46話 森で悦ぶ(終)
陽射しが緩やかで、昼寝をする動物や枝にとまる鳥、どこかで一休みする村人にとってはとても良い一日となるだろう日和。草を踏みしめる音をたてながら、キツネの姿をした者がどこからともなく歩いて来て、誰に話し掛けるワケでも無く口を開き、話し出した。
「『あの子』が『浄化』に失敗したのは、私達が『あの子』を『ひとり』にしてしまったから、なのだろうな。」
ちょうど雲が流れて来て、日が流れてきた雲に隠され、明るい場所は陰り辺りは暗くなるが、それほど暗さは無い。ただ不安な気持ちを誇張させるだけだ。
キツネは話の続きを話した。
「『あれ』はヒトや動物、あらゆる生き物の負の感情を集め、更に助長する働きがある。そして、負の感情を持つ者を操る事が出来る。
『あの子』は優しく、ヒトの為に強くなれる子だった。だが、それ故にひとりになった時の寂しさといった負の感情も一入だっただろう。そして、核を撃たれ一時的に行き場を失った、貯まりに貯まった負の感情が『あの子』に集まり…まさかヒトを受け皿の様にして『存在』の負の感情を貯める力を代替わりするなんぞ、私達もそこまで考えが至らなかった。
そうして、『あの子』は『存在』の代用品として、何年もあの場所でただ有り続けたのだろう。」
ただただ後悔し、懺悔でも吐き出すかの様に話をした。俯き陰って暗くなった今のこの場所と同じ様となり、キツネ、もといカナイは誰にも聞かせる事の無い話を吐き出す。
実際聞く気も無いのにベラベラと独り言をして、オレは仕方なくその話を聞かざる負えない状況になったワケだが、話を耳に入れたおかげで、少しだけ口を出す気になってしまった。
「本当に、あの場所に行けたのってアンタらの言う『あの子』ってヤツだけだったのか?」
「あぁ、そこは私達皆で試したさ。結局誰一人、『あの子』と一番仲の良かった奴も行けなかった。もしかしたら、私達以外の、他所の誰かなら行けたのかもしれなかったが、何分時間が無かったからな。
…もし、誰か一人でも『あの子』と共に行けたなら、或いは。」
そこまで言って、カナイは言いよどんだ。もしもの話をするヤツは愚かと誰が言ったか。カナイもそう思ったのか、それ以上その話を続ける事は無かった。
特にオレは気にする事もなく、オレはカナイが話し終えた所で寝転がるのを止めて起き上がり、そのまま立ち上がった準備を始めた。
「あぁ、もう行くのか。」
「まぁな。…しかし、アイツ来るのが遅いな。」
立ち上がるなり、オレは今この場にまだ来ていない人物に対して愚痴を零した。カナイはソレを聞いて呆れた様子になった。
「こらこら。こういう時は黙って待ってあるものだぞ。準備ってのは大事、と言うかお前の方はもう少し準備に気を付けろ。昔散々お前だって気にしてやったろうが。」
カナイに言われ、オレは何度目かにない溜息を吐いた。本当にカナイ達はアイツに対して甘い。そう言うと皆してお前もだと言って来る。毎度何故そう言われるのか分からない。
「しかし、二人が揃って『素質』持ちだったにも関わらず、まさかあの『存在』の土地守に二人一緒になるとはな。」
『浄化』を無事に済ましたオレ達は、オレとアサガオ、互いに無事である事を確認したらすぐにあの空間から脱出した。案外すんなりと出れたので拍子抜けしたが、空間の中で随分と苦労した後だから、それはそれで助かった。
外に出て、待ち受けていたカナイからの洗礼としての抱擁は、オレの疲れて傷だらけの体には効いた。若干骨が軋む音が鳴った気がしたが、疲れた状態ではもう指摘する気も無かった。
その後、あの空間にいた事による後遺症らしきものも無く、存外以前と同様の平穏且つ騒がしい日常に戻れた。だが、今回の異変を経験して、オレは『存在』を認知した以上今まで通り過ごすつもりはなかった。
オレが起こした行動は、『存在』に対し土地守達がしてきた様に何かしらの対策をとる事だ。カナイの言う通り、まだ仮としての扱いではあるが、土地守となり、貯まった負の感情の『浄化』を適度に行い、空間に異常が無いかを見回っている。
何故かアサガオまで土地守になると言い出し、止める声も聞かぬまま、カナイ達からも推されて、結局二人一組の土地守となった。つまりはいつも通りだ。
