43話 想いで決心
思い出して、再びヒドイ人生だと実感する。
孤児院で暮らし、やっとまともに暮らし始めたと思った矢先にあんな失敗をした。
そしてまた一人になって放浪し、土地守と出会って苦労をして、そんな中出会ったアサガオの存在は、オレの中の痛い場所を的確に突いた存在だった。と同時にオレの『一部』の様に思えた。
そんな中でのあの出来事。同じ様な失敗に反省の色も感じられないオレ自身のバカさ加減に、怒りを通り越して呆れた。
そんな風に自分の出来事や、その時の思いや感情を振り返って、オレは分かった。あの『ヒト型』の攻撃を喰らって聞こえた声、そして聞き覚えのあるあの声は、オレがあの時占めた感情と同じだった。
誰かに対して感じた怒り、誰かに仕返しをしてやりたいという憎しみ、そういった負の感情が凝り固まったものがあの声だ。更に何かを失って胸を占める悲しみや、同情しつられて沈んだ気持ちになる事さえも、負の感情の一部なのだ。
思えば、今まで負の感情を出さないヒトや動物を見た事が無い。濡れ衣を着せられ、憤り諦めを見せた小鬼。棲みかを失い、他所の土地を移らざるおえなかったモグラ共に、畑を荒らされ怒る農家達。そして大事な物を無くし、悲しむ生徒。皆何かしらに怒り、泣いて負の感情をむき出しにしてきた。
『存在』は広く根を張っていると聞いた。そして負の感情が集まり、異変が起きたと。もしかしたら意識的に負の感情を集めたワケではないかもしれない。『存在』はヒトの思いを汲み取る力を持ち、ただ多くのヒトが『そう願った』だけかもしれない。
だって、常にヒトは、動物は負の感情を出している。誰かを助けた事で、他の誰かを見捨てたかもしれない。誰かが望むものを手に入れ、誰かは望むものをとられてれに入れられなかったかもしれない。誰かが嬉しいと感じる事は、逆に他の誰かにとっては悲しく、嬉しくない事かもしれない。そんな事が溢れている。
だからこそ、『存在』は異変を起こしたのかもしれない。当たり前の事だから、例え確固たる意思を持っていたとしても、きっと同じように異変を起こしただろう。だって、多くのヒトがそう望んだのだから。
何かが欲しい、でもアイツがジャマだ。だからアイツを消してほしい。幸せになりたい。でもアイツがいると幸せになれない。だから消してほしい。アイツがいなければ良い。
そんな、誰かを少しでもジャマだ、見たくないと思う気持ちが集まり、固まったのが異変の全てだ。ヒトの負がヒトを傷つけた。『存在』は切っ掛けに過ぎない。
誰もが負を持っている。負を悪とするなら、誰もが悪者だ。ヒトを助けたい善人でさえ、他人にとっては悪人になる。誰もかれも、動物でさえ悪者になる。
この世界は、悪しか存在しない。
ヒドい世界だ。道理で生きづらいワケだ。だって誰もは悪を憎んでいる。憎まれれば肩身の狭い思いをして、平穏に暮らしていけるワケが無い。平気だと口で言おうと、きっと誰かが動いて、ソレを切っ掛けにソイツはヒドい目に遭う。結局だれも平気ではいられない。
そしてオレも、悪者の一人だ。存在を否定され、他人を傷つける事しか出来ない、ヒトの形をした害なんだ。だからいつもツラい思いを感じている。そういうものだから。
今まで生きてきたのも、運が良かっただけだ。きっとそうだ。
本当に?本当にソレだけでオレは生きてきたか?もっと他にあったハズだ。忘れてはいけないものだあるだろう。
頭の中で自問自答して、頭の隅を追いやったものを出そうとする。でも、上手く思い出せない。まだ体の傷と声の洪水の余韻が残っているから。何より、もう疲れた。
ここまでカナイに言われ戦い、山にも登ってまた動き回って、好い加減体力の限界だ。いくら鍛えてたって妖精種の元の生態の事もあり、体力は少ない。
