11話 額から冷や汗
とうとう辿り着いた、花泥棒であろう『魔法使い』の屋敷の一部屋。部屋の大きな両開きの扉を前に、緊張してベリーは立ち尽くしていた。ここに来るまでに覚悟を決めてはいたが、やはり屋敷の主であろう人物に会うとなれば話は別だろう。
入りづらかったら俺が代わるかと聞いたが、そこはベリーが意地になり、直接会って話すのは自分がすると言って聞かなかった。まぁベリーが決めた事であるなら、俺が口出し来る事も無いか。
そしてやっと決心がつき、扉に拳を付けてから力を込め、ノックをした。ここまで来たら態々ノックなんぞしなくても良いと思うが、そこはベリーだ。絶対に譲らないと言う。そして返事が返ってこないのを確認すると、扉のドアノブに手を掛けて思い切り扉を開けた。
扉の先には、だだっ広い部屋が待っていた。赤い絨毯が敷き詰められ、装飾が施された木製の艶のある家具が壁沿いに置かれ、俺が知る正に豪邸の一室が眼前に広がる。
そんな部屋の奥中央。これまた大きく豪勢な机が置かれ、その机の席に誰かが座ってこちらの様子を見ている。そいつは俺らが部屋に入って来るのを暫く見てから、椅子からゆっくりと立ち上がり、歩いて此方へと歩み寄って来た。随分と余裕のある振る舞いだなと俺が思っていると、ベリーが部屋に入ってやっと声を出した。
「突然の訪問、失礼しました!私はこの森の近隣にあるまちから来ました、ベリー・ストロと申します!」
「…私はこの屋敷の主にして、森に住む妖精達の頭領でもある、カロンビーヌ・ガードナだ。」
ベリーは相変わらずの声を張った自己紹介し、頭領である妖精も名乗ったが、それ以降は口を閉ざしてしまった。
そいつは第一印象で、背がでかい奴だと思った。多くの妖精共を従えている事から、頭領、主も妖精だというのは当然とは思っていた。妖精特有の長い耳に、長く毛先で束ねられた髪は、鮮やかな薔薇色から藍色へと色調変化している変わった髪色をしている。目は冷めた紺碧の色をしていた。服は首元さえも見せない肌を全く露出させない重厚な真紅のドレスで、立派な貴族衣装だ。胸元にこれまた鮮やかな黄色の宝石が付いた記章を着けている。
そいつは近づいて来ると、ベリーを一瞥し、大きくわざとらしい溜息を吐いた。ベリーは気にしていないが、俺は少しその様子に腹が立った。いや、本音を言うとすごく腹立たしい。
「誰が来るかと思えば、こんな赤子同然の小娘を出向かせるとは、まちの住民も随分とこちらを舐めている様だな。」
やっと相手が口を開いたと思えば、出てきたのは悪態だった。何より目だ。完全にベリーを見下し、言った本人が一番こちらを舐めている態度をとっていて更に腹が立つ。
更にこの頭領なる人物の口ぶりから、やはりこの敷地内、屋敷に侵入者が現れる事は想定していた事の様。こうして目の前にその侵入者が姿を見せても他の妖精共と呼ぶ素振りすら見せない。最早俺らがここに居る事に何の問題も無いと考えているのだろう。
「問題ない?しかし、ナナカさんは本気で私達と戦いました。いても問題ないなら、ほっておくものではないのですか?」
ベリーは言うが、本当に侵入者を撃退したいというなら、急所への攻撃ではあったが寸止めで、それも一撃喰らっただけで侵入者が奥に進む事を許すとは思えない。つまり、獣人の使用人との戦いは茶番だった訳だ。
「まさか、ルコウさんも!?」
いや、あれは偶然だ。多分事故で怪我をしたのと同じ事なんだ。
「お前がナナカに勝ったと言う情報は入っていたからな。実力は確かなんだろうが、こんな幼子、いくらでも倒しようがあるだろうに。ナナカも随分と甘い処置をしたな。」
誰かに対して話しているとは思えない、独り言でも呟いているかの様に自身の考えを口にした。相手はああ言っているが、俺としては条件が運よく揃わなかったら使用人相手も苦戦した、勝てたかどうか分からなかったのだが、頭領としては勝敗などどうでも良いと捉えている様に感じる。
「お前達も単身で来た割には随分と時間が掛かっていたな。おかげでこちらの準備は整った。もう外からの妨害では私が用意した『魔法陣』は壊せない。
場所を教えてやっても良いが、行っても無駄だぞ。ナナカから聞いた話では、戦闘においては魔法を使いこなせているらしいが、それ以外では魔法を熟知している様ではないらしいからな。」
