10話 船が襲われる
船は出向し、船が海の水を掻き分けて進む音を立てながら目的となる港を目指す。船は魔法とは関係無く進む事が出来るが、それでもどこかで魔法が関係して来る。
船上で船員が慌ただしそうにしているのが見える。何かがあったのは明白だ。それが何かは船とは関係無いただの乗客である自分らには分からない。だが、何もしないでいる訳にはいかない。今この場にいる『二人』はそういう人物達だ。
「お仕事お疲れ様です!何かお手伝い出来る事があれば手を貸しますよ?」
「えっ!?あっいえ、お客様のお手を煩わせるなどは」
船員は言い終える前に、クレソンが懐から何かを取り出してそれを船員に見せた。何か模様が描かれた大きな印の様だが、それを見た船員は急に姿勢を正し始め、謝罪を言い出した。
「あっ申しわけありません!…実は少々魔法具の方に不具合が見られ、それで皆立て込んでおりまして。」
「成る程…なら、こちらが船内で他に異常が見られないか見ます。何せ。」
クレソンの言葉を合図にクレソンの背後からカルミアがまた奇妙な姿勢をとり、クレソンも全く揃っていない姿勢をとり始め、昨日スズランに見せた文言をした。
「あたしたち、世界の自然や人々の暮らしを守る『愛・緑の守護隊』が!」
「ここにいる限り、何者の妨害も障害も打ち砕く!」
またカルミアとクレソンの二人が一緒にワザとらしく決れた顔をして満足気にしていた。その二人の様子に船員は一抹の不安どころか多大な不安になったが、今は誰の手も借りたい状況なのだろう。二人の事かほとんど素通りし、任せる事にした様だ。表情には諦めの色も見えた。
船員に連れたれクレソンは船内へと入って行き、カルミアはスズランと共に船の甲板に残り見張りをする事になった。見張りと言っても、二人はただ海を眺めているだけの状態だった。
「どーお?スズちゃん。海、ヒロいねー!」
スズランに話し掛けながら海を見るカルミアだが、スズランは返事も返さず、黙ったままでいる為傍から見ればカルミアが独り言を言っている様に見えた。そんな自分の状態など気にする事も無く、カルミアはスズランに話し掛け続けた。
「…スズちゃん、キオクなくなったのって、やっぱあのスライムみたいなのにオソわれたからだよね?きっとすっごくコワかったんだろうね。覚えてる事ゼンブワスれちゃくらいだからね。」
カルミアはスズランの身に何が遭って記憶を失ったかを一人思考し予想した。戦闘に慣れた人物であれば粘体生物は勝てない相手ではない。だが、一般人ともなれば話は違う。武器も何も無く無抵抗のまま為すすべも無く痛みつけられるのがどれだけ恐ろしい事か、カルミアは自分の事かの様に考え肩を震わせた。
「…うん、ダイジョーブ!スズちゃんの記憶、なくなっちゃったのも治すし、お仕事が終わればコワいのもなくなるから、一緒にガンバ…ん?」
決意を新たにしたカルミアがそれを口にしようとした時、スズランが指を海の方に向けて指しているのに気付いた。一体何に向かって指をさしているのか。見る為の指の先を目線で追って行った。
一方のクレソンは船内のある一室に船員に誘導どうされて訪れていた。そこには船を襲うものを迎え撃つ為の大砲が幾つも並び、その一角に大きな羅針盤らしき道具が鎮座されていた。
「これは…あぁ、探知機か。」
見ただけでそれがどういう目的の物かを把握したクレソンは近づいてその探知機を思わしき道具を凝視した。
船員の話によると、この道具は船に接近する船や大型生物の接近を報せる為のものなのだが、先ほどから道具が意味も無く音を鳴らしたり、ものがある方向を刺す針があらぬ方向を指したりと、素人が見ても壊れているという事が判る動作をしていて困っていると言う。
クレソンは粗方視たが、どこも壊れている様には見えず腑に落ちないと顎に手を置いて考え込んだ。
こういった魔法具が不具合を起こすという状況は各地で魔法が使えなくなったのと同時期に見られ、更にクレソンはこの状況に既視感を覚えた。自分らが転送魔法で雪山に迷い込んだ事と、用意した暖房の魔法具が動かなかった事。どれも酷似していた。
魔法具は魔法との違いは、使用者の魔法の力を必要としない特別性の道具だ。必要な燃料は空気中を漂う魔法の力の源。皆が魔法を使う時に使うものと同じ。ただ詠唱といった魔法を発動させる手順行為を道具の方が代わりに行っていると言うだけだ。
つまり、道具自体にはやはりどこにも不具合は無いのだ。可笑しくなったのは、空気中を漂っているであろう魔法の力の源の方だ。
「その魔法の力の源の発生源は」
その時、船室に取り付けられている伝声管から聞き覚えのある声が響いた。突然聞こえて来て室内にいた船員も含めてクレソンは驚いたが、カルミアの声と気付き、伝声管に近付き声を掛けた。
「どうしたカルミア!スズランが転んだか!?それともカルミアが転んだか!?」
聞いていた船員は心配して聞くのがそれ?と疑問符を浮かべていたが、伝声管の向こうの声は更に切迫した様な雰囲気が漂う声が返って来た。
「クレソン!今日はタコ宴だよ!」
一瞬何を言っているのか、その場でクレソンと一緒にカルミアの声を聞いていた船員全員、理解出来ず困惑した。ただ一人、クレソンだけが聞いた瞬間全てを理解し、固まった船員を置き去りにして走り出した。
