1話 朝から多忙
良く晴れた、それ程暖かくも寒くもない日。石畳が続く道に沿って白壁で鮮やかな朱色の屋根が並ぶ、程ほどの広さのまちがある。どの家の壁にも石造りの花壇が並び、家によって咲く花が違い、個性が出て道行く人の目を楽しませる様子が見て取れる。
そして、最近のヒトを花で楽しませるまちでは、多くの住民が忙しなく動いていた。ある者は大きなテーブルや重たい装飾品を持って運び、ある者は布や紙などで何かを作り、周りの家々の外壁に飾っていく。
それは正に祭りの準備であり、今から2日後、このまちでは『花祭り』が執り行われ為に準備にまちのヒトが追われていた。
それは大人も年端もいかぬ子どもも執り行い、まだ本番前であるはずが、まちは祭りの当日並の賑わいとなっていた。
そして当然ながら、こういう事は真面目な奴程張り切り、しなくても良い仕事まで受け持つ事があり、有り難くも迷惑な様子が見られる訳だ。
丁度そんな性格をした少女が颯爽と駆け回っていた。
「さーさースパイン!まだまだやる事があるんですから、一人ごねてないで気をしっかり持ってください!」
そう言ってオレを呼び、啖呵でも言う勢いで発奮させようとしているのは、このまちで一番元気とされる奴。
月白色の白髪は肩に付かない程度に長く、天色の目が輝いて見える程生き生きとした表情でまち中を闊歩していた。その手には他のまちのヒトが作ったであろう質素な装飾品が入った箱が両手で持たれ、それらを運び終わると、相済茶色の外套服を翻してまたどこかへと歩いて行く。これはまたどこかで仕事は無いかと尋ね、問答無用で手伝う算段だな。
好い加減休め。お前一人であれこれやって、他の奴が暇になっちまうんじゃないか?と休む事を促すよう尋ねるが、こいつ、ベリーには意味の無い事だった。
「だったらなおの事です!ひまになるというのは、このまちのヒトが祭りの日まで英気をやしなえるという事!まちのヒトには、是非祭りを元気に過ごしてほしいですからね!」
駄目だこりゃ。自分の事よりも他人の方を優先するこいつにとっては、最早自分が疲れる、自分も祭りを楽しむ、なんて事は端から頭にない。正しく自己中心かつ自己犠牲の塊。
おまけに頭も固いとくれば、どんな説得も無碍となる。常日頃そんな様子を見てきた俺だから、これ以上は俺が疲れるだけだと分かり、諦めてこいつの様子を見ている事にする。
あれこれと仕事をこなし、ある程度飾り付けが終わった所で、ベリーはまちの景観を一望した。表情は相変わらず疲労の欠片も見られず、むしろ達成感で満たされた満足気な表情を浮かべる。
もう完成と言える、飾り付けされたまちの様子。しかし、実の所これでまだ完成ではないのを俺もよく知っている。だからこし、ベリーはまた働くだろうと予想し、見事に当たってしまう。
「さぁ、残すは祭りの主役である花ですね!確か、花屋の店主が魔法で保存し、用意してくれているはずです。様子を見に行きましょう!」
まだ動くのかよ!分かってはいたけど。もう休もうぜ、と言っても無駄だと分かっていても思ってしまうし、実際口に出てしまう。そして結局俺の話は聞かれないという事も。
「良いですか!?もし何かのはずみで花が全てだめになっていまう事態になったら、せっかくの祭りの準備がむだになってしまいます!これだけの皆さんのがんばりを無駄になるなんて、あってはいけません!」
他の誰に聞かせる訳でもない、俺に向けての力の入った説教を言い放ち、そのままベリーは花屋のある通りの方へと音を立てて突き進んだ。
「ベリーちゃん、相変わらず大きな声ねぇ。それに、また『独り言』を言ってる。」
「いやいや、あの子はあれで自分に発破をかけているんだよ。」
まちのヒトが、ベリーに向かってそんな事を言っているのは、本人には聞こえておらず、俺の耳にはしっかりと届いており、俺は心の中で大きく溜息を吐いた。
花屋の前、普段なら店先に商品である花が色とりどりと並び、ベリー曰く、芸術品であるかの様に見えるとの事だ。
