15話 屋敷から花園へ
花泥棒の主犯と思しき妖精種の頭領と対峙し、一応の決着を着いたと思った矢先に、何故か戦った相手である頭領の案内で、ベリーは屋敷の奥へと進んでいた。
廊下は薄暗く、窓はあるがほとんど日が入って来ず、それが単純に方角や日の高さが関係しているといものではないと察した。微かにだが、魔法の力を感じた。それが結界だと気付くのは容易かった。
俺はそこまで魔法の力に敏感ではないが、それでも感知出来るとは、それ程強い結界魔法が掛けられているのだろう。それが進むほどに強くなる事から、この奥にはそれだけのものがあるのだろう。
とは言え長過ぎる。頭領の部屋を出て階段を下り、廊下を歩いで大分経った。一体何時になったら目的の場所に着くのか。好い加減に装飾の施された天井や床に壁という光景は見飽きた。
「スパイン、我慢してください。やっと事件が解決出来るところまで来たのです。辛抱しなくては全て無駄になってしまいますよ。」
生真面目なベリーは、ただ廊下を歩いているという現状に不満を漏らさず、黙々と前方を歩く頭領の後を着いて行った。珍しくいつもの張り上げた声を出さずにいる。なんだかんだ、この雰囲気に少し飲まれているのか?
「あの、カロンビーヌさん。失礼ながら、戦いを終える事はうれしいのですが、私た…を連れてどちらに行かれるのでしょうか。せめて目的地をおしえて」
「黙って着いて来なさい。」
喋っている最中のベリー言葉を遮り、また黙り込んでしまった。きつい言い方だな。こっちは何も分からないまま歩かされているというのに、勝手な展開が続く。
とは言え、現状戦わずに済んではいるが、未だ事件は解決しておらず、話を進めるにはこの頭領の言う通りにするしかないだろう。何より、今向かっている場所に何があるのか気になるし。
そうして俺が思考していると、廊下の先の壁に突き当たった。その壁には壁や天井まで届くほどの大きな両開きの扉があった。頭領は扉に近づくと、見た目から重みを感じる古めかしい黒鳶色の扉の錆びついた取っ手に手を掛け、これまた低く鈍い音を立てながら扉を開けた。
開かれた扉の先には、広大な庭が広がっていた。この屋敷に入り口前にも庭があったが、それよりも広い、だが花の数はそれ程多くは無かった。入り口前の庭の方が花の量も色の鮮やかさが際立って見える。
咲いている花は見える範囲で白い薔薇と、見た事の無い小さな花が咲いており、やはり庭の広さに反して質素に感じる。
庭の中に水が行き渡る為の水路が引かれ、小さな橋も架かっていてそこは広い庭ならではでろう。しかし、それ以外の装飾品は置かれてはいなかった。
花や蔦が絡んだアーチ状の置物などの庭を彩るものが見当たらず、そこには少しだけ違和感があった。これだけの広さの庭ならそういった装飾も置かれる余裕があるだろうに、どこか広さに似合わずそこも質素な作りだ。
そんな風に庭に感想を抱いていると、頭領がベリーの姿を確認しないまま庭の奥へと歩いて行く。置いて行かれるぞと促して、ベリーは頭領の後を引き続き着いて行った。
相変わらず頭領は不満顔で速めの速度で歩いて行く。庭の地面には石畳が敷かれ、歩く度に石の上を軽く叩く音が響き、少し心地良く感じた。そんな心地良い音が暫く続くと、歩く先に建物が見えた。
建物の上、屋根は円形をしていて、その屋根も壁も透明な素材で造られていた。これはサンルームと呼ばれるものだろうか。他の建物とか隔離されて、独立した建物らしいが、強度の方はどうなんだろうか。最低でも魔法で強度を補強している可能性があるな。でなければこんな如何にも叩けば壊れてしまいそうな建物、こんな庭の片隅でも建っていられる訳がないと思う。
頭領は自分の所有物同然にサンルームらしい建物の扉を片手で開け、中へと入った。ベリーも続けて入ろうとしたが、頭領が中に足を踏み入れた瞬間止まり、驚き動きを止めたベリーの方へと頭領は振り返り言った。
「暫しここで待っている。勝手にこの中に入るな。庭も勝手に歩き回るな。」
ベリーにきつく、厳しく言いつけてから扉を閉めてしまった。一瞬だったから中がどうなっていたかよく見えなかったが、ほんの一瞬だけ、中にも床というか地面一面に花が咲いているのが見えた。それも本当に見た事の無い真白な花だった。
「閉め出されてしまいました。」
自分がされた事を正直に口に出し、ベリーは茫然と時間が過ぎていくのを待った。当然だが俺も待ったが、この時間は本当に苦手だ。何もせず待つだけなど、時間を無駄にしていて胸の下あたりがむずむずする。
