13話 不利から有利へ
頭領は再び魔法を発動する。無詠唱故に次にどんな魔法を使うか分からない。どんな魔法か分かっても、それを対応する術がなければ無防備であるのと変わりないが、無詠唱はその考察する暇さえ与えない。
次に発動した魔法で出現したのは、今さっき出した結晶よりも細く矢の形をした結晶を幾つも出ていた。それが宙で矢を番えた様に尖った先をこちらに向け、端から順に速く飛んできた。
ベリーの飛行速度でも躱すのがやっとで、それ以上の行動も反撃も出来ない。その時ベリーの目に留まったのは、部屋の壁際に置かれた重厚な円状の卓だ。そこまで飛び、その卓を倒して盾代わりにした。いつものベリーなら、ヒトの家の物を勝手に触れるのを嫌がるが、そんな事を言っている場合ではないと、さすがに思ったのだろう。
盾代わりにした卓は確かに重く、丈夫なのだろうが、あの頭領の魔法の前ではそんな物でも簡単に崩れる障害物にしかならなかった。だが、卓を盾にした時間で、十分時間を稼げた。
「我が空想を糧に動く現よ、わが障害をうけ止めよ!」
盾代わりの卓の後ろに隠れた瞬間に詠唱を唱え、無事魔法を発動する事が出来た。この魔法は外の庭で戦った庭師が使った魔法の派生元で、属性を持たないものだ。自身の想像力を基に魔法で物質を作り出し、相手を拘束するものだ。
出来る物質は、術者の想像によって形を変える。縄であったり、石だったりする。ベリーが魔法で出したのは、まさかの鎖だった。ベリーが丈夫な物を想像したからか?
魔法の鎖は生き物の様に素早く動き、頭領に向かって行った。当然その鎖を頭領は視界に入れていた。
「なるほど、確かに相手を拘束すれば、どちらも傷付く事無く戦いを終えるだろう。しかし、そもそも捕まえられなければ意味は無い。」
頭領が言った事はその通りで、鎖も細くて簡単に力自慢な奴の手で千切れてしまいそうな程丈夫には感じなかった。そんなベリーの魔法を嘲笑うかのように、頭領は魔法でその鎖ごとベリーを巻き込んで攻撃しようとした。
その瞬間、頭領の魔法の結晶が何かに阻まれ止まった。それはベリーが魔法で出した、あのか弱い鎖だった。鎖の穴に結晶が入り、上手く傾けて結晶の飛ぶ力を打ち消した。
まさか自分の魔法を受け止めるとは頭領も思っていなかった為、かなり驚いていた。正直俺も驚いていた。しかし、ベリーだから出来た事なのだと気付いた。
ベリーは敏捷力も高いが、反応速度も速い。体はまだ未熟で動きが頭で考えるよりも着いて行けないだけで、実は目だけで追ったら誰よりも速い。
あの獣人の従者の動きも、実際姿を捉える事が出来ていた。俺に替わると途端にその反応速度が落ちてしますのは、良く分かっていないが俺自身の力に引っ張られる為だろうか?
