9話 装いが決まる
翌日の朝、早くから元気な声が宿の一室から響く。
「オッハヨーゴザイマァス!」
早く起きていたカルミアが片腕を前へと向けて掌を見せる様にして上げ、声を張って挨拶をしてきた。クレソンも既に起きていたらしく、カルミアと同じ仕草動きをして声を出した。
「おっはよう御座いまぁす!いやあ、思ってたよりも早く起きちゃったなぁ。この寝台、寝心地良かったなぁ。」
クレソンの話にカルミアは同意しつつ、二人はゆっくりと起きて寝台から出てきたばかりのスズランの方へと振り返ってと見た。何かを待っている様子だが、どうやら今さっき二人がした独特の挨拶をスズランにも強要している様だ。そんな負たるの様子を見ていながら、見ていない様にスズランは何もする事無く部屋を出ようとした。よく見ると既に身支度もしていたらしい。かなり速い。
そんなスズランを見て二人は慌てて身支度をしてからスズランの後を追った。部屋を出ると扉のすぐ横みスズランは立っていて、二人が出てくるのを待っていた様だ。スズランが待っているのを見た二人はスズランに感謝の言葉と抱擁を送った。
そんな平和な光景を繰り広げた後、食堂で食事をとろうと進んで行くと宿の主人が現れ三人に挨拶をしてきた。
「おはよう御座います。よくお眠りになられましたか?」
宿の店主としての当たり前の事聞いて、カルミアとクレソンは元気良く返事をしていく。そんな二人の様子に笑顔で受け答えしていった後、スズランの方を見て少し怪訝そうな表情をした。
「そちらのお客さん、昨日から随分と薄着だけど大丈夫ですか?替えの衣装とか、持ってないのですか?」
言われて二人はもう一つの重要な事を思い出した。そう、スズランの衣装だ。スズランは会った時と変わらず薄い布地一枚で出来た服だけを着ていた。
雪山を登る時はクレソンが着ていた上着を貸し、着せていたが薄着であるのは変わらず明らかに寒そうだ。表情が薄く平気そうにしているが、それは記憶を失って意識が希薄になってしまっているだけで、本当は寒さに苦痛を感じているかもしれない。
今までは状況が状況なだけに名前の件同様に気を配る暇が無かったが、好い加減この薄着の状態をどうにかしてあげなくてはならない。
「…ご主人。」
「あっはい?どうしましたか?」
スズランを心配していた横から二人から声を掛けられ、少し驚きつつも気を取り直して返事をした宿の主人に、二人は詰め寄った。
「このまちの服屋ってどこですか!?」
詰め寄ってきた二人に一斉に聞かれ、さすがに宿の主も顔を強張らせて引き気味になった。が、そんな状態でも姿勢を持ち直し、二人に聞かれた質問に答えた。表情は冷や汗をかきつつまだ強張ってはいたが、客へと要望にはきちんと応えようとする、営む者としての姿勢が見られる。
聞いた二人は感謝と改めて挨拶を交わし、食事を済ませようと立ち尽くしていたスズランを引っ張り食堂へと駆け足で向かった。そんな様子に宿の主人は、他のお客様の迷惑になりますから、店内では走らない様お願いしますと丁寧に三人に注意をした。
食後、一息をついた後、早速装備を整えに行こうと二人は立ち上がり、食器を片付けた後にスズランを再び引っ張る形で食堂を後にした。慌ただしい様子に宿の主人は茫然としつつも、直ぐに正気付き片付けられた食器を洗いに行った。
まだ開店時間ではない為、三人は部屋で装備を整えつつ時間まで待機していた。装備と言っても今あるものはほとんど装備とは言えず、着ている揃いの制服らしい衣装に、カルミアは腕や足を伸ばしたり曲げたりという動きを繰り返している。
一方のクレソンは、腰に付けていた銃器をいじっていた。仕組みは見ただけでは解らず、唯一解っているクレソンは、何の躊躇いもなく銃器を分解し、磨いてまた組み立てていた。
「火薬どうすっかなぁ。山に使ったからもうほとんど無いし、売ってる店ここには無いみたいだし、暫く銃使うのは控えた方が良いな。」
所持していた火薬が残っていない事に悩み、あれこれ思考していた。
二人共三者三様の様子で回転までの時間を待って過ごしていた。そんな中スズランだけが、椅子に座って窓から外を眺め動かずにいた。
「んっナニナニ?外にナニかあるの?」
スズランが何を見ているのか気になったカルミアも窓から外を見るが、見えるのは降雪地帯で当たり前の様に見られる景色で、言ってしまえば日に照らされ明るくなっている事以外昨日とは何も変わらない景色が広がっていた。
「…ナニもないけど、ナニ見てるんだろ?」
見ている物が分からず、カルミアはスズランに聞いたが何も答えなかった。そんな素っ気ない態度のスズランの事を気にせず、更に一緒になって外を眺めた。
クレソンの方は粗方やる事をやった後か、二人の姿に倣って一緒に窓の外を見た。そうして時間が過ぎていき、気付けばあっという間に開店すると聞いた時間になっていた。
宿の主人に挨拶をしてから宿を出て、宿の主人から聞いた店へと直行した二人にまた引っ張られる形でスズランは歩き、店には直ぐに到着した。
