4話 行き先が曖昧
何時の間にか暗くなっていた。何時から暗いのか分からず、目を動かした。だが何も見えない。少ししてから『ソレ』は自分が目を閉じている事に気付いた。道理で見えない訳だ。
意識を瞼に向け、ゆっくりと下ろしていた瞼を上げる。徐々に何かが見え始めた。最初に見えたのは色。緋色のものがゆらゆらと揺れ動く。それから熱を発している事も感じられる。焚き火だと気付くのには時間は掛からなかった。
更に気付いたのが、『ソレ』は今横向きに倒れているという事だ。起き上がり、燃える焚き火を見つめ何があったかを思い出そうしている。しかし、意識が定まらず思い出せそうにない。
そうして思考を巡らせていると、声を掛けられた。聞き覚えのある声だ。
「あー起きてた!ダイジョーブ?体どっかイタいところない?」
それは後で船の中と知った場所で会った猫耳の獣人だ。どこからか姿を現し、『ソレ』に駆け寄る。『ソレ』の体を周囲を回りながら見る。どうやら自分の目で怪我が無いかを確認している様だ。
怪我が無いと確認出来、安心の意で自慢げな表情で鼻息を吹いた。そして焚き火を挟んだ向かい側に座った。
「いやぁ、魔法陣で飛んでここについたチョクゴにタオれたからさぁ。クレソンは魔法酔いじゃないかって言ってたけど、今のところケガもなさそうでよかったよ!」
『ソレ』が倒れた事の詳細を話してもらい、『ソレ』の状況が分かった。次に知るのは全体の状況だ。カルミアがここに居て、もう一人同行していたクレソンというヒトの姿が見当たらない。クレソンは居ない事を気にしているという事を察したのか、カルミアの方から話してくれた。
「クレソンは今、外に出てシュウイを見てくるって。キミがタオれたから、キミを見る係とヨウスを見て来る係にワかれたんだ。もう少ししたらモドってくるハズだよ。」
一時的に分かれて行動していたらしい。当然の事か。見ればここは岩壁に囲まれた、どこかの洞窟の中だというのが見て解った。どこからか風が吹く音は流れて来る。音のする方へ少し進めば直ぐそこは外なのだろう。風の音が聞こえる度に肌を傷める冷たさが襲う。焚き火の熱が現状最大の防壁だ。
そんな風にして焚き火に当たっていると、風の吹く方から誰かが来た。話で聞いたクレソンが戻ってくたらしい。頭や肩に白いものを乗せてこちらに小走りで近寄り、体を震わせながら焚き火に手を近づけた。
「うぅ…寒いなやっぱ。あっその子起きたのか。」
「うん!見えるところにケガはなかったよ!」
カルミア側の現状をカルミア自身が伝え、次にクレソンが外の様子を説明し始めた。
「外は絶賛猛吹雪!見渡す限り白の景色に枯れ木が並んでて完全に森の中。こりゃ完璧遭難だな。」
「そうなんだー。」
ほんの少しの間。直ぐに立ち直り、クレソンがはなしを切り出す。
「さて、転送の魔法の設定をちらっと見てはいたが、俺らは北大陸にいるのは間違いない。目的地である北大陸に着いた事は問題無いが、次の問題が北大陸のどこへ向かうかだ。」
話を聞いたカルミアはどこへ向かうか分からない、という事実に驚く。カルミア自身は隊長かクレソンが分かっていると思っていて着いて来た状態だが、クレソンが知らないとなると、一番の情報源は隊長という事になる。
「だが、隊長は俺らを先に行かせ一人船に残ってしまった。つまり、俺らが自力でここのどこかにある何かを探さなくてはならない訳だ。」
クレソンから聞かされた絶望的に何も分からない状況に、カルミアはえーと声を上げて不満気だった。それも当然だ。何も分からないしどこに行くかも分からない。唯一知っているであろう人物が現在消息不明。これでは何も出来ない状態だ。