むしろよく動いたと自分で褒めてやりたい。…こんな時、何かを察してか頭を撫でてくるヤツがいたな、と思い出していると、オレの頭を何かが触る感触が伝わった。
気づくとオレは目を閉じていて、何がオレに触れているのか確認するためにゆっくりと目を開けた。
そこにいたのは、何時もよく見る幼い人間の子、最初に見た大きな翡翠色の目は変わらず、オレが目を開き、自分の事を見ていると分かると、不安そうな表情からすぐにパッと明るい笑顔になった。
「…アサ、お前…なんで。」
今目の前にいるアサガオの存在を認知出来ても、理由を頭で模索しきれず言葉足らずになってしまった。何より未だ言葉の洪水がオレを蝕んでいて、本当に目の前にアサガオがいる事が信じられずに凝視した。
そんな混乱状態のオレを置いて、相変わらず嬉しそうにオレの頭をなで、声を出して喜びを表していた。良かったねとか、元気を分けるねとか、意味の分からない言葉も言った。
変わらないコイツの言動に、何故か呆れつつも、どこか安心さえして目元が潤み、視界が霞む。
そういえば、結局あの後どうなったか、今思い出してきた。
あの後、オオカミの群れは統率者が侵された毒を浄化された事で正気に戻り、怪我人は出たものの、死者は出なかったという事で騒ぎは治まっていた。
オレが斬りつけたオオカミ共も命に別状はないらしく、怪我が治りしだい、群れと合流し、棲みかへと帰ったという。
他のヤツはそれで良かったのだろう。だが、オレはあれから、家に籠っていた。カナイから事の顛末を聞き、アサガオの状態を聞くだけで、他に何もしなかった。
アサガオは無事だ。傷は出来たが、ギリギリの所でお前は正気を取り戻していて、アサガオの傷も浅く済んだ。…今回の事は私達にも責任がある。まだお前は完全に魔法の力を制御しきれていないと知っていながらも、お前を前線に出した。アサガオを一人にした事だって、私達は気にも留めなかったからな。だから、お前一人が責任を背負う事は無い。大丈夫だ。
それからカナイは、オレにあれこれ言った後、アサガオを預けたむらの方に行くと言って、オレから離れた。
…何が大丈夫なものか!結局またオレはヒトを傷つけた。しかも今度はオレが直接手を下してしまった。アイツは泣いていた。言いつけを破り、勝手について来たアイツも悪いが、アイツはただ心配でついてきた。ソレは分かっていた。そんなアイツをオレは剣で傷付けた。本当にヒドい悪党だ。
今アイツはどうしているか。止血して安静にしていると聞いたが、そんな心境でいるのか。あの子と一緒だろうか。信頼していたヤツの恐ろしい姿を見て怯える、梔子色の子の姿を頭の中に浮かぶ。
もう会えない。そう確信してしまった。何より、自分を傷つけるヤツと一緒に暮らすなんて、恐ろしくて一緒に居られるワケが無い。
放浪していた自分に投げかけられた誰かの言葉を思い出す。
誰もお前の事なんて気にしないし、いなくなったって何も変わりやしないさ。
誰が言ったか覚えていないのに、言葉だけはそのまま覚えていた。誰にも相手されない、必要とされない。そんな現実を受け入れつつも、どこかで受け入れきれない自分がいて、もどかしい思っていたのは事実だ。何をしても傷つける事しか出来ない自分にも、傷つける以外でヒトを助ける力がないかと、考えた事もあった。
だが、結局は結末は一緒だったと落胆し、オレはカナイにここを去る事を伝えた。アサガオには一言謝るつもりではいた。以前は一言も話さないまま出て行ったから、その事が心残りとなっていて、今回はちゃんと話してから去るつもりでいた。
カナイには当然止められた。考え直せといった旨の事を言われたが、もう決めた事だった。ここにはいられない。当然の事なのだと。
