14話 頑固者から堅物へ
如何に優れた魔法使いでも、出来る事は限られる。自分の意識が一つである以上、向けられるのはベリーか鎖の解除か。選んだ時点で統領は手番をベリーに譲る事になる。最早頭領はそこで万事休すだった。
そして、ベリーもまた躊躇する事無く魔法陣を発動した。
発動して、起こった事は一つ。魔法陣が描かれていたベリーの左手が頭領の体に『くっついた』。それだけだった。
「…待て、これは一体どういう事だ?」
声は静かだったが、その声色に困惑と同時に怒りが込められているのを俺が確かに感じた。そりゃあそうだ。今さっきの状況は正に一騎打ち、そしてその一騎打ちが決すると思った矢先にこの訳の分からない自分と相手の状態だ。誰かに訳を聞きたくなるのも当然だ。
後俺も知りたい。何故ベリーは『接着魔法』を使用したんだ?
「それは、私とカロンビーヌさんが一体化するためです!」
もっと訳が分からなくなる返答が返って来て、俺も頭領も頭を抱えた。俺は一体何を目的に魔法を使ったのかを聞いたはずが、答えを聞いて更に混乱するとは思わなかった。ベリーは俺らの事を気にせず話を続けた。
「今もし私が攻撃を受けたとしたら、すぐそばにいるカロンビーヌさんにも攻撃が行くという事です。つまり、こうする事で私たちは実質一体化した事になり、これでお互いどちらも攻撃出来ないという事です!」
まさかそういう発想で来るとは、ある意味接近出来た時点でそれは成功しているとは思うが、果たしてそれでこの事態を解決出来るか疑問だ。しかし、考えてみたら、今接近しているのがベリーである事が、この作戦の要かもしれない。
一方、何故か侵入者が自分にくっつき一体化したと言い、未だに状況が呑み込めず困惑と怒りで体を震わす頭領は、苦々しい表情をしてベリーを見ていた。それもそうか。自身がまさか一人のヒトに意表を突かれたという事と事実に遺憾しているのだろうが、それ以上に気にしているベリーの手に描かれた血の魔法陣だろう。
妖精というのは、結構繊細な生態の種族だ。生き物から流れる血に過敏で、血を『穢れ』だと捉えている為、そういった理由から他者との交流や戦闘を好まない。特に妖精種だけの住む里や森で育った奴はその傾向が強く、この屋敷に住む妖精や頭領もそうだろう。
そもそもベリーが血で魔法陣を描いたのは、本当にそうするしかなかったからだ。俺が居候の人間戦った時に書いた魔法陣はまちで見た『魔法痕』を利用したものだ。魔法を実体化せず、魔法を使った跡だけを残す、魔法を普段から使い慣れた奴のちょっとした裏技の様なものだ。
一方ベリーは経験の不足から、魔法の力で魔法痕だけを出すという方法がまだ出来ない。だから物質としてある血をインク代わりにする以外方法が無かったという事だ。
そして更にこれはベリーに知らない事で、俺と恐らく頭領が知っている事だが、実は血を媒介に魔法を使うのは最も強力な呪術の一種だ。強い上に血を使っているから、あの頭領も直ぐに魔法を解除出来ず難儀しているんだろう。
後、字から見て分かる事だが呪術は違法の魔法だ。知識不足と緊急事態とは言え、それを使ってしまったベリーがそれを知ったら最後、申しわけなさなどの感情で気絶していただろう。ベリーの精神と余裕が保つまで言わないでおくつもりだ。
ともかく、魔法陣で接着状態となり、頭領もどうだが恐らくベリーにも剥がす事が出来ないだろう。多分いざという時は俺に任せるつもりなのだろうな。
そんな膠着状態で進展しないと思われた中、実はベリーの侵攻はまだ終わっていなかった。
「これはある旅のご老人から教わった方法、誰も傷つけず戦いを終わらせる方法の一つ!」
そう宣言した後にベリーがとった行動は、くすぐる事だった。そう、接着していない方の手でベリーは頭領の脇腹を凄い速さでくすぐり始めた。
突然の事で一瞬だけ何が起こったか理解出来ず凝固した様に体を動かさずにいたが、くすぐられていると理解したほんの数秒後に声を抑えつつもくすぐったくて体をくねらせた。
さすがは妖精共の元締めと言う立場をしているだけあって、無様に笑う姿は見せまいと我慢しているのだが、その為にくすぐってくるベリーを止める事が出来ず、立ち往生してしまっていた。
更に、くすぐられて集中出来ない事もあり、接着魔法の解除も出来ず、泥試合にもなっている。一体こんな状態にしてベリーは何を考えているのか。
曰く、笑いはどんな争い事も治める事の出来るのだと。それでこんな状態になればもう大丈夫なのだと言いたい様だが、さっき言った様にこの試合状態でどう見れば解決となるのか。ベリーからして見れば、もう互いに傷付け合わずにいるから良いという事なのか?
