6話 危機が来たる
目の前には山。それも雪で真っ白に塗りたくった様に白く、傾斜があるにしても登るのに一苦労しそうな山道。『ソレ』は躊躇せず山道を歩き出した。
「えぇ!?ここノボるのぉ!?」
さっきまでやる気に満ちていた表情が一気に消え失せたカルミア。溜息を吐きつつも『ソレ』の後に続いた。クレソンもさすがに山を登るのは厳しいらしく苦い表情をしていた。それでも二人とも揃って『ソレ』に続き山道を登る。
本来であれば、登山はそれ相応の装備を用意していなければ命を失う危険な物だ。だが、ここにいるのは装備を整えた猛者でも無い、見るからに軽装の三人。内一人は雪山を前にしてさっきまでのやる気が再び削がれてしまった。
そんな状態のカルミアを置いて、『ソレ』は何食わぬ顔で先を進み山道を登り続けた。
「あの子…めっちゃスズしい顔してるねぇ。」
「あぁ。上着着せてやったとは言え、正直俺の中で一番の薄着だからなぁ。もしかしたらあの子の体、細い見た目に反して筋肉が詰まっているのか?」
よく分からない考察をしながら三人は山道を歩く。積もった雪に足をとられながらも必死に行きを掻き分ける様に進んで行く。現状先頭を歩く『ソレ』が一足先を歩き、相変わらず寒がるカルミアと、カルミアの風除けになって歩くクレソンが『ソレ』を後ろから見守る形で着いて行く。
傾斜した道を歩き続けていくと、平坦な場所に出た。そしてその先、岩壁にヒトが通れそうな洞穴が開いていた。その穴に『ソレ』が入って行き、カルミアとクレソンも一緒に入って行った。
「洞窟かぁ。風が無い分幾分か楽になったな。」
「ハァ…ホントねぇ。…まだサムいけど。」
それはそうだと会話しつつも、洞窟の奥へと進む一行。中にも雪が積もっており、どこからか吹き込んだ風が音と共に流れて来て、外程は無いが身震いをさせた。
そうして進んでいくと強い風がまた吹いた。どうやら外に出るらしい。外に出ればまた雪が降る。見渡せば山の麓が見える崖際に立っていた。すぐ横が道になっているが、ヒト一人通るのがやっとの広さだ。不満を漏らしつつも『ソレ』が歩いた痕を更に歩いて行く。今の所何かが襲って来る気配は無い。だからこそ異様に感じる。
ヒトに少ない土地の生物の気配が感じない雪山。何が起きてもそれはこういう土地柄なのだと思えるが、ここまで何も起こらないと逆に警戒心が昂る。
「かーぜよぉー!高くマい上がるかぜよー!どおかトドけてぇー!高い所までぇー!」
「伸ばしたてがぁー!空を掴む場所までぇー!連れて行ってぇー!」
警戒どころか二人揃って高らかに歌っていた。何の歌かは知らないが、雪が降り積もる山の中であんなに大声を出すと危ないのではないだろうか?
風が強くなり、自分らが今山のどの辺りまで登ったか、視界では分からない状況。それでも確かに今地面よりも随分高い所まで来たのだと実感している。
風が止んだり、また強弱に吹いたりと典型的な山の天気に歩みを阻まれても進み、そうして見えてきたのは、雲の切れ間から指す光が照明の様に真っ直ぐ射された光景だった。
そんな光景を背景に、ようやっと『ソレ』の歩みが止まった。目的である場所に着いた証だ。
「ついたぞー!…はぁ、ツカれたぁ。」
「あー歩いた歩いた。…さて、ここは。」
着いた場所がどんな場所か、確認の為に見渡した。見えるのは今居る場所を登って見えた景色と変わらず、降り積もった雪とその雪から覗く岩肌や壁と、その場所が如何に無機質であるかを物語る様なものばかりだ。
当然ヒトなど来る訳も無く、白以外の色が混ざらない積もった新雪がそのままになっている。だが、そんな会わり前の雪山の中で、一際目を奪うものがある。
「コレ…でっかいツララ!?」
「おぉ!?これは見事な…いや?」
登りついた時から、着いた場所である開けた空間の中央に立つそれ自体が光を放ち、存在を証明しているの様なずっと目についていた。カルミアが言い放った様にそれは正に槍の様に聳え立ち氷の塊であった。しかしそれが氷では無い事は、近づいて気付いた。
それは透き通っているが水が冷気によって固まった物体ではなく、永い時間をかけて結晶化した水晶だ。しかもただの水晶でないのも直ぐに分かった。
「あぁこれ、この光り方に色。多分…これは魔法晶だ。本で読んだが、書いてある通りだ。」
「えっホント!?」
クレソンの説明にカルミアも驚き、魔法晶と呼ぶそれをまじまじと見る。
クレソンが以前読んだという本に寄れば、魔法晶は魔法石と比べて魔法の力の純度が高く、触れただけで魔法が発動してしまう程強い魔法反応を見せると言われる。
魔法石が魔法の力以外に不純物が混じったものであれば、魔法晶は純粋な魔法の力が集まった結晶と言える。当然希少性も高く、文献だけが残されている現在において実物はどこにも残っておらず、見れただけでも幸運とまで言われている。
「魔法晶ってホント?やっぱカンちがいでしたってないよね?」
