11話 今後が不安
クレソンが全力で走り、着いた先で見たのは船の上を飛び回り、蛸の触手から逃げ回るカルミア。そしてその空間の中央、甲板の上で倒れ動かないスズランの姿だった。
「カルミア―!?何があったか短めに!」
「マホウ、タコぶっぱ、スズちゃん卒倒!」
「よし、解った!」
本当にクレソンが理解したか分からないが、何かを察したクレソンは再び駆け出し、真っ直ぐ倒れているスズランの方へと向かった。当然触手は動く者に反応し、走るクレソン目掛けて触手が襲い掛かったが、当然クレソンは足を上げ、そのまま巨大蛸の触手を蹴り飛ばした。
巨大な触手を蹴り飛ばすという光景にカルミアは盛り上がり、クレソン本人は驚いていた。
「うおっ!?いきなり出てきたから思わず蹴っちまった!ってそれよりも!」
自分の行動に驚きつつもスズランの元へと駆け寄り、様子を見つつスズランを抱えその場から離れた。何本もの触手と格闘するカルミアに後を任せ、物陰に隠れスズランの容態を診た。
スズランは気絶はしておらず意識はあった。ただ目の焦点が合っておらず今にも意識を手放しそうな状態だ。そのスズランの様子にはクレソンは見覚えがあった。それは転送魔法によって雪山に着いた直後のスズランの状態だ。
転送の魔法陣で送られた直後にスズランは魔法酔いと思しき症状を出し倒れた。つまり今のスズランはまた魔法酔いをしているという事だ。ただ今回は気絶まではいかなかったらしいが、直ぐに起き上がれそうにはない。これは直ぐにでも船内に運ぶ必要があると思ったが、何故かスズランが起き上がろうと動いている。
「おいどうした、スズラン。無理に動くのはきついだろ。ちゃんと寝ていろ。」
言い聞かせてもスズランはまだ起き上がろうとしている。それは何のための行動か、クレソンは考えたさっきまでの出来事に関してはクレソンはその時その場に居なかった為に知らない。だが、カルミアが応戦している方に向かってスズランが行こうとしている姿に、クレソンはスズランの『気持ち』が読み取れた気がした。
「…分かった。だが一回きりだ。それ以上は俺が止めるからな。」
言ってクレソンはスズランの肩を持ち、スズランを支えた。スズランはクレソンが自分の体を支え、手伝おうとしている事に表情が微かに動いて反応した。そしてスズランはクレソンに支えられながら再び詠唱を唱え始めた。
「滾る…紅…の砲撃、聳え立…ちし強敵を」
魔法酔いの症状の為か、先ほどよりもたどたどしい詠唱ではあったが、スズランの目だけは巨大蛸に向かっている。辺りを跳び回り応戦していたカルミアは、もう限界だと声を荒げつつ叫び高い所から跳び落ちていく。そして今正に触手が甲板の上へと落ちようとしているカルミアを掴みかかろうとしていた。
そんなカルミアを助ける為か、ただ障害となる巨大蛸を倒す為か、目的がどちらか解らないスズランは詠唱を唱え終える。
「…迎え撃つ!」
詠唱を唱え終えた瞬間、カルミアは体を捻り回転して触手から触手へと跳び乗り、そのまま巨大蛸の頭部の方へと跳んで蹴り飛ばした。蹴り自体の損傷はほぼ無かったが、蛸の頭部は蹴られた事で位置がずれ、丁度スズランの魔法の射程範囲内に入った。
カルミアは一目でスズランの魔法がぎりぎり巨大蛸を掠る事に気付き、蛸を射程内に入れる為の咄嗟の行動だった。結果、カルミアは海へと落ちてしまう。そして巨大蛸に魔法が直撃、大きな損傷を与え、危機感を察した巨大蛸は海へと沈み逃げて行った。
巨大蛸の撃退に成功したスズランは、再び倒れ気絶した。クレソンはゆっくりとスズランを持ち上げ風の当たらない物陰に横たえさせた後、カルミアが落ちた海の方へと駆け寄り甲板から身を乗り出して見た。
