7話 傍から接戦
互いに啖呵を切りはしたが、言ってからは俺も人間も、どちらも動かずにいた。正確には動けない。どちらかが動いたその時、動いた方が攻撃される、という予測がついたからだ。相手もそれを察してか、動く気配が今の所無かった。だが時間の問題だ。
しかし、人間の持つあの棒、一体どこに仕込んでいたのか。あの大きな外套の裏にしても、外套が靡けば少しは分かるものだが、そういった動きは全く見られなかった。本当に丸腰で服以外に何も体に着けていないと思えた。
一瞬収納魔法を使ったとも考えたが、魔法を使った痕跡が無い為それはない。武器を持っていると悟らせない、訓練された動き、というものだろうか。
などと考えていると、相手側が先に動いた。先に動いた方が負け、では無いが少なくとも動けば隙を作る事になる。その状況下で先手を撃たれた。であればこちらは防御を選ぶ。
「撃を阻め!」
唱えたのは防御魔法。かなり短く詠唱を唱えたから、発動時間も短い。だが、一瞬でくるこの一撃を抑えるのはこれで十分だと思った。しかし、実際受けた一撃はかなりの重さだ。あんな細腕でこれだけの一撃を出せるとは、随分と引き締まった筋力を持っている様だ。
更にこの人間、本当に速い。一撃を受けたと思ったらもう次の一撃が来た。こっちは魔法の効果が切れたから仰け反って棒の先が鼻先を掠った。
これは、相手に先手を撃たれたのは不味かったか。こうも素早く動かれるとこっちから攻められない。次から次へと重たく速い、斬れないはずの木の棒から来る斬撃が襲い掛かる。それを小柄なベリーの身体で躱し、時に防御魔法で防ぎいなしていった。
そんな最中、俺は恐らく必死な表情で動いているだろう一方で、人間の表情は戯けているかの様に笑い、楽しげに棒を振るって跳び回っていた。一撃防ぐ度に驚いた様な、意外そうな表情を浮かべ、再び戦闘に集中する。正直見ていて腹立ってきた。
しかしこの人間、最初会って話していた時から怪しいと思っていたが、動きが護身術を備えた旅人って動きとは思えない。
あれだけ動いて息切れしている様子も無いし、これは戦闘訓練を受けた職業なのは間違い無いが、ただの戦闘員とは思えない。
とは言え、今は相手の正体を気にしている場合じゃない。このままでは防戦一方だ。いっそ大きく距離をとるか?そう思い人間の方を見たまま、壁に向かって翼を広げ飛んだ。これで相手がどう動くかは様子見として、こちらからも攻撃手段をとらなくては。
こっちが離れて距離を取ったのを見た人間は、手に持った棒を背の方にまで回して構えだし、明らかに何かをする態勢になった。やばい!と思い、いつでもどこでも動ける様こちらも構えた、直後に人間は構えから一気に持った棒を勢いよく振るった。俺は嫌な予感から、直ぐに防御魔法を発動した。すると俺の、ベリーの身体に強い衝撃が加わった。
襲撃の正体は、人間の攻撃だ。それも、先ほどの動きがその攻撃なのだと、受けてから気付いた。離れた場所から棒を振るっただけでこんなに強い衝撃を喰らわせてくるとは、やはり相当な訓練を受けた奴だ。
「…今のは、剣技か?」
「そうだよぉ。ほら、素早さに特化した『風』の名を冠した剣の技術さ。小さいころから修行したんだよ。」
よく知っている。確か四つある剣技の内の一つで、さっき人間が言った通り、剣戟の速さを重点とし、先手必勝を目的としている戦闘方だ。
使いこなせれば剣を風に変える事が出来るなんて話を聞いた。冗談かと思ったが、先ほどの遠距離の相手に斬撃を中てる技から、冗談ではないかもしれない。
他の剣技については省くが、少なくともその剣技を使えるというのは相当の腕前の証でもある。それならそれで、相手にとって不足はないな。
そこまで考えていると、ベリーの方から停止が掛かった。これ以上戦ってはお互い創痍するで得る物はないのだと。
だが今は断わる。こっちが仕掛けなくとも相手の方が仕掛けて来る満々だし、何よりあれだけ手強い相手だと、ベリーでは相手に出来ない。
