29話 奇策で討つ
今はこの部屋で派手に動いているのがオレとレン、そして小鬼の《ボス》だ。まだ他にも小鬼が残っているハズだが、どこかで身を潜めこちらの様子を伺っているのだろう、微かに視線を感じる。
オレらが戦っている間、後ろで待機するアサガオが隙を見て小鬼に襲われないか不安はあったが、そういった事にはなっていないらしい。ボスの気配に圧されて、下っ端共も下手に動けないのだろう。なら好都合だ。後ろにいるだろうアサガオを再びみた。『アサガオの姿はなかった』。だがそれで良い。ちゃんと言った通りにしている事の証だ。
言っておくが、アサガオを放置して危険に晒しても平気、というワケではない。
アサガオは基本素直だが、たまに我が儘になり留守番して家で待つことをイヤだる事があるが、基本こちらの言う事は聞くし言う通りに動く。ソレを知っているからこそ、アイツになら任さられると先に指示しておいた。
アサガオは隠れるのが得意で、いつか小鬼と遊んでいた時も、気配に敏感で嗅覚が優れた小鬼との隠れ遊びでも、最後まで見つからずにいた実績がある。小鬼共は大変悔しそうにしていた。そりゃあ、隠れたヒトを見つける事に自信があったのに、見つける事が出来なかったワケだし、アイツらも随分とアサガオ相手だと子どもっぽくなる。話が逸れた。
今回も小鬼はアサガオを襲ってくる事は無さそうだが、それでも絶対ではない。もしかしたら何かの拍子に隙だらけのアサガオを襲って人質にでもするかもしれない。もちろん警戒した。だがアサガオは今、小鬼に襲われていない。それどころか小鬼もアサガオの姿無い事に気付き、辺りを見渡しているのがチラリと見えた。見つかっていないらしい。
どこかの岩影、それも地面から随分離れた場所、岩壁をよじ登りでもしないと行けない様な場所にアサガオは立っていた。部屋の影沿いはどうやら細い通路の様になっているらしく、慎重にその通路を進み、オレの指示通りに動いていた。小鬼の姿が見えたら、姿勢を低くしゆっくりと進んでいる。アサガオがオレの指示通りに動いていると予測すれば大丈夫だろう。
その間、変わらずレンと連携しボスを牽制していた。だからかボスもイラついてきたのだろう、攻撃をする際異様に力を込めている感じがする。鼻息がさっきよりも荒くなってるのも耳に届いて少し気持ち悪い。
再びボスが棍棒を振り上げ、例の衝撃攻撃を繰り出そうとした。その瞬間、レンがどこからか柄の長い槍を取出し、ソレをボスの振り上げた腕を斬りつけた。良く見るとレンの持つ槍の刃の形は突く事に特化した尖ったものでは無く、斬りための形をした曲刀型をしている。
ソレよりも、ボスの腕を斬りつけた事で攻撃は中断され、振り上げた棍棒を手から離し、大きな棍棒は地面に落ち、先ほどの攻撃程ではないが落下の衝撃で少しばかり揺れた。思わず見上げ、アサガオがいるであろう方向を見たが、落ちそうになっている子どもの姿は無さそうだ。それを確認したらすぐに視点をボスに戻し、備えた。
ボスは斬られた事や攻撃をジャマされた事に怒り、咆哮を上げた。声にならないその大きな音は周りに響き、小鬼を怯えさせ思わず跳びだし、逃げ惑う姿を見えた。レンは手で耳を押え、苦そうな表情をしてボスを見ている。オレは耳を抑え損ねて直に咆哮を耳にしてしまい、耳の痛みと共に立ち眩みがした。ヤバい、鼓膜は破れてないだろうがちょっと立つのがキツい。またボスが攻撃を仕掛けてきたら、今度は避けるのは難しい。そう考えていると、どこからかアサガオの声が聞こえた。
聞こえた瞬間、オレは走り決めておいた場所へと向かう。着けばアサガオがちゃんと指示通りにしたであろう、『跡』がちゃんとある。アサガオはちゃんと退避しているな?退避している事を信じ、オレはその跡に魔法で火を点けた。
