10話 経験から解答
本来であれば火単体では煙は発生しない。要は何を燃やしているかで煙の成分は決まる。そこを俺は自己流で工夫し、本来なら出るはずの煙を魔法で疑似的に発生させて、それを煙幕に使った。
正直、そんなものを出せば相手はおろか、魔法の使用者自身、つまり俺も辛い。今も目が霞んで痛いし、息苦しくて呼吸がまともに出来ない。だが我慢だ。何せ、俺が辛いなら、身体能力だけでなく五感も鋭い獣人だってただでは済まないはずだ。
只、現状意識だけのベリーも俺の中で不調を訴えてきている。それもそうか。意識だけになっていても、身体そのものはベリーのものな訳だし、本人にも外的な刺激が伝わって辛くなるか。だが、今は我慢してもらう。
さて、問題の獣人の従者だが、しっかりと煙の効果で急き込んでいた。例え他の家よりも広いこの屋敷でも、今のここは狭い室内だ。煙は直ぐに充満し、まるでぼや騒ぎだ。
しかし、やはり従者といったところか。鼻や口を抑えて苦しそうではあるが、俺の姿を逃がすまいと目は少し開かれ、しっかりと俺のいる方向いていた。
俺も煙の中、従者の姿を見失う事の無い様、尚も速く動いた。従者は俺が動いた事に直ぐ様反応し、俺に向かって来た。俺を討てば煙の発生を止める為だろうし、侵入者を捕らえる第一の目標を達成したいだろうし。煙で満ちたこの場所で、真っ直ぐに俺に狙いを定めて爪の攻撃を仕掛けた。
その時、従者は俺から視界を外してしまった。
本人もしまったと思っているだろうが、もう遅い。俺は既に従者の背後へと回って、従者の『腰』の位置に剣を押し付けていた。
「げっふ…さすがに、『ここ』はあんたらには急所なんだな…ごっほ!」
もう出す必要が無いと煙を消しはしたが、まだ少し息苦しい。今まで我慢していた事もあり、思い切り咽ながら剣は使用人に中てたままにした。
剣を教えてている場所、そこは獣人であるなら生えているであろう尻尾の付け根部分だ。こいつが思った通りの獣人であるなら、今回の作戦は上手くいくと思った。どうやら当てったいた様で、少し安堵している。
「尻尾は大抵の獣人の弱点ではありましからね。それにしても、あれは本当にやられました。」
言った従者が指差した先には、宙に浮かぶ小さな火の玉があった。それを出したのは俺だ。証拠として俺は人差し指を回し、その動きの通りに火の玉が動く所を見せた。
作戦を思いついたのは、最初にベリーが従者に向かって挨拶した時。ベリーは知っての通り、常時声を張っている。そんなベリーの声に従者は穏やかで何とも無さそうに装ってはいたが、若干肩が跳ねたのを見た。耳が良い獣人と言えば、犬やど哺乳類系統の動物の獣人だろう。
更にもう一つ、俺が剣を突き立て、それを従者がぎりぎりで止めて躱した時、その時の従者の目が随分と特徴的になっていたのをしっかりと視界に入れた。
驚いて瞳孔が動いたが、それは小さくなるどころか、縦に細くなった。その目を俺は良く知っている。
「直前で大きな声を出して聴覚を少しの間鈍らせ、煙で鼻を封じ、ついでに視界を狭めてこの火の玉をちらつかせれば、嫌でも反応しちまうだろ?」
いくら優れた従者でも、獣人としての本能まではどうしたって抑えられない。もちろんその為に条件を揃えなければいけないが、結局は良い感じに引っかかってくれた。
さすがに霞む視界の中、光る物体があれば、どんな猫だって反応するだろう。
俺の台詞を聞いた従者は、諦めた様子で両手を上げた。それと同時に、頭から始終伏せていたであろう。特徴的な大きな三角型の耳が出て来た。
「こうなる事を恐れて、猫獣人である事と、そもそも獣人である事を伏せていたのですが、本能を抑えられずにこんな醜態を晒す様では、この屋敷の使用人としても従者としても失格ですね。」
申し訳なさそうに反省の言葉を述べた猫耳の従者は、廊下の隅の方へと寄った。そして俺らに道を譲るかの様に姿勢を正し、手を添えて廊下の先を指し示した。
「私の後ろを取ったという事は、私はもう命を取られたのも同義。そんな私にあなた達を止める事などもう出来ないでしょう。それに、あなた達が来る事は、主様もきっと予想していた事でしょう。」
「…それはどういう事だ。」
従者が言った事に反応すると、従者は毅然とした態度で応答した。
「そもそも近隣のまちから、花が一斉に無くなれば誰でもどこでも調査の手が入る。被害自体が微少であっても、あなた達の様なお節介なヒトが何かをするのも当然。そういったヒトが来たとして、決して計画に支障は無いと主様は確信しているしています。」
つまり俺らはこの屋敷に来ても来なくて変わらないと言いたいらしい。道理で屋敷に入るまで警備が手薄だとは思っていた。そして今、こうして屋敷の中で妖精共に追われて入るが、どうも『追い出す』という感じではなく、『停滞』を誘う様な動きに見えた。
こうしてこの従者と戦う事も、時間稼ぎにされたという事か。一体何故侵入者に対して外に出そうとせずみ足止めをする必要があるのだろうか。
そもそも何故妖精が花を盗むか。そこがまだ分かっていない事だ。妖精にとって自然は守るべき対象で、自分の命にも関わる象徴だ。それを盗みという事は、その大事な象徴を穢す事にも繋がる。
そうまでして、妖精は他所から花を盗む、持ってくる必要があるという事なのか?