「安心しろ。俺のやり方が戦うが、お前が心配する程痛めつけはしないから。」
言えば、俺のその言葉を信じてベリーは見守る事にした様だ。
とは言え、相手が手強く簡単に膝を付ける相手とも思っていない。近づけば棒ではあるが速く強い剣戟で痛みつけられ、離れればさっきの衝撃波を飛ばして攻撃してくる。厄介だ。
とにかく、こちらも速く動く必要がある。ベリーの身体でどれだけ動けるか、今までベリーに考慮して試した事がなかったが、ベリーにあぁ言った以上やるだけやる。
「剣戟と成れ!」
今早く詠唱出来る武器生成の魔法はこれ位か。状況が状況だけに、少し錬りが足りなかったかもしれないは、なんとか武器として、ベリーの体格でも扱えそうな片手剣の形に成る事が出来、これでやっとこちらも攻めやすくなった。
「おっうち合い?良いねぇ。こっちも攻撃ばっかじゃ攻めがいがないからなぁ。」
なんとも相手の余裕そうな台詞が聞こえ、その瞬間人間が瞬時にこちらに近づき、棒を振るうのが視界に入った。直ぐにこちらも応戦。鉄の木製がぶつかり合う音が響いた。
しかしあの棒、見るからに木製なのに魔法製の武器とうち合っても切れたり折れる気配が無い。ただの棒と思ったが、棒に硬化の術識でも掘られているのか。
術識は文字や絵という形で表現される魔法の力。術識は物や生き物に条件が合えば直接付与が出来、生き物の中には生まれながら術式を身体に刻まれた状態の者もいる。
鳥の翼の持って生まれ生きてきたベリーも、ある意味生まれつき飛ぶ機能としての術識を持った人物とも言える。
「いや、なんでわざわざ剣の形に掘られた棒で戦ってんだ、あんた。」
思わず人間に向けて直接疑問を投げた。その人間の戦い方が異様であり、いまだ勝ち筋が見えずに苛立った為か。声に出して、聞いた人間は一瞬だけ呆けた表情をして返答した。
「あぁ、これもトウリョーさんの温情さ。本当はちゃんとした武器を持ってたんだけど、そっちを没収されて、代わりにこの木の剣を持たされたのさ。」
なるほど、つまり本体なら牢屋行きであろう所を、屋敷の中限定で自由にさせてもらう代わりに用心棒としての役割を担う事になった訳だ。この人間が木製とはいえ武器を持っている時点で妖精側だったのは確定だったか。
そんな思考をしながらも、手に持った武器同士の打ち合いは続く。ベリーの身体である手が攻撃の衝撃で痺れて来るのを感じた。やはりベリーの身体では長い時間打ち合うのは不向きだ。多少は躱したりしつつ身体への負担を減らそうとするが、相手は許さないどころか容赦が無い。
一か八かやってみるか。俺も剣技を知識として知っているが、実戦で扱えている人間にそれが相手に通じるか当然分からないし、何よりもベリーの身体で扱えるか分からない。ぶっつけ本番だ。
うち合っている最中、人間の、特に足元に注視し剣を振るった。そしてここだと思った瞬間、思いっきり人間の足に蹴りを入れた。人間は少しふらついたがすぐに態勢を立て直した。だが、一瞬だけでも時間が出来た。その一瞬人間から離れ、詠唱を唱えながら剣を構え直し再び突撃した。斬撃と突き攻撃を交互に繰り出し、相手に攻撃をする隙を与えない。まるで床に円を描く様に人間の周囲を回りつつ攻撃を加えっていった。
「うっわ!魔法付きとは言えなかなかやるねぇ。急に隙が無くなったねぇ。」
言いながら、人間は未だに疲れを見せず俺の攻撃を防いでいた。躱したり棒でいなしたり、決定的な攻撃を加えられず、こっちも少し焦りが出た。その焦りのせいか、足がもつれ態勢を崩し目は人間から離しはしなかったが、片手が床に付き攻撃を止めてしまった。
隙が出来た。そしてその隙を当然戦っている相手である人間は逃す訳も無く、態勢を崩した俺に向かって棒の先を突き出して攻撃をして来た。