跡にに火が点くと、その火は跡を辿り、上へ上へと登り、広がって行く。跡はそのまま上の方へと続き、火もその後に続いて更に燃え広がる。火が点くと、場所が部屋の上部だからか、だんだんと部屋の中が明るくなっていき、明るくなると部屋の中で逃げ惑っていた小鬼共は、今度が部屋の明るさに怯え出し、更に慌てた様子を見せた。これはボスも同じだ。部屋が燃え広がる火によって明るく照らされ、ボスは何故火が燃え広がるのか、辺りを探るように首をキョロキョロを動き回しているが、その原因はわからず見つからない。ソコは上手くアサガオが隠れようにして置いていったのだろう、燃え広がる火はある地点で止まり、轟々と燃え続けて部屋の中を完全に影となる場所を消した。
小鬼という種族は総じて『光』を嫌う。森にいる小鬼も森の奥、陽射しが通らない場所にナワバリを張り、洞窟小鬼は明るい昼間は外に出ず、曇った日か夜の内にしか外に出ない。
光を目にすると、まるで自分が火に焼かれているとでも錯覚しているのか、怯え、悶える。そして力を出せなくなり、無力化する。アイツらが火を扱う時は松明くらいの大きさで、物を燃やすか獲物を探す位にしか使わない。部屋を照らすまでになるとこの様な状態になる。境目はわからないが、これだけの光は最早ヤツらにとって毒と言えるだろう。
そして、その小鬼共よりも力の強いボスでさえも、火で照らされ、明るくなった部屋の中で怯み、オレらの事なんぞ忘れた化の様に振る舞う。そんなボスの姿をオレらは凝視した。そしてやっと見つけた。
ヤツの右耳の辺り、そこに動くものがあった。どれくらいか分からないが、ボスの耳の中に入り込み、生き物の触手の様にうねらせ、小鬼共の様に怯えでもしているかに様だ。
見ていて気持ち悪かったが、急所を見つけたからには逃がすワケにはいかない。オレは駆け出し、ボスの体を跳んで登ろうとした。ボスはこのままやられるかと、オレに手を伸ばすが、力が出せず動きに先ほどのキレは無い。腕を伸ばす速さは最早速いとは無縁の遅さだ。その伸ばされた腕さえをオレは利用に、腕を伝って走り、登り、ボスの肩の所まで着き、目の前には小鬼ボスの横顔が見えた。更にもがいてオレを振り落そうとボスが動こうとしたが、途端動きが止まった。何せ今ボスの片足や体の数か所は凍り付き、上手く動く事が出来ない状態だ。
「そんだけ大きいと、さすがに完全に動きを封じるなんて出来ないが、まぁこれだけ凍れば十分か?」
体の一部を氷漬けにされ、レンに意識が向いたのと動きが鈍ったのでオレへの対処が遅れた。オレは真っ直ぐ木の根がある耳の辺りへと走り、着いた。そのまま遠慮無く剣を耳に突き立て、木の根を攻撃した。木の根に操られた本体への攻撃は幾度としたが、木の根自体に攻撃したのは今回が初めてだ。攻撃されて木の根に何が起こるのか、それとも何も起きないのかわからないがやる価値はあると思った。
そして変化はあった。オレの剣で木の根は切られ、痙攣の様な動きを見せて徐々に動きが小さくなり、そして動きを止めた。
途端ボスにも変化が起きた。何か頭を打たれ眩暈でも起こしているかの様にフラつきだし、フラつきが止まると次には傾きだした。
倒れる、そう確信しオレは乗っていたボスの肩から跳んで、着地と同時にすぐ離れた。そして小鬼のボスは白目を向いて勢いよく転倒した。あれだけの巨体だ倒れたから、当然強い揺れと衝撃はきたが、砂埃が少し落ちたり舞ったくらいで周囲に変化はあまり起きなかった。だが、ボスが倒れたという衝撃は下っ端の小鬼共には十分に効き、獰猛とされる洞窟小鬼共は一斉にこの部屋、もといオレらから離れる様に散り、逃げ去った。あちらから離れてくれるのはありがたい。おかげで帰りは楽して出れそうだ。
ボスの方も完全に意識を失っている。木の根を力を失い正気に戻ったのだろうが、今まで意識を奪われ体を操られた反動だろうか。他の時はすぐに意識を取り戻していたが、今回は長い時間とりつかれていたためか、身体や精神そのものに影響が出てしまているらしい。恐ろしい事だ。
「ボスの異変が解けて、下っ端の方も正気に戻ってヤバさを感じたらしいな。攻撃性は高いと聞いたが、危機的本能も高いらしいな。」
「同族がやられたら、やられる前にやりに来る性質だしな。今回は自分らのボスがやられて、さすがに反撃する気は起きないっぽいな。」