ベリーだってただ待つだけの現状に思う事があるはずだ。ヒトの為に動き、ヒトの為に時間を削って来たベリーは、何もしない日が無いと言う位動く姿を見てきたから、動かずにいるベリーの姿は異様だ。
そんな姿のベリーが今どんな心境化は知らないが、10分程の時間が経つとようやく扉が開き、未だに不満を含みつつどこか憂いも感じた。
入って良いという事なんで、ベリーは遠慮なく開けられた扉の先へと進んだ。中に踏み入れた瞬間、草を踏んだ時の乾いた音がした。更に扉が開かれた瞬間から流れて来た香りが一層強くなり、ベリーの鼻に届いたのを感じる。
見た事の無い白く大きな5枚の花弁の花が地面一面に広がり、どこからか小さな光が複数漂って見えた。これは姿が見えない程力を持たない花の妖精が周囲にいる証拠だろう。
力を持たない妖精は、その生態故に自然の多い場所からは離れられずに人工物の多い場所には近寄らず、警戒心が強いから、その妖精がいるのは相当この場所が心地良い環境なのだろう。
「この奥だ。」
建物の中の光景にベリーが圧倒されている中で、頭領はそんなベリーの様子をひたすらに顧みずに先へと進んで行く。恐らくこの建物の奥に、目的の人物がいるのだろう。ヒトなのかは定かではないが、行けば分かる。
草の乾いた音を立てながら、周囲を伺いつつ奥へと進んだ。そして建物自体が小さく狭い為、直ぐに着いた。
そこには、白い花が更に多く密集する様にして咲いており、その中心にヒトがいた。そのヒトは遠目から見ても花と同じく白い色をして儚い印象を受けた。
髪はかなり長く、白百合色をしており簡単に結い上げてはいるが、地面に付く程長く纏め切れてはいなかった。着ている服は大胆にも肩を広く見せて、白練の色が光の加減でてかって見える。
その人物が此方に目を向け、大きな紅色の目を視認した。最初は確かに儚いと印象を受けていたが、その顔つきは儚いと言う言葉とは感じず、逆に凛とした印象を受けた。
だが、そんな見た目だけの儚さと色素の薄さ、目の色の鮮やかさよりも特に目を引くものがあった。それはその人物の頭上から生えているのだろう、短い蔓草と大きな一つの花の蕾だ。
最初こそ人工的な頭飾りかと思ったが、質感が作りものとは思えず明らかに生花の類だった。体に草花を生やし、妖精種の住む森に存在するヒト型。その事で俺はある事を思い出す。
こいつは、樹木人という植物と共生した体質の種族とは異なり、妖精種の上位種とされる樹花族だ。
魔法の力が命そのものとされる妖精種の中でも、魔法の力が特に強く、それ故に繊細で少しの穢れで命を落とすと言われる程の虚弱体質だと聞いた。見た目の儚さもそこから来ているのだろう。
俺の絞り出された知識が当たっていたのか、突然その樹花族は咳をし、傍に立っていた頭領が焦り顔でその樹花族に駆け寄り支えながら背をさすった。
正直あの頭領が焦り顔を見せたのには驚いた。ベリーは目の前の人物が体調不良に見えた事に驚き焦っていた。頭領が駆け寄ったのを見て落ちついたらしい。
「…良い、大丈夫だ。自分から話す。」
頭領に支えられていた人物、恐らく樹花族は頭領の助けを穏やかに断り、目の前に立つベリーの方へと向き直ってこちらを見つめた。やはりその目つきは、儚いというには弱々しさが全く感じられない。むしろ目が合うと、こちらの背筋まで真っ直ぐに伸びる様な心地だ。
短く聞こえて来た声からも、その目つき同様の印象を受けた。
「初めまして。突然の訪問だった為に、こちらからは何も御もてなし事も出来ず、失礼した。
自分がこの森の頭領である、アスター・ガーデンだ。」
「べっ、ベリー・ストロです!」
しっかりと聞こえたその声は思っていたよりも中性的で、聞いただけでは声の主が儚い見た目をしているとは思えない通った声だ。ベリーも緊張しつつ自己紹介をするが、声が上ずってしまった。
そしてアスターと名乗った樹花族の言葉に俺と同じくベリーも疑問符を浮かべた。考えた先は同じだろう、今さっき樹花族の肩書だ。
「頭領?失礼ですが、そちらのカロンビーヌさんが頭領なのでは?」
思った疑問をそのまま口にしたベリーに俺は同意しつつ、頭領と名乗った樹花族の反応を待った。返事は直ぐに来た。
「ロビ…カロンビーヌが頭領であるのは間違いない。自分は森の木々や草花を統治し、カロンビーヌが屋敷と妖精達を統治する。自分達は二人で統領となるのだ。」
つまり二人で役割分担しているという事か。そんな上司二人の内一人がもう一人の頭領、というより俺らをここに連れて来る様に言って来た様だ。
一体どんな用で呼んだのか、結局来る前に確認出来なかったから当人に聞くしかない。あちらもそのつもりで、改めて説明する態勢となった。