すると、扉が相手誰かがオレとカナイが話をしている部屋に入って来た。ソレはアサガオだった。頭に巻いたばかりの包帯が目に入り、心臓を締め付けられた感覚になったが、どうしたか、と聞く前にアサガオが駆け寄り、オレにしがみ付いて来た。何があったと聞こうといたが、ケガの事があり、つい尻込みして上手く声を出せず、必死にしがみ付くアサガオを見ているだけだった。
代わりにカナイがどうしてオレにしがみ付くのかとアサガオに聞いた。すると、アサガオは涙声で謝りだした。何を言っているのか分からず、アサガオの言葉を聞いた。
いいつけをやぶってごめんなさい、おこらせることをしてごめんなさい、だからどこにもいかないで、ずっといっしょにいて、と。
どうやらアサガオはオレに斬りつけられたのは、自分が言いつけを破ってソレにオレが怒ったからだと思い、怒りが収まらず家を出ようとしている、と思っているらしい。
何とも幼い子どもが考えそうな単純で、我が儘な言い分だ。
だが、何故か、そんな子どもらしい言葉にオレは、涙が止まらなかった。
自分なんていない方が良い、そう思っていた矢先にこんな我が儘を聞いて、『嬉しい』と感じるなんて、オレもなんて単純な生き物なんだろうか。
必死にオレの足にしがみ付くアサガオの手を一旦解き、ゆっくりとオレはアサガオの背に腕を回して抱きしめた。どうしてもオレがそうしたかったから、出来る限り弱く、それでも出来る限り強く抱きしめた。
アサガオも、一旦解かれた事にまた涙を増したが、オレに抱きしめられた事に気付くと、今度はアサガオの方が力一杯抱きしめ返した。耳の近くから聞こえるアサガオの声は、もう泣いておらず、逆に微かに笑っているのが聞こえた。
アサガオは変わらない。変わらず笑い、そして怒ったり泣いたり、我が儘ばかり言う。カナイ達はアサガオを『良い子』と評するが、そんな事は無いとオレは思う。アサガオは、良い子などではない。むしろどんな子どもよりも自分勝手な人間だ。少なくともオレが出会った中で一番だ。
だからこそ、オレは二度とアサガオを傷つけないと同時に、自分の命を代償に大きなことを成し遂げようと決めた。
大事なものを傷つけたのなら、それ位しなければいけないのだと思った。だがアサガオはヒドイ我が儘を見せた。
あれだけキツく怒鳴りまでしたのに、アサガオはオレの所まで来た。あの時泣いて反省したと思ったのに、本当に我が儘で反省の出来ない人間だ。
本当に、お前がそういう人間で、オレは助かった。
思い出に耽るオレに待ちくたびれたのか、再び地揺れが起きてオレの意識を覚醒させた。そんな中でもアサガオは辺りを見渡してはオレを見て首をかしげている。本当に呑気なヤツだ。
とにかく一休みしたおかげで傷の痛みを少しは治まり、先ほどまで頭の中を占めていた声をもう聞こえない。だが傷自体は治ってはいないという事実を自覚してオレは目的の方へと向き直った。
オレが離れた距離にいたから、本当にあの『ヒト型』も『植物』も無反応で襲い掛かって来る気配が無い。でなければ今頃アサガオも餌食になっていたワケだが、本当に植物しのものの反応だ。
オレは立ち上がり、剣を持ち直して鼻で大きく息を吸って吐いた。アサガオはオレが動き出すと同時に一歩下がり、オレの姿を見て表情を引き締めた。こういう時だけ、本当にコイツは雰囲気を読んでいて、分かっているのか分かっていないのか、読めないヤツだ。
「アサ、そこを動かずオレの背中だけ見てろ。お前はそこにいるだけ良い。」
振り返りアサガオにそう言い聞かせてからオレは構えた。するとアサガオはオレに向かって声援を送った。もしも声に反応してアサガオに標的が替わっても大丈夫だ。そうなっても、いつも通りオレが守れば良いだけだ。
準備完了としてオレは核と、そして『ヒト型』へと目を向け、行くぞとアサガオに声を掛けてから駆け出した。




