対話と謎の声
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ちょっとずつ書くのが楽しくなって来た。これはいい傾向じゃね?
今俺は引き摺られて……いない。
抵抗を示すためにそんなことをしていたが、使用人のような人からの視線と自分のケツが痛かったのだ。
人としての尊厳とケツの為に俺は立ち上がった。
現在はどういう状況かというと、引き摺っていた張本人──フェルステラという公爵の後についている。逃げたい気もするが迷子になるので却下だ。
クッソ、掌の上かよ。
逃げてぇぇえええ、マジで逃げてぇ……
何されるか分かったもんじゃない。
あ、止まった。
長い髪がふわりと宙を舞い、こちらを向くと含みのある笑みで言った。
「ここが私の研究室兼私室だよ、間借りしてるだけだから設備の揃いはよろしくないが。でも今日の目的は、君とお話することだからね」
お話かぁ……
部屋に入って行ったのでそれに続く。
おお………
部屋に入っていくと最初に見えた光景は、山のようになって散らかりまくった謎の物や本たち。
本の山とか実物初めてみた。
幸い、食べ物の残りとか飲みかけのペットボトルとか、ザ・ゴミ屋敷って感じのゴミは一切見当たらない。
それだけで救われる心があるというもの。
どうせ助手なんだし、そのうち片付けでもさせてもらおう。
「こんなに汚いとは思わなかったのかな? その顔は」
「いえ……そんなことは」
「あはは、気にしてないよ。でも他の貴族にその顔を見せたら不敬罪であの世行きかもね。あ、こんなに部屋が汚い貴族なんてそうそう居ないか!」
慣れた足つきでガチャガチャと物を掻き分け、進みながら笑う。この人は本当に公爵令嬢なのだろうか?
部屋が狭かったので目的のソファには案外と早く着いた。
どうぞ、とソファを示して言われたので座る。
周りを見てみるとベッドや今座っているソファ、物置きと化した化粧台なんかもあって元々は客室だったんだろうなという感じがする。
「コーヒーはいける口かな?」
「まあ、飲めないことはないです」
「おぉ!さすが異世界の使徒様だ。愛しのコーヒーちゃんを悪魔の飲み物だなんだと言ってくれる貴族どもとは違うね!」
良き同志を見つけたと思ったのか小躍りしながら準備する。
「いや〜、準備しておいて良かった。そこまで期待していなかったんだが、こうして優秀そうな助手くん候補を拉……勧誘できたからね。一人寂しく二杯分のコーヒーを飲まなくて済みそうだ」
あれはギリ拉致だろ。いや、クラス召喚の時点で拉致か………
器用に二つの、ソーサーに載せたコーヒカップと皿を両手に持ちながらこちらに来る。動きがふらついていたので落とさないかヒヤヒヤする。
「持ちますよ」
「ああ、ありがとう。助手がいるってなんて素晴らしいんだろうか………」
感慨に耽っている彼女は放っておいて、再び座る。テーブルに置いた二つのものに目を向ける。
漆黒と純白。
─────コーヒーとアイス。
「なんで今の季節にアイスを?」
日本は夏だったが、この異世界に来てからは肌寒い感じがする。
「上手くいったことは誰かに言って自慢したくなる、そうだろう?」
まあ、確かに?
「うん、甘くて美味いな。硝石の吸熱反応を使った魔力を使わないアイス……実験は成功だ!」
ほっぺたに手を当てて嬉しそうに頬張る。
俺はとりあえずコーヒーを飲んでみる。
うげッッ、にっっが!!
日本にいた頃のコーヒーの苦さではない。
右ストレートの如く直撃した苦味はザラザラとした舌触りとともに自分の脳へとダイレクトアタック。ドロッとした粘度は正確に精神をすり減らし続ける。鼻は焦げ臭い匂いでむせ返っていた。
し、死ぬぅ……アイス、アイス………
うん、アイスは美味い。神だ。
そんな寸劇紛いな状況で観客から驚愕という表情で見られる。
右手にはシュガートング。そこらからは白い角砂糖が漆黒へと飲み込まれている。
───さらに注がれるミルク。
「いや、まさかそのまま飲むとは………」
ああ、異世界だもんな。飲み方も違うか…
どこで異世界を実感してるんだか……
苦すぎだよチクショウ!そんなにミルク入れたらそれはカフェオレだよ!
ちょっと気になることはあったが、優しいフェルステラさんがコーヒーに砂糖とミルクをドカ盛りにしてくれた。コーヒーというかカフェオレだ。
でも異世界ではコーヒー判定なので偽コーヒーと呼ぶことにする。美味しい。
アイスを食べ切って、偽コーヒーを半分くらい両者とも残しているところで自己紹介やらなんやらを済ませた。
落ち着いたので前の人物を良く見てみる。
真剣そうな顔で研究者として鍛えられた青灰の観察眼。目元にはそれを支える皿として隈が広がる。片目は長い茶髪に隠されていて、頭にはその茶髪によって立派なブラウンのアホ毛を築いている。
「───じゃあ、私の助手になってくれるということで、本当にいいのかい!?」
「はい、黒宮さんを助けて貰う条件として自分で言ったことですから」
「やった!!!!今日は人生最高の日だ!!!ついに、ついに私も……」
だいぶ興奮気味だ。そんなに嬉しいの?
自己紹介の流れでこの人は錬金科学研究所という場所で所長をしていると聞いた。所長でも助手ができるとこんなに喜ぶものなのかな?
病的なほど白い手で握手を促されたので手を握るが凡そ人の体温とは思えなかった。
食生活が気に心配なる。一時期、遅寝早起を忠実に実行しエナドリと栄養ゼリーで体に鞭打ってゲームをしていた理久に似た雰囲気だ。
飯食えよ…何かに夢中になってるやつはなんでいつも食事を生きる為の栄養補給としか考えてないんだ。
っと、こんなこと考えてる場合じゃないな。
俺の前に紙が置かれた。異世界語……だけど読める。おっしゃ、これで俺もマルチリンガルだぜ。
とまあ、冗談は置いておいて。これは雇用契約書的なやつ?
「ここにサインしてくれ」
へー、週休二日ね。月給は60万ビルと……ビル?ま、いっか。
ここに書くのね───
『駄目です!!!』
なんとなく署名しようとしたところで制止の声が響く。
「んえ?」
急に聞こえた中性的な声に呼応して間抜けな声がでてしまった。フェルステラさんはこの声に気付いていない。
まさか…こいつ直接脳内に…!?
『あ、そういうのいいので』
そう………
『それよりこの契約書に同意なんてしたら死、ですよ?あと、物価も確かめずに給金に納得しないでください』
やっぱり異世界行くと死にかけることが多いんだなぁ………いやシャレにならん。
フェルステラさんは無意識の内に信用してたけど流石中世風異世界、死が近い。
『おそらくフェルステラさんも被害者側だと』
あ、そうなの?
『本来雇用に使うはずだったこの紙には雇用に関する〈契約〉の魔術が施されていた筈ですが、現在〈偽装〉とそれに隠された攻撃魔術が込められており署名により発動と攻撃対象の同定されるようになっています』
へぇ〜
『今、ご主人をぶっ殺してもフェルステラ氏に利はないかと』
へぇ~
で、さっきから言いたかったことなんだけど。
あなた誰ですか???