「船員は全員船内に避難して!非戦闘員が今船の甲板に出てはいけない!」
走り去る前にクレソンは甲板は危険だとだけ伝え、カルミアとスズランがいるであろう船の上の甲板に向かって走った。
場面は戻ってカルミアとスズラン。そして二人の眼前、海からその身を乗り出す様にして姿を見せる巨大な生物を前にして二人は棒立ちになっていた。
その巨大な生物は海から出ているのが頭部であるのが判り、赤褐色でずんぐりとした見た目。更に海にはその生物のものであろう太く長い触手が伸びており、四角い形の目が明らかにカルミアとスズランの二人を捉えていた。
「わー…大きなタコだなぁ。タコって食べれるんだっけ?これなら何人分になるかなぁ?」
巨大蛸の出没に頭がついていけてないのか、それとも現実逃避をしているのか、カルミアは現状に合わない事を淡々と口にしていた。そんなカルミアの隣に立つスズランもまた、変わらず無表情で蛸を凝視するだけだった。
そんな状態の二人など気にもせず、巨大蛸は海から伸びる自分の触手をゆっくりと動かし、振り上げてそのまま速く振り降ろした。
振り降ろされるその瞬間、瞬時に正気付いたカルミアはスズランを横から押し倒し、自分はその場で高く跳び、触手の攻撃を躱した。
だが、相手が蛸であれば攻撃が一回で終わる訳が無い。もう一本、二本と触手が動き回るカルミアを狙って振り回される。
「うわーん!なんであたしー!?ってか、スズちゃんはダイジョーブ―!?」
自分が押し倒した結果攻撃を回避出来た筈のスズランがどうなったか、安否確認の為にスズランが倒れているであろう場所に目線だけを動かして見た。そこには、倒れた拍子に物陰に入り込んで倒れた姿勢のまま動かずにいるスズランの姿があった。
もしかして打ち所が悪くて気絶しているのだろうかとカルミアは心配したが、よく見ると目は開けて意識がある感じなので、気絶はしていないらしく、カルミアは少し安心した。
目が動く触手を追っているところから、恐らく倒れた後どう動けば良いか思考しているのだろう。いつも呆けている様に見えているが、さすがに危機管理が働き自衛的な行動をとる様になったらしい。
とにかく、現状よく動くカルミアの方が標的となっているらしいので、自分が囮になりスズランを安全な場所に逃がそうと思ったカルミアは、何としても捕まらない為に奮闘した。主柱を蹴って跳び回り、触手が自信を捕らえようとするのを避けたり、叩かれそうになったら横に跳んだりして躱していった。
その様子を見ていたスズランは、蛸の触手がカルミアに集中しているのを見届け、その隙にその場を離れようとゆっくりと這って進んだ。だが、そんなスズランに近寄る影が近付いているのに気付かずにいた。その為に背後から伸びてきた触手に捕まれてしまい、突然の事で驚き膠着したまま触手に持ち上げられた。
スズランが捕まった事に気付いたカルミアは、スズランを助け出そうと跳びあがり、スズランを捕まえた触手に引っ掻き攻撃を仕掛けた。触手特有の柔らかくも重く感触に一瞬カルミアは表情を顰めて不快感を露わにしたが、触手を引き裂く事が出来、触手の締め付けからスズランを解放した。
触手から解放されたが、高い位置まで持ち上げられていた為に落下してしまい、尻餅をついてしまう。ともあれ無事に助ける事が出来、カルミアは一息をついたがまだそんな暇ではない。未だ巨大蛸は健全で、触手を一本傷付かられても怯む様子も無くまだこちらに敵意を向けて来る。むしろ傷付けられて怒っている様だ。
「うわーん!やっぱタコの体、変なカンショクで気持ちワルーい!」
柔らかいが故の逆に防御力があるらしく、引っ掻き傷を付けるのがやっとだというカルミアは再び触手からの猛攻を躱す作業に戻っていた。
その様子を見ていたスズランは、目を閉じて集中姿勢になり詠唱を唱え始めた。
「滾る…紅の砲撃、聳え立ちし強敵を…迎え撃つ。」
詠唱を唱え出すのと同時に、スズランは上に向かって手を翳した。すると詠唱を唱え出すのと同時にスズランの手の上に空間が揺らめきだした。それは陽炎で、徐々に掌に熱が集めってきているのが視認出来る程だ。そうして集まった熱は形を成し、火へと変化し大きくなっていった。
詠唱を唱え終わると火は巨大な火球となり、スズランの目線からカルミアはその火球を巨大蛸にぶつける気でいるのが判った。
カルミアは巻き込まれまいとスズランや蛸から距離をとりつつ、スズランに触手攻撃が来ない様にスズランに近寄る触手を蹴ったり引っ掻いたり攻撃して妨害をした。
そして無事に魔法が発動。巨大な火球を両手で支える様に翳し、巨大蛸に目掛け投げる様にして火球を放った。速い速度で火球は飛び、巨大蛸の頭部に火球が中る寸前、何かに中り巨大蛸に被弾する事が無かった。
何に中ったのか、カルミアは目を凝らして確認するとそれは蛸の触手だ。巨大蛸は自身の触手を盾にして自分の身を守ったのだ。
「ずるーい!今のあたったらゼッタイタオせたと思ったのにー!」
カルミアが文句を言っていると、スズランが倒れた。
「ってスズちゃーん!?」




