回想4
俺の周りの環境は落ち着いて見えるが、世界が平和とは言えない状況なのは変わらない。戦争は未だに続き、それどころか激化しつつあるとか、風の噂で聞く。
多くのまちが戦火に巻き込まれ、家を失い土地を追われ、移住地を探すも力尽き果てる者も多いと聞いた。どこでは数種の種族が全滅したとも言われている。そうなっても可笑しくないのが今のこの世界の状況だ。
今俺がいるまちは、戦場からは遠く離れた場所に在り被害は出ていない様に見えるが、店の品揃え、ヒトの少なさ、それらを見れば影響は少なからず受けているのが分かる。
いつだったか、アルが戦いが好きなら戦争には参加しないのか?と聞かれた。俺は戦争には参加しないと即答してやった。それは何故かと再び質問を受けた。俺は戦争に参加しない理由を述べた。
「俺が戦いが好きなのは、勝利して自分の手で何かを成し遂げたと実感出来るからだ。戦争はしたところで成し遂げた実感は得られないし、むしろ失うものの方が多いし、意味が無い。」
欲しいものを得られない。それが戦争に参加しない理由だとアルに言った。アルはそっか、とだけ言って納得した様子だった。
直ぐ後に、後ヒトから命令されて戦うのは御免だから。とも言った。一番の理由は後者だな。アルもそこを理解し、あなたらしいねと苦笑いして言った。
俺の周りはどちらかと言えば楽しげな毎日が続いた。戦争に関わらなければ何も変化しない。まちが大変なになっても離れればどうという事は無いと思っていた。
そうはいかない人物がいた。アルだ。アルの家族は戦争を支援に、家族の中には戦争に参加している者もいるという。つまり戦争の結果によって多大な損害を被る事になる。
アルの心境もただでは済まない。俺は違うがアルは家族を想っている。似た境遇である俺ら二人の決定的な違いがそこだ。家族からほとんど見放されている状態だというのに、アルは諦めていない。いつか自分の事も見てくれると信じて疑っていない。
俺はもう家族にも故郷にも関心も何も無いと思っている。しかし、アルの事は呆れてもいないしむしろ羨ましいという感情に似たものを感じている。それが何かは分からない。
だが結果として、俺はアルが報われて欲しいと思っている。アルは剣の指南中もけがを負いつつも泣く事も無く立ち上がり俺に訓練の続行を申し出て来る。
内気だが努力家で諦めないその姿勢に、俺は励まされる気持ちにさえなった。そんなアルが家族から何も関心されていない事に、怒りさえ覚えた。なんでアルの事を褒めない。何も言ってやらない。一体家族は何を見ているんだ、と。
だが、結局俺はアルとは他人同士だ。俺が何かしてやったって、根本的な所は解決しない。全てはアル次第だ。
そんなある日、アルが訓練場所に来なくなった。時間になっても姿を見せない。カナイもその事に動揺し探しに行ったと言う。しかし、以前聞いたアルの住居に赴いたが、居る気配が無かったと言う。
どこに行ったのかと他の奴も心配している様子だ。最初こそ無愛想だったクロッカスもすっかり丸くなったのか、表情や雰囲気も明るくなり本気でアルの事を心配して探していた。
俺は分かった。その事を何となく他の奴には言わないでおいた。そして他に奴に気付かれぬ様にその場を離れ、森の奥へと進んだ。
今まで訓練していた場所は、最初アルと会った場所からは離れた開けた場所で、実際アルの会った場所に行く事は他の奴が来る様になってからは最近行っていなかった。多分今、アルのそっちの方にいる。
案の定いた。膝を抱え込み座った姿勢は、二度目の邂逅を思い出した。アルはこの場所でこうして隠れる様にして泣きに来ていたのだろう。
膝を抱えて俯けで座っているから、顔が見えず表情が分からない。だが、良い表情をしていないのは分かる。音も無く泣いているのだと察して隣に座った。
何があったか、とは聞かない。ただ黙ってアルの様子を見守った。暫くして俺が居る事に気付いたのか気付いかずにいたのか分からないが、俺の方を見た。
やはり目は泣いた痕で赤くなっていた。涙は止まっておらず流れ続けている。そんなアルの顔を見て、顔を上げたら何か言うつもりだったのが言葉が詰まった。そもそも何を言うつもりだった。元気を出せと言うのか?それとも他に叱りつけて無理矢理立たせようとするのか。そんな事して、本当に意味があるのか?