とにかく、視力も良いベリーは、狙って鎖の穴に飛んできた結晶が入る様に鎖を操り、そして攻撃を防いだ。相手を拘束するのでなく、魔法を拘束するとは、戦い慣れしてはいないが、工夫の出来る奴だ。
頭領は再び結晶の矢を幾つも飛ばすが、ベリーはそのほとんどを鎖で受け止めて落とした。受け止めきれなかった結晶の矢は、ベリーの横を掠り、床や壁に刺さって消えた。
金属音と結晶がぶつかる高く鈍い音が暫くの間響き、次第に音がしなくなり、打ち落とされた結晶が全て霧散し、ほんの少しの間部屋の中は静寂と化した。
「…戦いに慣れた手つきをしていると思っていましたが、成る程…身を守る事には特化しているという事ですね。でも、自分を守るので精一杯では、戦いを終える事は出来ませんよ?」
こっちだって頭に解っている事を改めて口にされ、俺は腹が立ち、ベリーは少し困惑していた。俺自身も無詠唱魔法を使う奴を相手するのは初めてである故、未だ分析している最中だ。ベリーにとっては不得手で正に難題だ。
だが、そこで言い返せずともベリーは諦めはしないだろう。今頭を絞りに絞って案を出そうとしている。互いに無傷で終わらせると宣言した時点では、案も何も無かった事についての指摘は野暮だが、言ったからには成し遂げてもらわなくてはならない。
だがそれよりも早く頭領は動く。無詠唱の使い手である以上先手を撃たれるのは決まった事だ。今度は前に手を翳して念じだした。俺は察して直ぐにベリーにとにかく動き回れと言った。
次の瞬間、床から結晶の柱が突き出て来た。まるで波を打つようにして巨大な結晶が床から出現し、しかも追尾する型の魔法で、結晶がベリー目掛けて出現して来る。目を瞑っていても中る魔法という事だ。
そんな魔法が襲い掛かる中、ベリーは広くはあれど室内故に高さや範囲に制限のある場所で、懸命に翼を動かして結晶から逃げている。
だが、結晶は床からだけではなく、天井や壁からも落下するかの様に、壁ごと貫いたかの様に出現した。そこでベリーは不意を突かれ頭に結晶が中った。直撃ではなかったが、出血してしまい目にかかって視界的に不利が生じてしまった。ベリーも悲痛な表情を浮かべつつも流血が少ない事が幸いし、飛び回りつつ血を手で拭った。
それ程酷い損傷ではなかったが、一撃喰らって肉体だけでなく精神的にも負荷が掛かったらしい。腕に力が入らなくなったのか魔法の鎖が床に落ち、徐々に飛行速度が落ちていった。
「やはり、お前がどんな心境であろうと、それでこの戦いに変化をもたらす事は無い。相手に傷を付けないという事は、戦意が無いのと同じ。そんなお前がこれ以上この状況に身を置く必要があるか?」
傷を負い、明らかに疲労が見られるベリーに対して頭領が語り掛けた。今度は慈悲ともとれる雰囲気が含んだ言葉に、先ほどの怒りが逆に複雑な心境へと変えさせられる。
曰く、妖精種である自分からすれば、どの種族も幼子同然だという。そんな相手に長期戦を持ちかける程自分も無慈悲では無い。ここを引き返し、今回の事をまちの住民に伝えれば無事に返すのだと言う。
「聞けば、どこかの種族は戦争により故郷を追われ、不毛の土地へと追いやられたという。その種族は限られた資源を活かし、持ち前の体力と精神力をもって行き抜き、土地を開発して今も生き続けているという。
ヒトの中にはそうして環境を変えつつも生きている者も少なくない。きっお前らが植物の恩恵を失ったとしても、その種族の様に数は減れども生き残る事も出来るだろう。」
だから諦めて引き返し、こちらの計画を邪魔するなと言いたいのだろうが、それは俺に言っても無駄だろう。もちろん、ベリー相手なら尚更だ。
どんなに形を変えて語り掛けたとして、ベリーの決意は揺るがない。今怪我を負って体力が削られていても、負けを認めてこのまま引き返す事は絶対にしない。
現にベリーはまだ飛んでいた。床に降りて降伏出来る機会なのに、それをする気配が全く無い。頭領もその姿を見て察したのだろう、少し間を置いてから息は吐き、再び魔法を放とうと手を翳した。
「これだけ言ってあなたは飛ぶのを止めないのであれば、もう容赦は無い。次は確実に討つ。」
今までの魔法がまるで子どもの遊びとでも言いたいのか、魔法の力を凝縮していくのが気配で微かに感じた。今までの魔法だって十分強いと思ったが、あれ以上にまだ何かを使えるとなれば、予測出来ない。