店に入れば鮮やかな色と店主の声が三人を出迎えた。
「いらっしゃい。どのような服をお求めで?」
店主の質問に二人はスズランを背から優しく押し、スズランの衣装を求めている事を説明した。三人を一瞥しからスズランの方へと近寄り、スズランの頭から足先までを見てから何かを考え込むと、少しして思いついた表情の後、店の商品である服が何着も掛けられている沢山の棚の内の一つへと歩み寄り、並んだ衣装の中から一つ手に取りそれを持って三人の方へと戻った。そうして選ばれた衣装はどうかと聞かれ、試しにそれを着て見る事になった。
言われるままに着替え、出てきたスズランは皆の前に出た。着ているのは鮮やかな赤色の衣装で、花の刺繍がされた服で、他に装飾のないものの色と合わさり派手やかな印象を受ける装いだ。
スズランが着た衣装を見て、これはどうでしょうと店主に聞かれた二人の判断は早かった。
「これ!」
二人一緒に声を揃え、スズランの衣装は決まった。店主に一声掛けた後店を出て、このまちで購入可能のもので出来得る限りの旅路の準備を進めた。そうして準備が済み、港に着いた三人はスズランを前に出した。
スズランは記憶を失ってはいるだろうと二人は考えている。しかしそのスズランは何か儀式めいたものを行い、更にその後直ぐに魔法が使えないとされる異変が起きている中、問題無く魔法を発動していた。
もしかしたら、スズランが行った儀式らしきものが、今回の魔法不発の異変の解決につながるかもしれないと二人は考えた。そこで二人はスズランに次にどこに行きたいかと聞いた。もしかしたら記憶を失っていても、本能の様なものが目的を覚えており、スズランが行きたいと考えている場所が次に向かうべき、異変解決の糸口になる場所となるのだろうと結論付けた。
現にまちに行こうとした二人を振り切って向かった場所で何かを行い、魔法を使う事が出来た。だから二人は目的の場所を決める事をスズランに委ねると食事中の話し合いで決まった。
ともあれ、港に着いた時からスズランはどこかを見ている事から、既にどこかへ行きたい、向かうというものがスズランの中で理解しているのが二人には見て取れた。もしかしたら、徐々にだが喪失した記憶が蘇っているのかもしれないと二人は思った。
「スズちゃん!次どこ行きたいの?」
カルミアが聞くと、スズランはゆっくりと手を上げ、人差し指を伸ばして宙を指さした。その先は海の先、今居る場所から見て東を指さしていた。大分大雑把な表現ではあるが、東の大陸が次の目的地であるのだろう。それが判り、二人は互いに向き合い確信した。それにはスズランの事以外にも、二人にも理由があった。
二人がまだ隊長と行動している時、詳しい任務内容を全く聞かされず二人は訳の分からないまま船の中で待機していた状態だった。そんな中、隊長はある事だけを二人に言った。
今回の任務では、『重要な存在』の『案内』で目的に向かう事ともう一つ、自分らは大まかにではあるが東西南北の四つの土地へと向かうという事だった。
故にその四つの中で自分らは北へと先に着き、そこで恐らくではあるが目的を果たした。だから次に向かうのは残りの三つの土地、東と南と西。そこに向かう事だけは分かってはいた。
そしてスズランは次の目的を聞かれてまだ行っていない東を指さした。これは隊長の言った通りスズランが案内役という事はまた一つ確定した。
二人は短い間ではあるが瀬和になった港まちを見て、言葉にはしなかったが別れの挨拶らしい視線を向けた。そして次の目的地へと向かう為、東の大陸へと渡ると予定されている船に乗る為、港にいる船員へ話をしに行った。
船には無事乗船出来たし、甲板から海を眺めつつ船が出港するのを待った。
「東かぁ。出来れば山行って火薬手に入れたいなぁ。鉱石関係とか東の大陸は資源の宝庫だし、銃の部品も見たいなぁ。」
「どうせなら、大きいまちにも行かない?旅は長いんだし、見るくらいイーよね!」
二人は既に東の大陸へ着いた時の計画を考えていた。主に二人が任務だと言っていたものとは関係の無い事について。そんな二人を見つつも、スズランは船がこれから向かう、ここからでも陸地が薄っすらと見える東の方を見た。
東は東西南北に分かれた土地の中でも土地が広く平地と山が多いとされている。だからこそヒトは多く住み、いくつもの山々では特殊な鉱石が多く採掘され、クレソンが言った様に資源の多い土地として発展していった。
種族も多く住しており、人間の他に有翼人や鍛冶や採掘を生業にしている種族など多くの種族が東の大陸にいる。
魔法が発動しなくなると言う異変が起きている中でヒトが多い土地に行く。恐らく北の住民達よりも混乱も大きいだろう。何も問題無くあれば良いが、行き先で何かあるかは分からない。行ってからでないと分からない。
だからこそ、道中何が遭っても可笑しくないとしても、不安を感じつつも進むしか無いのだろう。