「確証は無い…が、少なくともこれだけの透き通って光る物体は他では見ないから、魔法関係である、と思う。」
二人が本物かどうかと話してしている最中、『ソレ』は魔法晶の間近、正面に立ち両手を魔法晶に近付けそのまま触れた。
「…我、四方の央から末へと達する。」
呟く様な、か細く聞いた事の無い声が聞こえた。それが『ソレ』から発せられた声なのだと二人が気付くのに時間が掛かった。
そういえば出会ってから『ソレ』が喋る所を聞いた事が無く、そもそもちゃんと声が出せたのだな、と驚いたりと多々発見している二人だが、只ならぬ雰囲気に気圧されて二人は揃って互いの口を互いの手で塞いだ。
「力は火。光を集め冱てる脅威から守せし出でる活性を求める。」
『ソレ』が一体何を言っているのか二人には全く理解出来ない。魔法晶から放たれる光が近くに立つ『ソレ』に当たり、全体的に色素の薄い『ソレ』の見た目も相まってその場所だけが別の異空間に隔たれた様に二人は感じた。
『ソレ』が何かを言い終えたかと思うと、『ソレ』の頭上に光が集まり出した。その光が目の前の魔法晶から出ているのだと気付き、益々自分らとは異なる存在に見えた。
「ねぇ、あの子ナニしてると思う?」
「さぁ?今言ってるのは魔法の詠唱っぽいけど、聞いただけじゃ言葉の意味も分からないし。」
雰囲気にまだ気圧され、声を小さくして喋る二人。今自分らの目の前で起きている現象は一体何か。皆目見当がつかない。だが、不思議と見ていて胸の辺りが昂る様な、溜息を吐かせる魅力があった。何よりも、こうしている事に酷く安心もしているし、そう感じている自分にも驚いていた。
そんな光景に見惚れていた二人だが、不意に近づいて来る異変にも気付いた。最初に気付いたのはカルミアだった。頭から生えた二つの大きな三角の耳が立ち、自分たの背後に何かがある事を察知する。
次に気付いたクレソンは、自分らよりも重いものがゆっくりと雪を踏みしめて歩く音と、風の音とは異なる重く伸し掛かって来そうな低い音が聞こえて来た。明らかに風ではなく、何かから短く発せられる吐息だと分かる。
「…カルミア隊員。後ろから何かが近付いて来ているのに気が付いているかな?」
「…はい。クレソン隊員も気づいておられるのですね?」
丁寧な口調で、今自分らに近づく何かを互いに察している事を確認し合い、音を立てる事の無いように、二人はゆっくりと自分らの背後に首を回して目線を動かす。
そこには確かに居た。大きく、見上げなければ恐らくその頭を見る事が出来ないであろう、大きな生き物が居た。毛は薄汚れているが白く、所々凍り付いて氷柱が背びれか甲冑の装飾の様に尖って体から立っている。顔は狼か、熊かその間の様な形容し難い獣の頭をしている。
爪や牙は最早攻撃して間違いなく致命傷至らしめる為の様に鋭く、それと同様に目つきもこちらを襲う事しかもう頭にないのだと思わせる獰猛さが滲み出ている。
今動かず、襲い掛かって来ないのは、辛うじてこちらの様子を伺う理性が働いている為か、今一歩でも足をずらせば間違いなく反応して攻撃して来るという雰囲気に仕上がっていた。
そんな絶体絶命という場面で二人は、恐怖による焦りを見せるどころか、どこか諦めて悟った様な、得もいわれぬ表情になって棒立ちしていた。
だがそんな二人の様子など関係無く、その巨体の獣はその鋭く大きい爪を振りかぶり攻撃を仕掛けた。棒立ちで茫然としていた二人も流石に反応、一斉に二人で悲鳴を上げつつも回避し、受け身もとって次の攻撃に備えた。
「こんなの、ココにいたの!?ゼンゼン気づかなかった!」
「カルミアが気付かなかったなら相当だな!」
二人は茶化し合いながら巨体の獣の攻撃を躱す。すると獣の標的が、魔法晶の近くに立つ『ソレ』へと移ったのが目線で気付いたカルミアは咄嗟に跳んだ。
「そのこうげき、まったー!」
跳んだ勢いのまま獣の爪が伸びる腕か足らしい部位を横から蹴り、間一髪爪が『ソレ』に中る事無かった。しかし、そこで重大な事にカルミアは気付いた。
「クレソン隊員タイヘンです!あの子、まったくニげるケハイがないです!」
「何ぃ!?」
カルミアの言葉を聞きクレソンも『ソレ』の姿を確認した。確かに逃げるどころか獣の姿を見ようともしない。魔法晶に手を触れ詠唱を唱え出した時と変わらず、集中しているかの様に目を閉じ魔法晶から発せられる光を集めたまま微動だにしない。余程大事な事である故に気付いていないのか無関心なのか、どちらにしろ危険な状態なのは確かだ。
今すぐに作業を中断させて安全な場所に移動させねばならないのが当然だが、二人共何故かその作業を中断する事はいけない事に様に思えた。何か自分らにとっても大事な、触れてはならない事であるように本能が反応した。
とは言え、獣は未だ健在でこちらを攻撃する気でいる。ならばどうするか、それは二人の中で既に決まっていた。
「カルミア、今から防衛戦だ。踏ん張ってあの子守るぞ!」
「オウ!」




