8話 従者から挨拶
盗まれた花を追いかけていたはずが、いつの間にか自身が追われる立場になり、気付けば妖精共に囲まれている今日この頃。
絵本で見る様な楽しげな雰囲気なんてものは無く、ただただ侵入者に対しての怒りの感情を一身に受けて、こちらに向かって飛んで来る攻撃魔法を躱しては傷付かない程度に反撃し、そしてまた逃げる。
こちらとしては戦える機会を得られて嬉しいが、そろそろ目的となる『頭領』と呼ばれる人物にお目見えしたい訳だが。出てくるのは妖精、妖精に妖精と、同じような格好の妖精が群れで、正直見飽きて来たというのが今の心境だ。
先ほど戦った人間は結構手強く、剣術だけで魔法を応用しなければ未だあの部屋で苦戦していたところだ。あぁいう相手がいるにのなら文句は無いが、もう少し違う相手と戦ってみたいものだ。
「スパイン!喧嘩はいけない事です!私たちはあくまで花を盗んだ事情を調べに来たんです!ルコウさんの時は仕方なかったですが、これ以上妖精さんたちに怪我を負わせるわけにはいきません!」
と、ベリーが言っている為、今は逃げに徹している状態だ。不満ではあるが、ベリーに主導権があるから仕方なく、魔法も攻撃系は控え、補助のものに限って使っている状態だ。
妖精共も、捕まらない侵入者に対して焦りを見せてきたのか、段々と魔法の狙いがずれたりと行動にずれが生じてきている。どうにもここの妖精共は戦闘に不慣れな者ばかりだ。
今まで見て来た中で戦闘慣れしているであろうと思える者は、門番妖精と自称居候の人間位か。こんな状態で花を大量に盗み、揚句拠点であろうこの屋敷の警備は御ふざけときた。一体何を考えて森の外で盗みを働いたりしたのか。
未だに狙いが読めぬ頭領を探し、屋敷に中を駆けずり回っている現状、どうにも目的地が定まらないのは俺らも一緒だろうか。…いや、これはただ迷っているのではない。これは明らかに意図的に迷わされている状態だ。
「えっ!?これは魔法なのですか?」
あぁそうだ。そもそも妖精が得意とする魔法はこういうものだった。ここに来てから情報が抜け落ちてしまい嫌気がさす。
妖精というのは、打たれ弱い事で有名だ。魔法を得意とし、柔軟に様々な種類の魔法を使い分けるが、打たれ弱く接近戦が不得意な種族で一番に名が上るのが妖精だ。
だからこそ、妖精は自分を、そして住処を守るために魔法を使う。敵となる相手の方向感覚を奪い、道に迷わせ衰弱させるのが主な戦法だ。だから妖精の住処は外からは見つからず、未だに謎の多い種族でもある。
さて、妖精の魔法について振り返りはしたが、現在俺らは妖精の魔法で同じ廊下をぐるぐると彷徨っている状態だ。こういう場合、魔法を使っている妖精を見つけ出し、気絶なり何なりさせればその場から出られるのが鉄則だが、天井と床と壁とどこを見ても妖精が潜んでいるか皆目見当がつかない。
俺は戦闘向けの魔法の事しか考えて来なかったから、こういった補助だの相手を弱らせる、幻覚系の魔法に関してはからきしだ。戦闘に関わってさえすれば応用は思いつくのが、今回はお手上げだ。
「つまり、勉強不足って事なんですね!スパインはもっとしっかり本を読んで勉強しなくてはいけませんよ!」
うるせぇ。俺はヒトの知恵を借りる読書という手段が好きではない。自分で解決するのが一番楽しいし気持ちが和らぐ。
何て物思いにふけっていると、こちらに近づく気配を感じた。それも確かな殺意を込めた者が数体。速く動いているのを感じた。
やばいと思い、ベリーに呼びかけようとした瞬間、もう着てしまった。咄嗟に後ろに飛べ!とベリーに言い、素直に俺のいう事を聞いたベリーは前を向いたまま素早く後ろに飛んだ。その瞬間、ベリーの翼を何かが掠った。
翼を掠り、羽が一枚散るのを視界に入れて、一体何が来たかをベリーは見て確認した。
それは覆面に外套を着ており、顔がまったく見えなかった。だが覆面から少し見えた『ある特徴』でこいつらの正体が大体分かった。
ベリーに言う、気を付けろ。こいつら、獣人だ。
「ほんとうです!耳もしっぽももふもふです!」