あの一回の戦闘でそこまで見抜いていたとは、あの従者はやはり侮れないな。
それよりも気になる事をこの妖精は口にした。『魔法陣』。それが今回の事件と関係のあるものなのだろうし、厄介なものなのは確かだ。後やはら自信満々なのが腹立つ。
そもそも何故花を盗んだか、今それを聞く機会なのではないか?そうベリーに伝えると、ベリーは今思い出したとでもいうかの様な表情を一瞬見せ、前の頭領の方へと向き直った。
「えっと、頭領さん!一体なぜまちにある花を盗んだのですか!?」
ずっと気になっていた事、その答えを聞ける人物を前にベリーは少し緊張していた。声が上ずってしまっていた。言葉に出来、それを当人に届いたかを見守っていると、相手はまた少し間を開けてから口を開いた。
「お前は花を取り戻しに来たのだったな。花を取り戻した後に花をどうするつもりですか?」
質問をしたはずなのに、その相手から質問をし返された。しかも俺らが目的を無事果たした事を想定した内容だった。俺は嫌な予感を募らせつつもベリーの答えを待った。
「もちろん!花を取り戻したら、祭りの準備を再開し、花祭りを無事に始めて終わらせます!」
俺にも分かったベリーの答えを聞いて、頭領は目を伏せて溜息を吐いた。その態度は、俺のものと同じでいて、どこか焦燥を含んでいるのは感じた。
「そうであろうな。お前たち外のヒトはその為だけに行動するんだろうな。」
まるで分かり切っていたとでも言いたげに、俯き囁く様に喋る頭領の雰囲気が、徐々に変わるのを肌に感じる。これは魔法の力だ。
魔法の他に感じるのは、確かな殺意だ。そしてその殺意が向けられているのが、間違いなく目の前にいるベリーなのは確かだ。
「やはりヒト、人間は変わらない。それが翼を持つ者でも、結局は他のヒトの同じ。丁寧な喋りで私達を持ち上げようと言うなら、私はお前を、そして外のヒトも全て確固として赦しはしない。そして、花と言う恩恵をお前達から一切断ち切ってこの森を閉ざす!」
何を言っているのか分からず、ベリーが呆けているとさっきよりも強い魔法の力が頭領の集まった気配がした。危険を感じて咄嗟に俺が表に出た瞬間、上へと翳した頭領の手に光が集まる。
それが形を変えて巨大な結晶となり、頭領はそれを放り投げるかの様な姿勢をとったのを見て、俺はベリーの身体を無理矢理酷使して回避態勢をとった。
そのおかげか、掠りはしたが躱す事が出来た。頭領が魔法で作り出した結晶を弾の様に速く飛ばして、矢よりも威力のある恐ろしい武器となって襲い掛かった。中っていたら唯じゃ済まなかっただろう。それよりも、俺は頭領が何も口にする事無く魔法を発動した事が気に掛かった。
「おいおいまさか、『無詠唱魔法』か?」
思わず声に出して驚いてしまった。それだけ俺も焦っていた。妙に手強い人間や獣人相手以上にこれはヤバいと思う。
無詠唱とは、字の通り詠唱を省略して魔法を発動させる高度な魔法技術だ。本来は魔法の詠唱は、声に出して言葉や音で魔法を伝える事で想像させ、対象や空間への魔法の影響を与える為に必要とされる。
その詠唱を唱えず魔法を使うとなれば、魔法の使用者の『想像力』が試され、多大な集中力が必要となり精神を大きく削る方法となる。つまりは高度なやり方だから、出来る奴の数が限られ、出来る奴はそれ相応の実力者であるという事だ。
俺も無詠唱を会得しようとしたが、出来なくて結局断念した記憶がある。頭が沸騰しそうだった。
ベリーの魔法知識や経験は、俺程ではなくとも自衛程度には使えるし基本も熟知している。だが無詠唱はやはり会得する事は無理だと認めており、相手が無詠唱で魔法を使ったと知り、驚きで言葉が出なくなっていた。
「無詠唱が使えるからなんだ?それだけで怯えていると言うなら、今からでもここから立ち去って良いぞ?そして祭りを諦め、中止すると伝えればよい。」
言いながら、再び手を翳して手に光を集め、あの結晶を作り次の攻撃に備えている。あからさまな挑発に俺は腹を立てていたが、ベリーが俺に替わってほしいと頼んで来たので、大人しく俺が後ろに下がる事にした。
俺に言ってきた時のベリーの雰囲気が、少し張り詰めていた様に感じた。