だが、今はその商品である花は見えない。祭りが近づき、店は祭りが開催されている間は休業となる為、花は片付けられている、という事ではないらしい。何やら店の中で外の飾り付けの時の慌ただしさとは違う、嘆く様な悲痛な声が微かに聞こえた。
「あぁ、どうしよう。まさか…こんな。」
それを聞いて俺が真っ先に思った事は、あぁ…またお節介が始まるな。だった。
案の定、声を聞いたであろうベリーの表情は強張り、俺が一声掛ける前に店の扉をこれでもかと言う位大きな音を立てて開けた。今での扉の金具がいかれたのではないか?と思う俺を置いて、ベリーは店の奥へと行き、声の主の姿を探した。
声の主である店の店主は簡単に見つかり、ベリーは店主を見て話しかけた。
「店主さん、どうしたのですか!」
声は大きいが、あまり圧しつけがましさは無く、相手の反応を待つ落ち着いた様子ベリーに見られた。ベリーは普段から大きな声で自己主張が強いが、案外他者への配慮をよく考えている。要は愚直とも言える。
さて、店主の方はベリーがいきなり入って来て驚いた事もあり、話しかけられて返事をするのに間が開いたが、直ぐに持ち直し、話を始めた。
「じっ…実は、花が…ここに置いておいたはずなのに、どこにも、なんで。」
話は出来たが、まだ混乱状態でたどたどしい話し方をして、状況を必死に伝えた。そして、花という単語を聞いて俺は察した。
実はこの店の中に入ってから違和感があった。花屋と称しているのだから、休業中とはいえ当然花が置いてあっても可笑しくはないはずだ。だが、店の中には花が一輪も見当たらず、恐らく花が植えてあっただろう植木鉢には、土が入っているが、不自然に何も生えておらず、まさにあったはずのものが無くなった様に見られた。
「落ちついてください!花が?花が、誰かにぬすまれた、という事ですか?」
「分からないんです。確かに昨日の内にも装飾用の花を増やして、ちゃんと保存の魔法も掛けてこの部屋に置いといたはずなんです。それが、朝起きて見に来たら一輪も無くて。家の鍵だってちゃんと掛けておいたはずなんです!」
さっきベリーが力一杯に扉を開けていたが、どうやらいつの間にか鍵は開いていたらしい。商売をする奴であるなら、確かに鍵を掛けないなんて不用心な事は無いはずだ。
鍵を開ける方法は鍵を差し込んで回す以外にもある。細長い先の曲がった道具で錠を回すというものもあるが、魔法を使うという手段もある。だが、そこまでして花を大量に盗むなんて事を誰がするのか。
まちの住民がしても意味が無い事から、部外者による者だと考えられる。動機に関してはいまいち分からないが、そうとしか考えられない。
「…ゆるせませんね。」
思考していると、ベリーが俯き静かに言った。次の瞬間、勢いよく顔を上げ、怒りを露わにした表情で声を張った。
「みなが楽しみにしていた祭り、花祭りの花を盗むというのは、それ正にまちのヒト達へと侮辱です!何より盗みは犯罪です!このまま花を盗まれたまま、盗人を逃すわけにはいきません!」
真っ直ぐにただ花を盗んだ者への怒りを露わに、そして犯罪を犯した者への懸念も見られる。ベリーは悪人に怒りはするが、同時にその行為を止めようとする慈悲がある。そういう性格を俺は好きではないが、嫌いでもなかった。
それよりも、花を盗んだのが誰か分からないこの状況で、犯人が誰か、犯人がどこへ行ったかをどう調べる気なのか、それが気になりベリーに聞いた。
「当然しらみつぶしに探します!…と言いたいところですが、花泥棒さんは、たくさんここの花を盗んでいます。もしかしたら、まだ花を集めているかもしれません。」
確かに、そもそも花を大量に盗むなんて、滅多な事じゃない。何に使うか分からず、使うとすれば部屋に飾る位しか思いつかない。そんな花を一度に大量に盗むとなれば、それほど相手は花を欲している可能性があるのは確かだ。もう既に犯人は十分な量を手にして、もう遠くへ逃げてしまった後かもしれないが。