ベリーが随分と興奮しているが今は良い。さっき覆面からちらりと見えた動物の耳らしき影。更に手が大きく爪が鋭く生えているのは、人工的な武器ではなく間違いなく本物であり、これも獣人の特徴だ。
明らかに戦い慣れしている体つきから、こいつらがここの戦闘の専門の部隊といったところだろう。成る程、妖精の魔法で道に迷わされていたのは、こいつらがここに到着するまでの時間稼ぎか。それにまんまと引っ掛かり、何とも腹立たしい。
まさか妖精以外の種族がこの屋敷にいるとは思わなかった。
「ルコウさん。」
いや、あの人間は論外だ。事故で偶々居合わせた様なものだ。
そうなれば、少しベリーが相手するには荷が重いか。明らかに接近戦が起こる事が予想される展開だ。いくらすばしっこく柔軟に動けるベリーでも、獣人の動きについて行ける分からない。俺に替わると思ったが、ベリーはそれを断った。
「ここは私が頑張ります!スパインはさっきの戦闘で疲れているでしょう?今度は私が頑張りますので、スパインは休んでいてください!」
いや、実際疲れているのはベリーの身体のはずなのだが、こうなったベリーが頑固になり話を聞かない。仕方ないからここはベリーに任せ、俺は様子を見る事にした。やばくなったら直ぐに俺が表に出るつもりでいる。
こうして始まったベリーと獣人の戦い。獣人はこの屋敷の警備兵として訓練を受けたのだろう、決定的な攻撃はしてこないものの、素早く立ち回り、こちらの動きを止めようと足を狙ったり、気絶を狙って頭を狙ったりと、入れ代わり立ち代わり攻撃をしていき、たった三人ではあるが、戦闘関係は素人であるベリーは、なんとか回避して凌いでいた。
速さに自身のあるベリーの動きはさすがと思うが、結局はそれだけだ。逃げるだけで相手に何もしてはいない。そもそもベリー自身が攻撃をしたくないという意思を持っているから、当然だろう。
ベリーが逃げ回り間、俺は出来る限り相手の情報を得ようと、ベリーの目を通して獣人の姿を追った。
さっきから爪を鋭く伸ばし、足を狙って攻撃している獣人は犬系の獣人だろうか。時折覆面から覗く口には牙が生えているのが見える。動きは大振りで、中ればそこそこの威力だろうが、速さはそこまでない様で、ベリーの素早さに追いつかず攻撃は空振りするばかりだ。
もう一人は同じく爪を伸ばして攻撃してくる、どこを狙ってる訳でもなくただ攻撃を中てようとしている様に見える。確かに小さい傷でも、付けば痛みで気が散り、動きに支障が出るだろうが、如何せんさっきの奴と変わらず大振りで、素早いがその速さを扱い切れてない様に見える。
三人目、こいつは他二人の補助だろうか。ベリーが動きた先に動き、ベリーを精神的に追い詰め動きづらくしている。しかし、その動きも他の二人がその補助の力が活かされておらず、俺から見ても惜しい力だと思う。
何やら見ていて発展途上という感じで、個々の力はあるが集団で組んで戦う事に慣れていないのか、俺の方が戦闘慣れしているからか、そこまで強く感じない。これならベリーでも対応出来そうだ。
とはいえ、これではじり貧だ。ベリーの方からも何かしらの行動を起こさないと終われないだろう。しかし、俺から見て弱い獣人ではあるが、飛ぶ事の出来るベリーとしてはどうだろうか。
今も獣人の爪攻撃を掠り、頬や足に掠り傷が出来ている。致命的な損傷でも無く、ベリーの動きの速さは変わらない。ベリー元来の我慢強さであれば、あの程度の傷は無いも同然か。
次第に獣人共が息を切らしてきた。そこには少し驚いた。身体能力が高く、体力だって従来の人間と比べて高いであろう獣人が、有翼人であるベリーより先に体力切れになるとは。いや、可笑しな事もでもないか。
ベリーはまちにいる時から、住民の手伝いをして駆け回っている。より多くに作業を、多くのヒトを助ける為により効率良く動く事を考えている。だから効率的な体力の分配が人一倍出来る。
一方の獣人共だが、よく見ると実戦慣れしていない様に見える。無駄な動きが多々見られ、そのせいで体力も余計に減らしてしまっているのだろう。まるで訓練兵の様だ。
侵入者に対して訓練中の奴をぶつける程、相手は余裕を持っているって事なのだろうか?