「私が口に出来るのはここまでです。この先を進んだ先に主様の部屋があります。主様に会う事は叶うでしょう。しかし、主様と話が出来るかは、後はあなた達次第です。」
私はこれで失礼します、と言葉を残し、従者は後ろへと下がりそのまま姿を消した。最後まで礼儀正しく、そして潔い形で舞台から降りた、何とも本心の掴めない奴だった。
俺は気持ちを切り替え、さっさと頭領なる人物に会おうと足を向けたが、そこで違和感を感じた。周囲にではなく自分に、もっと正確に言えば今内側にいるベリーに対してだ。
どうも静かだ。俺が表に出ている間も、始終口を挟んでくるのに、戦っている最中ずっとベリーの声が聞こえなかった。魔法で煙を出した時は多少反応はあったが、それ以外では極力声を出さない様にしている様子に感じた。
「どうした?突然口を閉ざして。良い加減疲れが響いてきたか?」
ベリーに限ってそんな事は無いと知っているが、茶化す意味合いで語り掛けた。ベリーは大分間を開けてから口を開いた。
聞けば、どうやらベリーは戦う前に従者に言われた事をずっと気にしているらしい。この屋敷に足をふみ入れた時点で、戦う事は避けられない。それを聞いて、確かにと納得した。しかし、ベリーの方は納得出来ずにいた。
ただ花を盗んだ相手と話をする、これがベリーが想定している目的だ。現状、それはまだ叶わずにいる。何より、戦いは避けたいと考えているだけで、実際は全く避けれず、会う奴皆と戦いをしてしまっている。その事をベリーは気に病んでいた様だ。
「まぁ、確かにお前に要望通りに進んでいる、とは言えないわな。ここの妖精共は皆好戦的と言うか、多分頭領って奴の命令で動いているんだろうし、こっちが戦う気無くても突破は難しいだろうさ。
だが、お前はやるんだろう?やると決めたらやるってのがお前の道理のはずだろ。」
森の奥に進むと決めた時、そうベリーは自分に鼓舞していた。ベリーが言う道理は頻繁に聞く口癖となっていて、それはまちの住民達からも周知されている。
ベリーはまちに住んでいる間中、その道理を曲げる事をせず愚直に生きて、暮らしてきた。そんな奴がそもそも花を盗む盗人相手にへこたれる訳が無い。
すると、ベリーが入れ替わりを要求してきた。元々はベリーの身体だから俺は直ぐに了承した。そして表に出たベリーは、動くや否や両手で自分の両頬を大きな音を立てて引っ叩いた。これは気合を入れる為の自虐か?
頬を赤くし痛めながらも、表情を引き締めて確かに覚悟を決めた気持ちが伝わる。案の定、俺が言った事に強く反応を示した。こいつはヒトに言われて折れる奴ではない。
「そうですね!今私たちは盗まれた花を追い、そして犯人を見つけだし花を取り戻す事が第一の目標です!そう決めたのであれば、必ず遂げなくてはいけません!」
改めて目標を定め、今俺達は目的の頭領の前まで来た事を思い出し、気を引き締め直した所で、傷の応急手当てをして態勢を整えた。
もう準備は良いな?戦うのは好きだが、好い加減この泥棒騒ぎを終わらせて、まちで一休みしたいぜ。言ったが、直ぐにベリーから叱られた。
「いけませんよ!花を取り戻したら、祭りの準備を再開しなくては!あと一息なんですから、休むのはまだですよ!」
言われて、そうだこいつはこんな奴だな、という事も思い出した。しかし、落ち込んだ様子はもう無く、すっかり立ち直った様子を見て、俺はそこで一息ついた。後はこいつと、相手の出方次第だ。
「しかし、頭領とは一体そんなヒトなのか、まちに恩恵を齎すとされた魔法使いがどんなヒトか会うのが楽しみです!」
そういや、この屋敷もとい森にはそういう話がまちに伝わっていたなと考えた。
本当に他の妖精や従者が言っていた頭領もとい主が、その恩恵を齎すとされた魔法使いなのか。もしそうだとして、その魔法使いが何を思って花を盗むという行為を妖精共に指示したのか。真相も好い加減知りたい所だ。
綺麗に整えられ、戦闘があった後もあまり跡が残らずその綺麗さを保った廊下の先、頭領が待ち構えているであろう部屋まで、歩いて後数歩といった所だ。




