見知らぬ街と人々について
素敵なピアノの音色が流れる。
普段はあまりピアノの曲なんて聞かないけどこの曲だけはちょっと特別。聞いていると、いつも僕の脳のスクリーンには一人の子供が映し出される。
子供は顔も知らない外国の子で、いつも毛布に包まれ眠っている。毛布の中はとてもあったかい、色でいうとピンク。
その毛布と子供は、お母さんに守られていて、眠っている今も外から包んでくれている。
僕もその子の真似をしてみる。プラスチックで作られた布を被り、微かなピンクを感じる。外からは母の温もりはなく、風が吹いている。
僕が寒さから身を守っている今も、その子供はぬくぬくと眠っている。僕はさらに体を丸めた。
地べたに直接寝るのも嫌だからダンボールを敷いて寝た。僕の骨のせいでダンボールが所々凹んでしまっている。
寝心地も悪くなってきたから、立ち上がって歩き出した。
荷物を担いだ僕は、寝泊まりしていた駐車場から歩き出す。
ダンボールを持っていては貧乏っぽいし、なにより僕の形ぴったりに作られた棺桶みたいで嫌だ。
ビルが黒くて大きい影になって並んでいる。所々、オレンジ色の街灯が照す。
昼間は忙しく働く人たちでいっぱいなんだろう。
そんな真面目な街は不真面目な僕を不思議そうに見てきた。
「こんな時間にどこへ行くのですか」
僕は街灯を無視して進む。
「君、大丈夫?」
次の街頭も話しかけてきたけど僕は聞こえないふり。さらにその次の街頭は言葉も出ない様子だった。
しばらくその調子で歩いていると、街路樹のそばに自転車が捨てられていた。そいつも僕に話しかけてくる。
「お前も捨てられて来たのか?」
言い返したくなったけど、構うほどの奴じゃない。
歩いた先に飲み物が売られていた。そういえば喉が渇いた。水を飲みたい。
ここはずっと営業しているからこんな夜でも買える。もちろん大忙しな昼間も、一日中雨が降って誰もいない日も。
とても真面目だ。昼間働いている人たちよりも、澄まし顔で立っている街灯よりも。
水を買ってすぐに一飲み。後ろを振り返るとさっきの自転車が立っていた。
「お前はどうして捨てられたんだ?」
「うるさいよ、僕は捨てられてない」
自転車は首を傾げて聞いてきた。
「じゃあどうしてこんなとこにいるんだ?」
「どうしてって、自分で来たんだよ。逃げてきたんだ」
しばらく自転車は不思議そうにこちらを見てきた。
僕はきまり悪くて、また水を飲んだ。
「自分で?逃げてきた?変な奴だな」
捨てられて仕方なくいる奴よりはマシだと思う。
始発電車に乗るために、駅のある北へ向かう。僕の好きな地下鉄。電車も真面目だから、こんな僕を乗せてくれるかは分からない。きっと「俺は真面目な人を乗せるために真面目に働いているのに、どうして不真面目な人間を乗せなきゃいけないんだ」とか言われる。
「電車なんて乗ってどこへ行くんだ?」
前のカゴに荷物を乗せられた自転車が聞いてきた。
「どこにも行かないよ。ただ乗るために乗るんだ」
「え?どこかに行くために乗るもんだろ?電車も俺も」
「うーん」
自転車は何も話してくれなくなった。
僕らの横を客を乗せたタクシーが颯爽と通り過ぎた。それを見た僕は言った。
「あのタクシーに乗ってる人は夜が嫌いなんだ。さっさと夜を抜け出したいから、タクシーに乗って帰るんだよ」
「ほう」
「僕は昼が嫌いだから電車に乗る。けど夜ほどすぐには抜け出せないんだ」
「大変だな。大変な奴だ」
しばらく二人歩いていると高架下にきた。その暗い影の中で座って休みだした。
僕の視界には大きな影がまっすぐあって、左右にオレンジの光が差し込む。右側のオレンジを見て言った。
「僕らそこを歩いてきたんだね」
「そうだな」
自転車も右に目線をやった。
「仲良くしてたかな」
「そうでもないだろ」
「だね。今の僕たちも、未来の僕たちに見られて、馬鹿にされてるのかな」
それを聞いた自転車はニヤついた。
僕らはまた立ち上がって、北へ進んだ。