ここで表に俺が出ていて、ベリーが表に出たがっていたら断っている状況だっただろう。ベリーでは絶対に相手出来ないと俺が決めつけ、後ろに下がらせて俺が無茶な行動をして、なんとか身体だけを無事に済ませあれこれと卑怯な方法で相手を討っているところだ。
しかし、不思議と今回はベリーを無理矢理引っ込ませようとも、俺が表に出ようとは思わなかった。ベリーであれば解決出来るだろうと不確かな信頼があった。
俺は基本、他人を信用しない。他人の力を借りる事も、他人と手を組んで戦うのなんぞ絶対にしない。ましてや、他人に戦いを任せる何てことしない。
しかし、ベリーの身体でベリーと共に生きて、何かが生じたという事になるのか。それを確認する為に、俺はベリーの行動を最後まで見守る事にした。
「スパイン!あなたの戦い方から私は学びました!私はいつまでもスパインの手をわずわせるわけにはいきません!必ずカロンビーヌさんを止めます!」
ベリーも決意を改め、声を大にして意を決し頭領へと向かって飛んだ。そのベリーの行動にも意を返さ事無く、頭領は魔法を発動した。
今までの結晶の形とは違い、明確な物体としての形をとって行く。それは両刃の大剣の形へと留めていった。俺が出せる武器と比べれば大きく、俺でもあそこまで巨大な武器は顕現出来ない。
あれだけ大きい武器だと、大振りとなり隙が生じるだろうが、それは実体のある物の話だ。魔法で形作った者であれば、主さも使用者の思うままだ。何より無詠唱の使い手であればそれも容易いだろう。
そんな頭領へと向かってベリーは飛んだ。これで魔法の剣を振るえば確実にベリーは討たれる。まだだ。
まるで魔法が掛かった様に、見えるもの全ての動きが遅く動いて見えた。ベリーは頭領の剣の魔法の射程内に入った。だがまだだ。後少し。
頭領は剣を構え、今一歩踏み出せば振り上げた剣を下ろし、ベリーに中てる。そしてベリーも『合図』を出して、『それ』は再び動いた。
『それ』は頭領の腕に絡みつき、頭領は驚き振り上げた腕を見上げた。そこには自分の腕と自分の魔法で顕現した剣、そしてベリーの魔法で作られた『鎖』だった。
この鎖を頭領は当然覚えていた。しかし頭領は、それがベリーの手から離れるのを見て、その鎖は魔法の力を失い自然消滅するだろうと思っていた。
しかし、鎖は消えるどころか残り、この機会をもって再び頭領の障害となった。本来なら気付けたであろう事を頭領は見逃した。見逃すだけでなく自身が魔法を使う障害へとなってしまった。
それは小さく弱い魔法の鎖だ。だから頭領の手であれば簡単に解除出来るだろうが、今は魔法を発動している最中だ。注意が逸れれば集中が切れて魔法が崩れてしまう。
何よりも、もうベリーはすぐそこ、目の前にいた。だがそこで頭領は焦りはしなかった。確かに目の前まで迫ってきてはいるが、相手は丸腰だ。鎖は自分の腕を縛るのに使っているし、相手にだってもう魔法を使う余裕だって無いはず。近づいたところで何になると、頭領はそう思った。だが、そう思った時点で統領は負けていた。
ベリーは眼前に頭領の姿を捉え、自分の左手の掌を頭領の方へと向けた。掌には何時の間にか魔法陣が描かれていた。ベリーは自前でペンなどある訳が無く、インクだって無い。だが、インク代わりになるものはあった。
血だ。あの時、頭領の魔法を喰らい怪我を負って、流血したのをベリーは自分の手で拭った。その時の血を使った。
偏に頭領は油断をした故の状況だ。自分を止めたに来た相手が人間の子ども。自分ら妖精から見れば、ほとんどの種族は子ども同然ではあったが、確かにベリーは若いどころか幼い。そんな相手が来たのだから、妖精の頭領は身構えつつも油断した。
そして戦い、こうしてじぶんが有利である様に見える状況であったが為に、油断した気持ちが無くなる事はなかった。
誰もが経験する敗北。その原因は様々だが、もっとも多いであろう敗北の理由、それは油断だ。油断したが故に準備を怠り、出来る対策を行わず、そして目の前の相手を逃し、そして自分が討たれる。
頭領の現状もそうだ。油断したが故に鎖を見落とし、ベリーの接近を許し、相手は丸腰なのだと思い込んだ。正に追い込まれる状況を自分で作った、因果応報だ。
頭領は振り上げた魔法をやむなく中断し、剣を消して接近したベリーに備えよとしたが、まだ鎖が健在だった。
鎖対処をしている間にベリーは必ず自分の掌に描いた魔法陣で何かをする。




