8話 呼称が決まる
山の何合目かも判らない高い場所。そこで何があったのか理解出来ないまま、カルミアとクレソンは『ソレ』の脇から腕を通し、持ち上げてそのまま今いる場所から下山した。寒さから逃れたいと言う本能のまま声を上げながら山道の斜面を駆け、吹きすさぶ雪を受けながら足を動かして、気付けば自分らがいた山の麓にいた。
そして二人は『ソレ』を下ろしてから普通に歩き出した。来た道を戻り、立札が立っていた場所に辿り着き、そして立札に掛かれた言葉に従って南東へと進んだ。
山から真っ直ぐに下山してからも休まずに歩き続けた為、さすがのカルミアとクレソンも疲労の表情が溢れ出ていた。一方の『ソレ』は変わらず無表情のままだが、それ故か心境は読み取れない。
そんな疲労困憊が見られる一同の行き先に、建造物らしきものが漸く見えて来て、見た瞬間二人は『ソレ』の量の手を両隣から引っ掴み、物凄い勢いで駆け出し『ソレ』は引っ張られる形となった。
無事にまちへと着いた三人。まちは港まちらしく、潮風が冷気と共に流れて来て、潮の香りが鼻に届くのと同時に冷たさが肌に刺さる。
そんな雪と氷の土地にある港まちに入った三人は、宿の看板を見つけ出し真っ先に宿屋へと入って部屋をとった。
「あーダンロの火ー!」
「暖かいー…救われたー。」
部屋をとれた安心感から、直後に宿の中に設置されている暖炉の前をしゃがみ込んで占拠し、一息ついた。宿の主人はそんな二人に様子に最初は驚きつつも、日に当たる姿に思わず吹き出す。そんな主人の様子も気にせず、二人は暫くの間日に当たって休んだ。
『ソレ』は宿に入ってからもずっと入って来た扉から一歩ずれた場所に立ち尽くし、暖炉に当たる二人の姿を眺めた。そんな『ソレ』に宿の主人が近づき優しげに話し掛けた。
「ほら、君も寒かっただろう?手が真っ赤だ。早く君も暖炉の火に当たりな。」
『ソレ』は自分の両手を自分の眼前に上げて見た。すると宿の主人が言った通りに真っ赤であり、冷たくなっているのに今気付いたかのように表情にほんの少しだけ変化が見られた。
表情の固い子だと思いつつも宿の主人は『ソレ』の背を優しく押し、暖炉の前へと誘導した。暖炉に一足先に当たっていた
二人も『ソレ』が近づくのに気付くと場所を開け、『ソレ』の手を引いて自分らの間にしゃがませた。
火に当たり、手にじんわりと火の熱が伝わるのを感じ『ソレ』の表情は少しだけ和らいだ様に見えた。そうして三人一緒に休んでいると、背後の方でまちの住民達の話が聞こえてきた。
「いやはや、火を点けるのも一苦労さね。」
「あぁ、どうも最近魔法が出辛くて、今日は仕方なく久々に発火具を使ったよ。まだ余ってて助かった。」
どれも日常での苦労話や噂話の類だったが、最もよく聞こえてきたのは魔法関係の話だ。やれ魔法が使えくなっただの、魔法の力が付与された道具である魔法具がちゃんと機能しなかったりだの、あまり良い内容とは言える話ではなかった。
その話をカルミアとクレソンも耳にしており、二人でも話をしていた。
「やっぱりココでも。」
「あぁ。ここまで範囲が広がっているとなると本格的に不味いな。」
いつものふざけた態度が影を潜め、何かを真剣な表情で、真剣な雰囲気で話すカルミアとクレソンを『ソレ』はただ見ていた。見られている事に気付いた二人は目配せした後に立ちあがった。
「好い加減ここ占拠してるのも悪いな。部屋もとったし、部屋で休むか。」
「ウンそうだね!フカフカのモーフに入りたい!」
どこかわざとらしい二人の言い方に違和感を覚えるも、部屋の方へと歩く二人に『ソレ』はついて行った。
部屋の中、寝台二つと反対側の壁にもう一つ寝台が置かれた広い部屋を今回とれたらしい。そもそも泊まっている客が少ないと言うよりもほとんどいない為だ。
部屋に入り、寝台の他に置かれた小さな卓と椅子の方へと向かい、椅子に座って三人が向かい合い形となり、話を始めた。
「大事な話をする前に、一つ大変な事実に気付いた。」
「…それは?」
二人の間に緊張感が走るのを感じた。一体何に気付いたのか。その話を今すると聞いて、部屋の中は静寂に包まれた。そしてカルミアの口は開かれた。
「あたしたち…ちゃんと自己ショーカイしてない!」
カルミアが言った瞬間、クレソンの表情が逆光でも当たっているかの様に影が差し、背景から謎の雷の様な音が聞こえた気がした。何故かは分からない。
考えれば、今までは何者かに襲撃に遭い、そのまま別の場所へと転送され、そして実質遭難したり雪山の登山をしたりと落ち着ける環境ではなかった。悠長に自己紹介などしている場合ではなかったから、それは仕方のない事だった。
とりあえず、話を始める前にこの三人で自己紹介をする流れになったらしく、『ソレ』と向かい合い自己紹介が始まった。
「まずはあたしね!あたしはカルミアって言うんだ。見てのとおりネコの獣人です!」
言うとカルミアは自身の頭に生えた大きな三角の耳を動かす。更に自分の手を見せ、手足が大きいのも獣人の特徴だとも『ソレ』に教えた。
言われて『ソレ』は素直にカルミアの掌をジッと見た。
