19話 目から流れ出る
そこからはあっと言う間の事だ。祭り当日までの二日間、休む間もなくベリーは動き続け、着実に祭りの準備を進めた。まちの住民らももちろん、俺までベリーが無理やり入れ替わって仕事を押し付けて来た。
俺がやっても意味が無い、ベリーの身体なのだから最初からやる気のあるベリーがやれば良いと言っても無駄なのだと言ってから分かってします。
曰く、身体では無くスパインの心を祭りに込める為だと言う。意味が分からないが、ベリーなりに俺を祭りに参加させたいのだろう。分からないが。
そうして準備が進み、こうして当日に祭りを開かれる状態へと仕上げられた。
ちなみに今回の事件の首謀者について、まちに戻りベリーが進言した通りに住民共に話をすると、住民ともはあっさりと首謀者の事を許し、祭りの参加も認めた。
「花が戻って来たのなら、それで十分だ。」
「こうして花は戻ってきたと言う事は、ベリーの事だし犯人もちゃんと反省して返してもらったんだろう?力尽くで取り戻す何て事、ベリーだったらしないだろうし。」
住民からのベリーへの信頼と言うか、住民共がベリー同様にお人好しだったと言うか、とにかく事は案外調子良く進んでいった。
そうして迎えた祭り当日は、去年と同様に賑やかなものだ。そこまで大きいまちでもなく、住民の数も豊かとは言えないが、こういう祭りになるとまちの外からもヒトが来て活気付く。だからこそ祭りはまちにとって大事だろう。
因みに頭領共はまちには来ていない。それでは祭りに参加しているとは言えないと思われるが、そこは心配無いとベリーら住民は言う。
なんでも、参加者は皆に花の形の小さな照明具を渡され、それが祭りに参加するという証らしい。まちの方でも家の玄関先に照明具を吊るしておけば、その家の者は皆祭りに参加している、という事になるとか。
祭りの前に既に頭領ら森の屋敷に花の照明具が配られているとか。それも結構な数を配ったとベリーが言う。確かに屋敷には多くの妖精共がいたが、ベリーに聞けば仲間外れはいけないからと言う。ベリーらしい発想だ。
しかし、さすがに妖精全員分は用意出来なかったと嘆いていた。さすがにそんなには良いと俺は思う。とにかく、森の奥の屋敷に頭領らは照明具を持って待機しているという事だ。
妖精の方はまちに入りたくないという理由は察せる。一方の樹花族の方はやはり虚弱体質だからかと思ったらそうではないらしい。
樹花族はそもそも糧を得るには植物と同じく『根』を張る必要がある。根と言っても従来の植物の様なものではなく、肉眼では見えない魔法を使い為の器官の様なものだと聞く。
そして根を張った土地を中心に樹花族は活動するのだと言う。つまり、根を張った場所からは実質動けないという事だ。成長すれば根はが伸び、動ける範囲も広がると言うが、今は屋敷の敷地内が限界らしい。
だから祭りの会場であるまちに赴く事が出来ないという事だ。妖精の頭領は自分の事よりも、樹花族の頭領が心配で行かないといった感じか。
そんな状態ではあるが、樹花族の頭領からは祭りを楽しみにしているという言伝を聞いた。それを聞いてベリーも一安心といった表情をした。だが気は抜いていなかった。いつだってベリーは真剣だ。
祭りは始まり、建物の外に置かれた大きな卓の上に大きな花瓶が色とりどりの花が差してあったり、大きな燭台の様な装飾が道に沿って何本も飾られていたりしている。
上を見上げれば紙の輪だけでなく、花も一緒に括られ吊るされていたりと花がふんだんに装飾されている。だからか、少し風が吹けば飾られた花が揺れ、花の匂いが漂ってくる。
卓には飾られた花だけでなく、祭りの食事ももちろん沢山置いてある。まちの郊外にある畑で採れた野菜を使った料理は、野菜が好きではない俺でも旨そうに見える。
他にも各家で育てた花を観賞したり、花について話し合ったりと花に関する事柄を皆で行っている。祭りと称しつつも結構自由に過ごしていた。
だがこれがこの祭りの光景だ。それぞれの形で花に感謝を示す。要は祭りを楽しむ事が感謝の伝え方だと言いたいのだとベリーら住民は言った。
俺自身は花自体に興味無いから、単純に祭りを雰囲気と料理を楽しんでいる状態だ。結局はヒトそれぞれが祭りを過ごせば良いって事だ。
そうして時間が過ぎ、日が沈み出し辺りが赤く、暗くなっていく。そうして照明具に火を灯す時間になり、町中が小さく淡い光が溢れて来た。ここからでは確認出来ないが、森の奥の屋敷でも花の照明具の火が灯っている事だろう。
ところで、実はこの花の照明具にはある仕組みがある。照明具の底には彫り物があり、それは魔法の術識になっている。