確かに頭領はくすぐられて魔法も使えない、抵抗も出来ない。このままの状態でいけば向こうから降参してくれるかもしれないが、あれだけ固い意思を見せてまで起こした事件の張本人が、ただくすぐられた位で降参するだろうか?
現状ベリーが表に出て、ベリーは現在頭領に引っ付きくすぐるのに忙しそうで、俺からはどうする事も出来ない。これは一体何時になれば終わるのか、俺も困惑してきた。
そんな泥仕合が続き、ベリーも頭領も互いにへばって床に膝を付けて息も絶え絶えになった。最早戦意なんてものは微塵も無く、頭領は怒る事も出来ずにいた。ベリーの方はほとんど動いていないから、少し休んだらまたくすぐり出すだろう。
「ぜぇ…ぜぇ…いっ、好い加減…に、しなさい!…はぁ…こんなっ事、続けて、何に…なると…はぁ。」
さすがに可哀そうに見えてきて、俺が好い加減表に出ようかと思って来たが、ベリーがまだ続ける気でいるのと、何か喋る気でいるのに気付き、黙った。
「私は離れません。」
ベリーも無理な体勢でいるからか疲れてはいるが、両腕で頭領に抱き着く形になりつつ話を続けた。
「カロンビーヌさんに、やらねばならない事があるのはわかります。しかし、私にも成さねばならない事があります!そのために、あなたの計画をじゃますると分かっていても、私は一歩も動きません!そして指一本だってあなたから離れません!私は、あなたが参ったと言うまで諦めません!絶対です!」
疲れた状態で声を張り上げた為に、言い終えた後思い切り息を切らしているベリーを見て、歯を食いしばる様子の頭領。これは互いに譲らない態勢だ。本当にここから何か進展があるのかと不安が過った。
そう考えている最中、突然頭領が何かに気付いたかのように顔を上げ、あからさまに驚き狼狽える表情に変わった。
「なっ何を…なっ!?何故だ!そんなことをすれば…あぁ、判った。」
まるで誰かと話している様な台詞から、恐らく交信魔法の類なのだろう。一体頭領は誰に何と言われたのだろうか。さっきから困惑の表情だったり、納得のいかないと言いたげな苦悶の表情ばかりしている。傍受魔法でも覚えれば良かったな。
そうして一通り話終えたのだろう、こちらを見て今度はベリーに話し掛けた。
「…戦いはお前の勝ちだ。お前を庭園に案内する。そこでお前には『ヒト』と会ってもらう。大人しく着いて来てもらうぞ。」
突然の降伏と謎の道案内に、今度はこちらが意表を突かれたが、戦いを終えたからと事が済む様には感じない。何より目に見えて頭領の表情が不満に満ちた表情をしているから。
ベリーの方は完全に頭領が言った事をそのまま鵜呑みにしており、さっきと比べて気の抜けた雰囲気になっていた。ベリーはこういう所が実戦慣れしていなくて危なっかしいな。
そんな一戦終えた雰囲気の中、俺が今一番気になるのは、さっき頭領が口にした『ヒト』と指された人物だ。もしや交信魔法の交信先の事だろうか。
一先ず、頭領との戦いは中途半端ではあるが、ここで終わりという事になるらしい。だが、まだこの花盗難事件はつづいている。その証拠に、頭領の目からは、まだ何かを諦めていない、そんな気配を感じた。