「…成る程、もって一刻程ですか。十分訓練を積んだつもりでしたが、外部の者対してここまでの失態、まだまだ見直すべき点を改める必要がありますね。」
突如背後から聞こえた声に、まったく何も反応出来なかった。今はベリーが表に出ているから俺が動けないのは当然だが、それでも声を聞くまで誰かが煎る事に気付けなかった。
一方のベリーはというと、声を聞いても動じる以前に突然の事で状況が飲み込めず、呆けた表情になって立ち尽くしていた。
ベリーが振り返った先には、女が紺色をした給仕服の様な服を着ており、スカート丈は膝下まであるが脹脛が見えていて(この世界での基準で)短い。
長いであろう花葉色の髪は、結い上げられて正面から見れば短髪に見える。
花葉色のソイツは、つかつかと歩いてベリーの相手をして疲れ切ってしゃがんだり座り込んだいる獣人共の方へと近寄り、最初に感じた穏やかな雰囲気のまま話し掛けた。
「あなた達は一度戻り次第、そしてしっかりと休んでください。反省はその後しても構いません。今回の件で反省すべき所を自分で考え、訓練に励んでください。」
言って、立ち上がり姿勢を整えてから俺らの方へと向き直った。一方の獣人共は給仕服に言われて、そのまま退散の形となった様だ。こちらに襲い掛かって来た刺々しい雰囲気は消え失せ、そそくさと走り去った。皆この給仕服の女に従順らしい。
「さて、あなた達の実力は分かりました。あの子達はまだ訓練を終えたばかり。実戦もまだ積んでおらず、あなた達の対応には随分と手を焼いた様です。」
今度は俺ら、ベリーに対して話し掛けて来た。その雰囲気はさっきと変わらなず穏やかで、この屋敷に入ってからどの妖精も侵入者である俺らに対して猛犬の如き動きと迫力で襲い掛かってにも関わらず、この給仕服は俺らに対してもさっきの獣人共同様に対応してきて、正直怖く感じる。
そんな俺の心境も知らず、ベリーはいつも通りの口頭を始めた。
「初めまして!私はベリー・ストロと申します!この度はあいさつどころか、正しい手順で入館する事なく手荒に事を起こしてしまい、本当に失礼をしてしまいました!」
言って直ぐに風を切る音を立てる勢いで頭を下げた。まるで見本と言うべき謝罪の姿勢をとった。そんなベリーからの謝罪に驚くどころか、表情を変える事無く給仕服も話し出した。
「こちらも、こちらも事情があれど、詳しい話も出来ず、あなた達に対して手荒なお迎えをしてしまい、大変失礼しました。
私はナナカ・トマーといいます。この屋敷の主の従者であり、また他の使用人たちのお世話係を務めてさせてもらっております。」
丁寧に自己紹介をし、従者もベリーと同じく深々と礼をした。そして改めてベリーの姿を見た従者は、感心した様な、嘆くかの様な複雑な表情を浮かべた。
「あれでもあの子達は、訓練を受けた者の中でも実力の高い者達です。しかし、そんな子達をあなた達は物ともせず、見事に凌ぎ切った。
考えてみれば、あなた達は既に戦闘に慣れてはいないものの、魔法を使いこなす妖精達の猛攻からも逃げ切ってここまで来たのですからね。」
それもそうか。俺も考えたが、あの身体能力の優れた獣人がベリーの動きについて行けなかったのも、元々は相手が攻めて来る事を肯定して訓練を受けていたのであろう。それが、相手は逃げてばかりで一回も攻撃も反撃もして来ない。
そりゃあ攻めあぐねる訳だ。ある意味ベリーの動きは正解だったんだな。
「いくらあなた達も実力が高いからと言って、このまま屋敷の中を進ませる事は、従者として見過ごせません。ここからは私があの者達に代わって、あなた達を討たせてもらいます。」
そう言うと、従者が片手でスカートを摘み上げ、もう片方の手で敬礼する様に胸に手を当て、頭をまた深く下げて礼をした。