カルミアの自己紹介が終わり、次の自己紹介が始まる。
「俺はクレソンだ。機工人で手先の器用さには自信があるぞ。」
機工人。見た目は人間と同等で、主に機械製作と機械操作を得意とする種族だと知られている。唯一人間との見た目の違いと言えば、機工人は瞳が灰色だという事位か。
機械、という事は雪山での爆発もクレソンが機械か何かを細工して起こしたと言う事らしい。
「さて、あたしたちの紹介は出来たけど、この子はどうしよう?」
「あーそうだった。記憶が無いんだっけか。」
最初に会った時から虚ろな目にたどたどしい言動。そして聞いても何も答えない事から記憶喪失の状態だと結論付けたが、そんな状態の人物をどうするか。そこが現時点で二人が悩んでいる所だ。
隊長曰く、『ソレ』は案内役であると同時に護衛の対象である。つまり一緒に行動するのが当然だ。しかし、二人目線で障害を負った者を連れまわすのは正直気が引けた。何よりも本人がどう思っているのか、そこが重要だ。
「雪山を登山した後で言うのは思うとは思うが、俺らはこれから雪山での事の様に危険な所へ何か所も回る事になる。」
「あたしたちが君をマモるけど、でもあたしたちでももしかしたらマモれない時もあるかもしれない。それでも君はダイジョーブ?」
聞かれ、やはり表情は変わらず無表情でこちらの声が聞こえているか疑う。だが今回は違った。カルミアが聞いてから少し間を開けてから『ソレ』は微かに目線を下げ、何かを考えている様な動作が見られた。そしてその動作の後、目線を上げて二人の方を見て、首を一回だけ小さく縦に振った。肯定の意味と取れる動きを見て、二人は嬉しいような安心した様な顔で『ソレ』の意思を汲み取った。
「よーし!リョーショーもエたし、これからヨロシクね!…あー。」
「あーっとそうだった。記憶が無いって事は、名前も分かんないって事だよなぁ。」
そもそも『ソレ』の名前を二人は知らない状態だったのを思い出し、呼ぶ時にどう呼ぶかを悩んだが、解決法は直ぐに思いついた。
「んじゃあさ、あだ名を考えない?それならホンミョーわかった後でもややこしくならないじゃん?」
「あだ名かぁ。しかし、それだと何が良いだろ。」
何か良い案が無いかクレソンとカルミアが考えて、そしてほぼ同時に何かを思いつき、一斉に声を出して言った。
「スズ!」
「ラン!」
同時だったが、出した答えは全くの別のものだった。どちらにするか、本来であればここで論争になる所だが、二人は揃って早々に妥協し、二人が考えた答えをくっつける、という結論に至った。
結果として、『ソレ』の呼び名は『スズラン』で決定した。
「そんじゃあアラタめて、これからヨロシクね、スズちゃん!」
「オゥ…早速あだ名にあだ名を付けたか。しかも自分が考えた方を優先するかの様な呼び方、流石だ。」
そうなると俺はランと呼ぶべきか?とクレソンは考えつつ、二人が一番気にしていた事が片付いたと言う事に安堵し、二人は改めて向き合い、今までの事を話し始めた。
「まず俺らが何をしようとしているか、そこから整理しよう。」
「そーだね。あたしたちは、『異変』をカイケツするタメに船にのったんだよね。」
二人が話し始めたのは、二人が何故最初の出会いの時船に乗っていたのか。それは自分らはある組織に所属であり、その組織の仕事で船で目的地まで移動していたという事らしい。
「そう…あたしたちこそ、世界の自然や人々の暮らしを守る!」
「絶対守護の『愛・緑の守護隊』だ!」
カルミアとクレソンの二人が揃ってそう名乗ると、真面目な表情で全く揃っていない謎の姿勢をとって顎を強調するかの様に決れた顔をしている。その二人の様子を見て、『ソレ』の表情は先程よりも冷めた様に見えた。
奇妙な文言や姿勢は置いといて、まず今この世界ではかなりの規模の異変が起きているのだと言う。異変の内容は各地で魔法が使えなくなる、というものだ。
「正確には、魔法の詠唱をしても何も起こらないって事だな。魔法自体は使えるのに効果が出ないという現象が各地から報告されて、その原因を調べていたんだ。」
「あたしたちはね、隊長っていう船で一緒にいたヒトの指示で動いてたんだ。ホント―はくわしい事を着いてから隊長から聞くはずだったんだけど、あのごたごたが起こっちゃったから。」
つまりクレソンとカルミア自身も何を目的として来たのか分かっていなかった訳だ。そこに謎の存在が何かをして混乱していたという状態らしい。
しかもその謎の人物が記憶喪失である事を考慮して、今回の話し合いでこれからの行動を決めようとしている状態との事。
その話し合いでは結局何も決まらなかった。雪山を登山し、結構な距離を歩き回ったから疲労が貯まっているのだろう。話の続きは明日、日が昇ってからする事となり、今日ももう眠る事になった。
そうと決まると、二人は早々に寝台に入って直ぐにぐっすりと眠りについた。その傍ら、一人椅子に座り窓から外を眺めていた『ソレ』改めスズランがちゃんと眠りについたか、二人には判らない事だ。
外の雪は止み、雲が晴れて月明かりに照らされた雪が淡く光って見える。