この術識は火に対して働き、火の『熱』の性質を切り離し、『明かり』としての性質を操るものだ。それがどういうものか、実行する為にベリーは沢山の花を収納魔法で収め、花の照明具を持って森の方へと飛んだ。
場所は変わり、森の奥の屋敷内、裏庭の真ん中で頭領の二人が立っていた。それがベリーから祭りの説明を受け、祭り最後に行われる行事の為に、外で待っていて欲しいと言われたからだ。
そこへ花と照明具を持ったベリーが翼を広げ飛んできた。森の中で明かりは照明具と晴れた空に浮かぶ月明かりだけ。そんな中で互いに照明具の火を目印に視認した。
ベリーが二人の姿を確認した後、魔法でまちの方へと合図を送り、準備が整ったまちの方では住民共が一斉に照明具の火を祭り会場にある花全てに火を灯した。
本来であれば火が灯れば小さな花は直ぐに燃え尽きるが、術識が施された照明具の火は特殊で、火が灯った花は燃え尽きる事無く松明の様に火を大きくしつつも花の形を保ち咲き続けていた。
森の屋敷の方でもベリーはまちの住民同じく照明具の火を持って来た沢山の花に灯し、火が点いたのを確認してから、それを地面から高い位置まで飛んで抱えた花を放り投げる様にしてばら撒いた。
花に火を灯す時点で統領は驚きの表情を見せたが、花が燃え尽きない事に気付き、ただベリーが花を放る姿と光景を見ていた。
火の付いた花弁が散る光景は、傍から見れば火の粉が待っている様だったが、それが他に燃え移らない事を事前に聞いていた為二人は少し戸惑いつつも慌てる事無くただ見守り続けた。
そして光景に変化が起こる。火の付いた花弁は、次第に小さな火から光る玉へと変化し、光る玉となったそれは地に落ちる事無く宙を漂う様になった。
緋色に光る沢山の玉はサンルームで見た妖精の光に似ており、弱弱しくも消える事無く辺りを照らし、そんな光景を見た二人の頭領の目は微かに潤んで見えた。
後に頭領の声で確かに、綺麗だったと伝わる事になるその表情には、祭りに感じた不安も、花に対する憂いなど最早感じられない。いつかの祭りの日に見た、住民共と同じ目をしていた。
ここからは、頭領二人きりで話した内容になる。
「…すごいな。これが全て火の点った花とは思えないな。」
「あぁ。」
短くとも、確かに発した声には同意の感情が込められているのを感じた。祭りで花に火を灯すと聞いた時は憤慨はしたが、直ぐに事情を聞かされ、無理矢理納得する振りをしてその場は治める事になった。しかし、話を聞いてもどこか不安と不信があり、祭りに対して楽しむ気にはなれずにいた。
しかし今見た光景を見て、祭りに感じた悪い感情が無くなるのを互いに感じた。ただただ見惚れる程に、二人は見える緋色の光景を見続けていた。
「火の点った花が最後どうなるか聞いた。花はこのまま地面へと落ちると地面に溶け込み、そのまま土に還るのだと言う。
花は生きている、だからいずれはヒトや動物と同じく命が尽きて枯れていく。だが、まちの住民達は花に最後の時まで美しく在れる様にこの様な仕掛けを施したのだと言う。」
「…何とも傲慢な考えだな。花に対して最後まで美しく在れと、ヒトの立場からよく言える。」
確かにな、と樹花族の頭領は頷く。だが、言っている台詞と表情がどこか合わない様に見える。まるで本当はそうとは思っていないとでも言いたげな表情だった。
「いや、ヒトだから言えるんだ。ヒトだって、いつかは年老いてこの世を去る。その様は花と同じさ。ヒトは老いる事に恐怖する者もいる。そんな中、枯れ行く花に自身を重ね、夢を見て希望を託す。それは、いつか君が言った事と同じではないか?」
樹花族の頭領の言葉に、ほんの少しだけ妖精の頭領のこめかみが動いた。二人が過去にどんな話をしたかまでは分からないが、花に何かしらの夢を託し、夢を見た事が妖精の頭領にも確かにあったという事だ。
「ヒトも花も変わらない。何かを糧にして生き、年を重ねていつかは朽ちる。
変わったのはむしろ君だ。君が『あの時』の事をどれだけ悔いているか、自分は分かっているつもりだ。だから君の話を聞いてやる事が自分の役目のはずだった。だが、君を自分もあの時の事で深く傷つき、いつしか話に出す事さえも自分勝手に禁じて、お互いに話さえもしなくなってしまった。」
火の点った花だけをただ見つめていた二人は、気付けば互いに向き合って語り掛けていた。樹花族の頭領の話を聞いて、目に雫が溜まりだしていた。
「もうあの時の事で、自分を罰して他者を拒絶しなくて良い。自分の為に、君が悪役になってまでして助けようとしなくて良い。君には十分助けられた。