しかし、そこで二人は思い出した。隊長が二人に伝えた言葉、それが指し示した先にいるであろう、今自分らと一緒にいる存在。それが『案内役』であると、確かに隊長は言った。二人は揃って隊長が言った『ソレ』の方を見た。
『ソレ』は外から流れて来る寒さに耐えつつ焚き火に当たっている状態だ。『ソレ』は自分が見られている事に気付くと、何も言わず、二人を見比べて首を傾げた。
「えーっと、キミ?ナニか知ってるかな?あたしらがどこへ行けばいいかって。」
カルミアに言われても、『ソレ』はただ首を傾げ、焚き火の方へと向き直り火に当たり直しただけだった。その様子を見たカルミアとクレソンは諦めた表情で見上げ、再び互いを見合った。
そしてカルミアは、再び『ソレ』の方へと見て聞いた。
「…あのさ。もしかしてだけどさ、君もしかして…キオクがなくなってる?」
記憶が無い。それはつまり記憶喪失だという事と指す。その言葉が出て二人は互いに納得している様子だ。
そもそも隊長は『ソレ』が一体何なのか知っている様子だったし、『ソレ』をカルミアとクレソンに見える、もとい会わせるつもりだった。
『案内役』というのも字の通り、自分らが北大陸に着いてからの案内をしてくれる筈だったのだろう。その当人だが、何故か記憶が無い状態になってしまっている。恐らく事故に遭い、精神的な衝撃を受けて今に至るのだろう。
事故とはあの不定形の物体の襲撃だろう。最初に会った時も不定形の物体に襲われているところだった。怪我は無かったにしろ、その時の恐怖は相当なものだっただろう。今その様子をよく見れば、どこかぼんやりとしていて、何時か聞いた精神的に障害を負った物の状態に酷似している。
つまり、カルミアとクレソン、そして『ソレ』の現状は非常にやばいものだという事が改めた分かったという事だ。分かった瞬間の閃きによる表情の明るさから一変、二人は両手両膝を地面に付けた落ち込んだ恰好を見せる。
結局の所、自分らがどこにいるのか分からず、目的の場所さえ見当がつかない遭難状態なのには変わらない。落ち込むのは当然だ。
「で、どうしよう?」
「んー…一先ず山のある方とは逆の方へ行こうと思う。降雪地帯で山は一番危険だからな。平地にある方に進めばヒトが住む場所がある筈。北大陸は住むヒトが少ないって言うから、ちょっと…期待出来ない予想だがな。」
せめてヒトが居る場所へ目指す。現状ではそれが第一の目標だ。仮ではあるが案内役だった筈の『ソレ』は何も出来ない状態だ。ならばせめて怪我をしない様に守ろうと二人は決心した。
一先ず今はヒトが居る場所、まちかむらか探さなくてはならない。闇雲に歩いても遭難した状態が継続するだけだ。今まで居た洞窟を仮の拠点として、そこを中心に動く算段で行く。クレソンが先に探索したが、一人で広く動く事も出来ず、行けてない場所の方が多い。
洞窟を出る準備をして焚き火に土をかけて火を消した。瞬間寒さが増し、消したばかりで火の熱が恋しくなり、カルミアはクレソンの体にくっつく。カルミアよりもクレソンの方が体が大きいからだと言う。
ヒトがくっついているのも関わらず、慣れた様に引っ付いて来たカルミアを引っ張りながらクレソンは外に出る準備を進めていた。クレソンは懐から何やら小さな塊を取り出し、それをいじってからカルミアに渡し、最後の準備は完了の様だ。
一方の『ソレ』は何もせず、棒立ちで二人の動く様子を見ていた。何もしない『ソレ』に二人は咎める事もせず、準備が出来ると二人揃って『ソレ』に声を掛けた。
「よしっ外は雪もだが風も吹いているからな。気を付けて進むぞ。」
「うん!行こっ!」
そう言って『ソレ』に手を向け差し出した。『ソレ』は差し出された手に何もする事無く、ただジッと見るだけだった。何もしてこない『ソレ』に二人は茫然としたが、気を取り直して外に出る事にしたのだった。