悩んでいると、アルの方が口を開いた。アルの唇は酷く震えていた。
「…父が、戦場で…亡くなったって。キョウダイ…も、沢山…死んで。」
微かな声で、酷い衝撃を受けたという気持ちをありありと伝わる声色で口から漏れ出る。家族が戦争に亡くなった。それだけならこの戦争続きの世の中では不思議な事では無かったが、アルにとってはそれ以上の事だった。
「父が…亡くなったって報せ、届いて。それを聞いた母が…酷く悲しんで、今朝…部屋で…うっ。」
嗚咽が酷くなり、アルはまた俯せて声を上げて泣き出した。
こうしてアルは戦争によって、家族の大半を失った。それも両親というアルが自身を見てほしいと望んだ人物を同時に亡くすという結果となった。
「私…ただ、見て…欲しく…ずっと、頑張って。なのに…結局、何も出来なかった…。全部…なくなっちゃった。」
これを悲劇と言う言葉で片付けるには軽過ぎた。少なくとも言葉にして表す事もして良いとは思えない。アルの今の心境はきっとアル自身にしか理解出来ない。
だから俺は何も言わずにいた。そうするしか行動の選択が無かった。ただ思い存分、気持ちのままにアルに感情を吐き出させる以外にしてやれる事が思いつかなかった。
しかし、現状がそうはさせてくれんかった。
突如、地面が揺れた。この辺りで地震は少ないから、突然の揺れに俺も動揺した。泣いていたアルも揺れに驚き、阿弥陀も思わず止まって小さく悲鳴を上げ俺にしがみ付いてきた。
揺れは随分長く続いた。何故この時、地面が揺れたりしたのか分からない。地震に関する知識は持たないが、何か異様な物を感じた。
すると、アルにも異変が起きた。崖の先、遥か地平線を見て何か怯えている様子を見せた。アルが見ている先を辿って俺も見たが何も見えない。アルだけが変わらず怯えた目をしていた。
「あっ…木、木が…怒ってる。」
ただそれだけと言うと俺には見えない何を見つめたまま、アルは気絶し倒れてしまった。俺は何が起きたのか理解する事が出来ず、とにかく倒れたアルに呼びかける事にしか出来ずにいた。
それから何があったのか、人伝ではあるが知る事が出来た。
今日も続いていた戦争、その戦場で突如異変が起きたのだと言う。相手の陣地へと進軍中に突如揺れが発生し混乱。様子を見ていると見えない何かに軍が攻撃を受けた。
一体何に攻撃されているのか、見えない為に状況を理解が分からず皆は更に混乱し、現場は混沌と化したと言う。
結果としてその混乱で多くのヒトが亡くなり、その中にアルの父やキョウダイがいた。一体何が大勢の死者を出したのか、誰にもその姿も攻撃も見る事が出来ず、何も分からないまま休戦となったと言う事だそうだ。
確かにそんな訳の分からない状況になっては戦争どころではない。最初こそ互いに自分の援軍かと思っていたらしいが、どこもそんな話を聞いていないし、そもそも敵味方全てが攻撃を受けて壊滅状態にされたのだ。もし戦いを続けていたら互いに全滅していただろう。生き残りがいるだけましと言うべきか。
何も見えない、という言葉に俺は引っ掛かる。何せついさっきまでそういった現象に遭遇し、明らかに見えない何かを見ていた人物がいる。
先に言うが、アルは冗談を言ったり嘘をつく様な事は今までした事が無い。何よりも家族を亡くしたばかりでそんな事をする場合ではない。
アルが意識を取り戻したが、未だに顔色は悪く明らかに何かに怯えて震えたいた。本当なら無理して話す事はしたくないが、今は状況が状況だし気になっている。出来得る限り話せる事話してもらう。
アルは起きはしたが顔を伏せて口を噤んでしまっていた。それだけ目にしたものに怯えきっているのだろう。しかし時間が経つと少しずつ口を開いてきて意を決したかの様に喋り出した。
「…私が最初に、あの崖際にいたの。あそこから見える景色を見る為に。最初は、見ていてとても落ち着いたの。見守ってもらってる様な気がして、好き…だった。
でも、最近はそうじゃなかった。なんだか怖くて…怒っている様だった。
『あれ』は『木』だった。木がだんだん大きくなって…怒って、そしたら、直後に父や皆が戦場で死んだって…報せ来て。あれ…あれが、皆を…うぅ。」
さすがに限界が来てまたアルを横にして休ませる事にした。そして残った全員で、アルから聞いた話について話し合った。
先に言った通り、アルは冗談や嘘、狂言を言う様な性質では無い。言った事が全てだ。
しかし、一体『木』とは何なのか。木が怒って、皆を死なせた、と言いたかったのか?見えないものの正体が木だとして、何故それがアルには見えたのか。そして結局のところ『木』が何なのか分からない。
すると、カナイが何かを思い当り口にした。
「昔話なんだが、大昔この地全てを支えるだけの大きな根を下ろした巨木がどこかにあると。そしてその木は、選ばれたものにしか目に出来ず、特別な結界に守られているのだと。」
その話は聞いたことがある。とは言えあくまで御伽話であるから耳にしただけでそれ以上に興味を持たなかった。カナイが話してやっと思い出すくらいだ。しかし、何故かその話が今回のアルの話を無関係とは思えない。それどころか話がそのまま一致している気がした。偶然が出来過ぎている。
「それに、戦争で多くの者を死なせたという謎の攻撃。そいつは当然『地面』から出て来た、とも聞いている。さすがにこれも流石で出来過ぎか?」
地面から突如として現れた巨大な何か。それが大勢を襲い、死に至らしめた。その巨大な見えないものが『見えない木』の『根』だとしたら、到底ヒトの手に負える相手ではない。
「話通りならその木って、『世界中』に根を張っているって事だよね?」
誰かが口にした仮定。それは戦場だけではない、他所のまちに今居るこのまちにも戦場で起きた事が起きるかもしれないという恐ろしい予想だった。
アルは言った。『木は怒っている』と。何に怒っているかはしたないが、怒りが静まらない限り『見えない木』はまたヒトを襲うという事が考えられる。
戦争に参加していた奴らは、休戦になってからは自分らを襲った奴の正体を探っている最中だろう。だが、少なくともあちらには俺らが持っている情報が無い。あのお伽噺を知っていて、且つ信じない限りは俺らが考える事態には気付かないだろう。
ならば、分かっている自分らでやるしかない。
俺らだって正直信じたくはない。しかし、もし合っていて考えた事が起きでもしたら、それこそ目覚めが悪い。だからこそ、出来得る限りの事をやるしかない。




