表面をそっと拭い去る。
「これ、イツたちだね。おねぇーとイツ。あと、おっきいのが二人……? これ、誰ぇー?」
「さあ……知りません。まったく覚えがないですね。イツと私が一緒に写真に写っていることは間違いないので、関りがある人物かとは思いますが――」
トワネは写真を見つめるうちに、何か大事なことに気づいたかのようにハッと小さく息をのむ。
「まさか……これが答えなのでは?」
写真を指で示し、まるで確信を得たかのようにうなずく。すると、イツミはきょとんとした顔で、写真とトワネを交互に見た。
「なんでさー。紙切れなんて隕石が落ちたら、すぐに燃えてなくなっちゃうよ?」
それに対して、トワネはチッチッチと小さく指を振る。
「確かに、紙は消えて無くなるでしょう。けれど、この写真のように、見たり聞いたり体験した情報は、"記憶"として残るはずです。私たちが覚えている限り、そこには存在し続けるじゃないですか。――つまり、『時間がたっても、つづいてる』に合致する記憶そのものが答えです!」
勝ち誇ったように言い放つトワネを、イツミはじっと見つめていたが、すぐさま首を横に振った。
「でもさぁ、おねぇー。これに写ってる、おっきいの二人のこと、忘れちゃってるじゃん! 思い出せないなら、ちゃんとあるって言えないでしょ。――はい、ぶっぶー!」
再び腕を交差してバツを作りながら、無邪気にもきっぱりと否定するイツミ。トワネは言い返す決め手に欠いていた。