傍から見れば、まさに絶体絶命だろう。しかし、俺は心の底から安堵していた。やっと終わるかもしれない。上手くいった。この人間は気付く事無くこちらに向かって来ている。
そして人間が一歩こちらに向かって足を進めたところで、床に付いた片手の先に力を込め、『それ』を発動した。
俺が力を込めた瞬間、人間の足元、床が発光し始めた。
発光する床の上に立つ人間は、光には気付けたが咄嗟には動けず、その発光を見てただ驚く事しか出来ない。そして発光は強くなった瞬間、上に立つ人間にも異変が起きた。
「うっあ…なるほど、こりゃやられたなぁ。」
俺の意図に気付き、項垂れつつ力が抜けた様に膝を付き、床に座り込んだ。ちゃんと掛けた魔法が効いているのを確認して、こちらも身構えていたのを解いて大きく溜息を吐いた。
何が起きたのか、ベリーは分かっていないらしく俺に聞いてきた。俺は『魔法陣』を張っただけだと簡潔に説明した。そこだけを聞いて、ベリーは今までの俺の行動を思い返してやっと気付いた。
俺が人間の周囲を回りながら戦うという行動、それこそが魔法陣を張った瞬間だ。魔法陣とはさっき言った術識の円形の状態を指す。
魔法陣は発動する魔法を想像しながら円を描けば良い。後は円に触れ、魔法の力を注げば詠唱無しでも発動する。大事なのは発動する適切な瞬間だ。
最初は剣技を使う事も考えたが、ベリーの身体への負担を考え、この方法に切り替えた。さすがの剣術使いも、魔法陣の対抗手段を持っておらず、魔法陣によって発動した拘束魔法に掛かってくれた。
「いやぁ、こっちが使う剣技って早い内にケリをつける事を前提にしているからねぇ。継続して戦えはするけど、長引いた時の対処とか、あんま考えてなかったわぁ。」
どうやら相手はもう降参のつもりらしく、聞いてもいないのに自身の戦況をべらべらと喋り、武器である棒も手放して床に落ちていた。
完全な無防備となり、俺は一瞬だけ止めを刺す事を考えたが止めた。ベリーがいる以上、そんな野暮な事はしない。なにより肝心なのは戦いを終わらせて、先に進む事だ。
考えていると、廊下側から妖精共の声が聞こえてきた。いくらここが大事な部屋であっても、侵入者がいるとなれば探しに来ない訳にはいかないらしく、この部屋に入って来るのは時間の問題か。
「俺は先に進ませてもらうぞ。あんたはどうするんだ…って聞かなくても分かるか。」
「あははぁ。見ての通り君の魔法で身動き取れなくなったので、ここで大人しく他の妖精たちが来るのを待ちまぁす。」
決着はついたが、相手の態度を見て気が抜ける為にすっきりとはいかなかったな。まぁこれ以上ここに留まっていられないし、早く先に進む事にしよう。ベリーも急かしてくるからな。
ベリーに言われ、一度休む為に俺は意識を引っ込めて、ベリーに替わった。
「ではルコウさん!ここでお別れですか、縁があればまたお会いしましょう!」
ベリーが余計な事を言った気がしたが、聞き逃した事にして、挨拶を済ましてそのまま入って来た扉とは違う反対の扉を開けて廊下に出た。
「あーあ、やっぱ魔法使い相手って難しいなぁ。純粋な剣術勝負だけならもうちょい続けれたかもしれないのに。」
すっかり力が抜けて、愚痴を言いながら体を揺らして遊ぶように座ったままの人間の下に、侵入者を追いかけて来た妖精が集まって来た。
「ここから侵入者の気配が…って、人間!こんな所で何をしている!」
「今大事な時だから部屋で大人しくしていろと頭領サマに言われているだろう!」
部屋から勝手に抜け出し、近づいてはいけない区画に入り込んだ人間に妖精共は怒りを見せるが、人間は妖精の言葉を気にする素振りも見せず、変わらずふざけた様な表情で喋り続けた。
「この森に仕事で来て、トウリョーさんに捕まった時はどうしようかと思ったけど、またあんな手強いヒト戦えるとはねぇ。
人生何が起きるか分からないものだねぇ。」
誰に向けた訳でもなくへらへらと笑って話す人間に、妖精共は呆れてそのまま人間をほっておく事にしたとか。