例の『ヒト型』は、どうなったかはオレに分からない。オレらが一度出てから丁度一ヶ月経った頃にもう一度入ってみたが、そこには『ヒト型』の姿が無かったからだ。詳細は不明という事になったが、なんとなく勘ではあるが、もう『ヒト型』の事は気にしなくても大丈夫だと思う。本当になんとなくだが。
あの空間自体も、以前感じた異質さも無くなり、今では正しく木の洞の中といった見た目と雰囲気になっていた。正確には戻った、と表するべきか。
「今ん所は問題無ぇが、またあんな面倒事を起こされちゃたまらねぇからな。」
言ったものの、下手をすれば大陸全土どころか、世界規模に被害が広がっていたであろう異変を、自力で食い止めていたセヴァティアはやはり桁が違い過ぎて一人だけ怪物の領域にいて、恐ろしく感じた。ソレはカナイも一緒らしい。
「何かあれば私達が助けになろう。土地守としての先輩として助言するぞ?」
「へいへい…おっ。」
カナイの先輩面を軽く流しつつ話を区切ろうとすると、目当ての人物がやっと来たのが見えた。
いつも着るワンピースの上から薄手の上着に羽織ってはいるが、やはり相変わらずの軽装に見える。もう少し着込んでも良いと思うんだが。
「良いじゃないか。今はもうそこまで危ない場所でもないのだろう。それに何より、お前が一緒なんだから。」
異変の時のしおらしさはどこへやら、完全に安心しきった態度で、相手の衣装に寛容な表情で見て褒めていた。
他の土地守や領主らも、オレに心配の言葉は無く、代わりにアサガオを守れ、と念を押された。言われなくても分かっているというのに、大人と自称するヤツらってのは、やる事が変わらない。
「あー…ほれ、早く済ますぞ。」
言って相手に手を差し出し、相手もオレを一瞥してすぐにオレの手を取り、微笑んでおれの歩みに会わせて一緒に歩き出した。カナイはオレら二人の後姿を、巣立つ自身の子どもでも見る様に見送った。
行く場所はこの世界の行く末に関わる大事な場所のハズ。だが、この場にいる誰もが、その場所へと赴こうとしている二人からは、そんな重要な場所へと足を踏み入れるという雰囲気が全く無い。実際、二人はそんな風にもう考えていない。
大事だからこそ、その場所を恐怖や厳かなものとは思っていない。ただ、ヒトとヒトが見えないもので繋がり、ソレを守り支える場所と思っている。
だからこそ二人は行く。多くのヒトが、また繰り返される日を送る為に。ソレは自身を含んだ日常である事の再確認の為に。
思えば、産まれてから70年、正確には物心ついた時から数えてだから正確な年は分からないが、それだけ長く生きたオレは、多くのヒトや生活を見てきて、そして暮らした。
最初はイヤなものばかりだった。だから、世界にはソレしかないのだと思っていた。だが、そうではないと気付かされた。当たり前に飯を食える日、当たり前に挨拶をする日、そしてヒトと話す日。そんなものがある事を教えられた。
だからこそ、オレは何が良い事かを理解し、そして悪く事が何かを理解し、その悪い事そのものが自分自身なのだと思う様になった。
バカと思われるほど単純な思考だった。でも、本当に色んなものと出会った。
色んな事に気付いて、気づかされて、そして今のオレはいる。
その中で一番記憶に残る出会いは、ただ一人だった。
ソイツはただの人間で、力も弱く魔法の一文字さえもまだ使えない、本当に小さな存在だ。小さいと言えば、またソイツは怒るだろうが、そんな事も日常風景になり、安心させられる。
そして、人間だ。いつかソイツは年をとってオレを置いて去っていく。出会って別れる、分かっていても、進んで味わいたいとは思わないあの感じは、正直ツラい。
だが、ソイツと過ごして、オレはただ分かれて終わる事はないのだと分かった。
ソイツはいつか寿命が尽きて命を終わらせるが、ソイツの子が、孫、そして子孫が産まれる。そうして繋がり、ソイツの血が続いていく。
ソレはオレ自身も同じだった。誰かと出会い、ソイツがオレを覚えている事で、オレの姿が、記憶が、意思が続いてく。
そうしてオレ達はこの世界が続く限り、この世界で生き続ける。永久とも言える時間と空間の中を在り続ける。
そして今日も、少しでも世界とヒトが続く様にとオレ達二人は進む。この悪い事と悪いヒトだらけの世界で生きてあり続ける為に。
『共』に在る為に。
「しかし、そのちょっと近所に出かけるって感じの服とか、どうにか出来ないか?…分かったよ。ほら、行くぞ。」
「うん!」