「カルミア持ってろ!直ぐに引き上げ」
言い終えてつかまる為の紐か何かを持って来ようとする前に海から大きな飛沫が上がり、船をよじ登ってカルミアは甲板の上へと自力で戻った。
海から出て来たばかりのカルミアは当然ずぶ濡れで、滴を垂らす自分の体や髪を思い切り振って水気を飛ばした。クレソンにその飛んだ水が掛かるが気にせずカルミアに近寄った。
「よくやった!…そしてお疲れ様。蛸の方へと跳んだのは正直驚いたけど。」
「ぺっぺっ!うん、もうやるっきゃないと思って体が動いてた。ナンとかなってよかったけど、シオカラいよー。」
生みの塩辛さに顔を顰めるカルミアに安堵しつつ、物陰に横たえさせたスズランが気になりそちらの様子を見に行く。カルミアも出来る限り水気を落としてからスズランの方へと駆け寄った。
スズランは再び魔法酔いで気絶してしまったが、そうなると自分で自覚しつつも魔法を使った事に、二人は感心しつつも心配な気持ちでスズランを見た。
「この子、魔法の耐性が無いのか?稀にそういう体質のヒトがいるとは聞くが。」
「うーん…そんなジョータイだとして、それでも魔法をつかってあたしの事タスけようとしたんだよねぇ。」
スズランだって自身が魔法を使える状態ではないと自覚している筈だ。それでも自身を顧みず魔法を酷使した。その事にこの旅の、そしてスズランのこれからに気掛かりを感じずにはいられなかった。
いつしか『ソレ』は、無機質だったものから変化していった。それは良い兆候か、悪い兆候か。誰にも分からず流れはまだ途中であり、行き着き先はまだ見えない―
別の場所にて
カルミアとクレソンら三人が去って直ぐ後の雪山、熊犬が倒れている傍で『ヒトらしいもの』が着地した。
「あれェ?この辺りから気配したんだけどォ、何もないやァ。」
そこに立つのは若いヒトだった。小柄な背丈に細身な身体。何よりも色は薄く周りの雪景色と同化してしまう程に色が無い。靡く髪も硝子の様に向こうが透けて見える程だ。
だが目は違った。まるで原色をそのまま垂らした様な赤色が鮮やかに見える。そしてそんな容姿さえ気にしなくなる巨大なものをそのヒトは背負っていた。
すると、すぐ横で倒れていたはずの熊犬が動いた。そしてゆっくりと起き上がり、立ち上がった。直ぐ傍に立つヒトに気付いた熊犬はすぐさまに的に認識し、そのヒトに向かって爪の生えた足か腕を振り上げた。
その振り上げた足か腕は振り降ろされる事は無かった。熊犬が攻撃を行う前に、熊犬自身が一瞬動きを止め、そして再び轟音を響かせて倒れ、再び起き上がる事無く熊犬の息が切れた。
「あーあァ!折角会えると思ったのにィ。武器、血で汚しちゃったよォ。」
そのヒトが片手で持つのは大きな鎌だ。縦に大小の大きさの二つに刃が並んだ大きな両手持ちの柄を片手で振り回し、刃に着いた血を振り落して地面に鎌を付けた。瞬間小さな揺れが生きる程の衝撃が起きたが、揺れを起こした武器を持つ張本人は気にせずにいた。
「…でもォ、確かお腹がすいてた方が食べ物はおいしくなるって言うし、楽しみも後になった方が楽しくなるのかもねェ。」
誰に言うでも無い言葉をただただ垂れ流し、そのヒトは持っている武器を振り回し始め、まるで踊っているかの様に自身も回り始めた。
「あはッ…あはは…あははは!楽しみだなァ楽しみだなァ楽しみだなァ楽しみだなァ、楽しみだなァー!」
ただただ同じ言葉を繰り返しながらデタラメに鎌を振り回し、遊んでいるかの様にそのヒトは笑い続けた。