そう言い終えるはずだったが、外から聞こえる騒ぎの声が耳に入り、話を中断せざるおえなかった。
外で何があったのか、確認の為にベリーは入って来た時と同様に扉を力一杯込めて開き、金具の心配を余所に外を出て見た光景は、慌てふためくまちの住民達の姿。今度は何があったか確認しようと辺りを見渡す。すると、ここにも不可解なものがあった。それは、確かに朝見た時にはあったものだ。
このまちの象徴、シンボルとも言える家々の壁に接する様に設置された花壇、そこに植えられていたはずの花が一輪残らず無くなっていたのだ。
「おい!家の花壇の花、どこにもねぇぞ!?誰だ勝手に抜いたのは!」
「ちょっと!?私の花も無いじゃない!」
「確かにさっきまで生えてたのに!何時の間にか無くなっちまった!」
皆、自分の家の花壇から花が消え失せ、それが原因で隣家と喧嘩したり、しゃがみ込み嘆く者など様子は様々だ。そんな住民らの共通と言えば、花が無くなった。それだけだが、それが今俺達、もといベリーが欲する情報でもあった。
花が無くなった、という事は何者かが何か手段を使い、花を盗んでいるという事だろう。植物が自然消滅する現象など今まで見た事無いからな。
この状況から察するに、花屋から花を盗んだ奴と、今町中の花壇から花が消えた、もしく盗んだ奴は同一犯だろう。ほぼ予想の域だが、この予想は当たっているだろう。そう確信した。主にベリー自身が。
「これはいけません!まちでこれ以上混乱を起こすわけにはいきません!何ともしても犯人を見つけなくては!」
そうは言うが、その犯人はどこ行ったんだ?こんだけヒトがいる中、気付かれずに花だけを盗んで立ち去るなんて、そこまで考えて、ある可能性が頭を過る。
魔法、先ほども魔法を使って鍵を開けた可能性を話したが、まさか他の花もそうなのか?気になり、ベリーに店の扉を見てもらう様に言った。
素直に扉の方を見たベリー、俺は一緒に見て鍵を注視した。そしてそこに、確かに魔法が使われた痕跡があった。魔法を使うと、火が点いた後の焦げ跡や、水が触れて濡れた跡が付く様に、魔法も接触したりするとただ見ただけでは気付かない『魔法痕』が残る。
こうして、魔法が使われた事が確定し、更に誰かが意図して魔法で盗みを働いたという可能性が濃くなった。
「なんて事!魔法を使ってこんな悪事を!しかし、犯人はどこに?」
落ち着けとベリーに言い、俺は魔法痕をよく見た。すると、魔法痕は他の花壇や石畳の道にも見られた。どうやら魔法の使い手は魔法を使ったら、常に魔法の力を垂れ流している状態らしい。要は水が入った入れ物を傾けたまま持って歩き回り、水を零して回っている状態の様なものだ。
魔法の扱いに関しては独学か何かで学び、正しい魔法の力の留め方を分かっていないというのが察する事が出来た。
「それで!その魔法痕はどこに続いているのですか!?」
いちいち声が大きい。跡を辿ると、それはもちに隣接するようにある森の方へと続いていた。犯人は森の中に逃げ込んだという訳か。
「分かったとなれば急がねば!これ以上皆を悲しませたままには出来ません!」
そう言うと、ベリーは自身の背から大きな羽ばたく音を響かせ、真白な翼を広げた。ヒトの姿で鳥の翼を持つ有翼人であるベリーは、普段は翼を使わず足で歩き移動するが、いざという時には翼を出して飛んで行く。基準は知らないが、今回は相当急ぎ解決したいと思い選んだ移動手段らしい。
「さぁ行きましょう!もたもたしていたら、泥棒さんがどこか遠くへ行ってしまいますよ!」
そう言い、前を見据えたまま姿勢を低くし、勢いよく飛び出し、羽ばたく音で周りを驚かせつつ、森へと向かった。
ベリーは俺にも行くと促すが、俺はベリーが動けば『勝手について行く』身だから、と言う暇も無くベリーは速度を上げて飛んだ。
そんなベリーの姿に、またベリーが何かを始めたぞと、慣れて恒例と化したベリーの突飛な行動を遠くから見つめつつ、祭りはどうするかと住民達集まり、話し合いが始まっていた。