それに、変わるなら善い方へと変わると良い。悪い所ばかり見るのではなく、善い所を見て生きて行く方が君も、自分もきっと互いを救えるはずだ。」
目に溜めた雫を一つ二つと零していき、堅く冷え切った何かが確かに解けていくのを見て感じた。
ふと、二人だけの空間に変化が起きた。樹花族の印でもある頭の花、その蕾が膨らんでいくのが見て分かった。その変化にいち早く気付いた妖精の頭領はその事を樹花族の頭領に言って知らせた。言われて樹花族の頭領も自身の変化に気付いた。
蕾は徐々に膨らみ、遂に花開き始めた。出会った時の蕾は固く、とてもすぐに開花する様には見えなかった。だが、現に蕾だった花は開花して見せた。
樹花族の頭上に生まれつき咲く花は樹花族本人よりも希少で、蕾まで育っても開花するのは稀で、条件が揃わない限り樹花族が命を落としても咲かす事無く散る事がほとんどだという。
そんな希少な樹花族の花が開花するのを見届けた妖精の頭領は、これまでに無い程の涙を流した。それは嘆きによるものではなく、明らかな感涙だと俺でも判った。
「アスター…お前、花…花が開いて。」
「あはははっ!…まさか今開花するとは、自分も思わなかったよ。…そうか、自分でもちゃんと。」
お互いに花が開花した事に戸惑いつつも嬉しそうな、驚いて言葉が上手く口から出て来ない様なしどろもどろな状態が続いた。
俺も樹花族の花の開花条件を知っている訳ではないが、条件の一つに『心の状態』が関係して言うと聞いた気がする。つまり妖精の頭領だけではなく、樹花族の頭領自身も心の変化が起きたという事か。
そんな互いの状態など関係無く、二人の頭領はただただ涙を流し、肩を抱き合い、自分らの気持ちを伝え合っていた。
後で聞いた話によると、過去にこの森に密猟者が侵入したという。密猟者の目的はもちろん、希少な種族である頭領の一人である樹花族だった。
樹花族は自分が根を張った土地から離れると、糧を得られなくなるだけでなく動けなくなり、最悪気絶してしまうのだという。
密猟者共はそれを狙い、樹花族を無理矢理根を張った土地である庭から引き離し、気絶したところを連れ去ろうとしたところを、頭領になる前に当時の妖精の頭領、カロンビーヌが出くわした。
無理矢理連れ去る為に暴行を加えられたであろう、ボロボロになった樹花族の姿を見て怒り、そして感情のまま魔法を使い、そのまま暴走を起こして密猟者共を亡き者へと変えた。
暴走が治まり、正気に戻った時には庭から大分距離が離されていた。急いで樹花族を庭にも戻そうとするも、カロンビーヌは自分の姿を改めて見て絶句した。
魔法を暴走させ、密猟者共に攻撃した事で、自分の体にその時の返り血が大量に付着していた事に気付いた。穢れを大量に纏ってしまった事で、自分だけでなく樹花族にも穢れをうつさぬ為に触れる事すら出来ない。
触れられない、助けられない状況にカロンビーヌは絶望し、助けが来るまでの間カロンビーヌは気絶していたのだという。
結果として二人は助かったが、屋敷や庭は荒らされ、屋敷に住む者も大勢亡くし、正に二人にとって忘れられない最悪の記憶となった。
きっと本当に永い間、言葉を交わす事が無かったのだろう。それだけ二人は過去の出来事を切っ掛けに互いに心に檻を作り、閉じこもっていたのだろう。
きっと花が咲いたのも、そんな二人の蟠りが解けた証拠なのだろう。だがそれ以上の事は二人だけのものだろう。
「お二人が仲直りしたようで良かったですね!」
花をばら撒いてからずっと黙って二人の様子を見ていたベリーが言った。どうやら頭領二人の関係にベリーは感付いていたらしい。そういう所は本当に敏いな。
「しかし、カロンビーヌさんの言った事に関しては、私からはもう言える事も、出来る事もありません。そこが少し心残りです。」
そこは仕方ない。ベリー一人で解決出来る問題ではない。だが、今回の事が無意味化と聞かれればそうではないと思う。
例えば、消えてしまった蝋燭の火を灯したところで、いずれは蝋燭が溶けていきまた火が消えてしまうものだとしても、火を灯して辺りを照らす事に意味があるはずだ。
因みに祭りが終わった後日に、頭領から正式にまちの方へ謝罪に訪れるという。本当なら祭りが始まる前に来るつもりだったらしいが、まちの方から祭りを先に執り行い、謝罪はその後で構わないと申し出たところを見るに、きっとまちの住民らの反応は花が返って来た時と同じだろう。
一先ず祭りに関して、森での用事は済んだ。朝から巻き起こった花泥棒騒動はこうして一応の幕が降りる。
更に後日、樹花族の頭領からベリーを通して俺宛てに呼び出しを受けた。