おまけに今部屋の中は、アイツらの苦手な光である火の明るさが満ちているから、余計攻撃する気が起きなかったのだろう。
「しかし無茶をさせるなぁ、子どものアサガオに油を持たせて撒かせるなんて。」
オレがアサガオに指示してやらせたのは、レンの言ったそのまんまの事だ。小鬼が光を苦手にしているには当然知っていた。伊達に森の小鬼共の相手を毎回してはいない。だから、松明を明るさでは小鬼を怯えさせるまでは出来ないのもかわっていた。ならば部屋に直接火を灯して明るくしようと、洞窟へ向かう最中思いついた。
カナイから言われて用意した物の中に、灯り用の油壷を用意しアサガオをきつく言いつけてから持たせた。そして洞窟の部屋全体を明るく照らすために、部屋の隅の油を撒いて行って、用意が出来たら合図を送れとも言った。結果は知ってのとおりだ。
アサガオは家でも日頃家事の手伝いをし、油を使って灯火器に火を点けるやり方を教わってから率先してやっていた。アサガオがなんでもやりたがるからこそ、オレはアサガオに実際にやらせて危険を知らせたり、覚えさせたりしてきた。だから今回の作戦でもアサガオに任せる事も出来た。刃物はさすがに持たせたことはないが。
しかし、身軽で木登りもよくするとはいえ、まさか高い所に登ってそこに油を撒くとは思わなかった。アサガオの行動は相変わらず読めない。だがおかげで、部屋をより明るく照らす事が出来たから上々だろう。
そういえば、戦略の為とは言え、この洞窟の中であんなに火をおこして大丈夫だろうか。室内など密閉された場所で火を起こすと、悪い空気が充満してヒトに危害が及ぶと聞いたが、今もしかしてオレらもヤバいのか?
「大丈夫だ。この洞窟、地上に通じる小さい穴がいくつかあるから、その穴を通じて悪い空気も外に出てるだろ。」
最初からわかっていたから平気だ、という態度でレンが説明をした。洞窟に関して詳細を覚えているらしい。無理も無いか。
すると、どこからかアサガオが呼ぶ声が聞こえた。辺りを見渡すと、例の明かりに為に火を点けた高い場所にまた立っているのが見えた。時間が経ったからか、アサガオが今いる辺りの火はほとんど消えていた。
アサガオが何かを見つけた様なので、レンと一緒に早速行って見る事にした。ちょっと高くて登るのに手間取ったが、なんとか辿り着き、アサガオに何を見つけたか聞こうと近づいたら、ソレは聞く前に判明した。オレらが捜している人物がそこにいた。っと言うか寝転がっていた。
「何してんだ?クロッカス。」
「おーっ!アサガオちゃんだけでなく、シュロも来ていたかぁ!あっレン、久しぶりだなぁ!」
この洞窟にいると思われた、川の土地守であるクロッカスが元気に話し出した。本来は明るい跳ねた赤毛と厚手の布の外套も、今は砂埃で薄汚れている。外套の中に着ている肌を一切見せない厚着の服まで汚れており、この洞窟の中をどれだけ動き回ったかを想像させる。
男の表情は声の様子で明るいというのは分かるが、肝心の顔自体はどこかで見たような動物の形をした木製の面を被っていて見えない。
しかし、明るいのは確かだがどこか疲れが貯まっているのも感じられた。結局一体何が遭ったのか聞いたが、正直聞かない方が心を平常に保てたと後悔している。
「いやぁ、洞窟小鬼の様子が可笑しいってのは読めて、何とかしようと速攻で動いたまでは良いが、ほら私って金持ってなくてね。飯をまともに食えてなかったんだよね。それも忘れて洞窟進んじゃったから途中で動けなくなってねぇ。
動けない、魔法を使えないわでヤバいと思って、なんとかここまで避難してさぁ。辛うじて交信魔法は使えたから助けを求めたって訳さ。」
要にただのドジで、自分で危ない目に遭っただけだったという、聞いてて頭が痛くなる事情だった。だが、このヒトはこういうヒトなのは知っていた。
良いヒトなのはそうだが、どこか抜けていて私生活がだらしなく、特に女性相手だともっとだらしなく、今回金が無いというのもどこかの不特定多数の女性相手に貢いだのが原因だろう。わかってみたら本当にヒドイ。これでカナイら他の土地守だけでなく、各地の魔法使いらも知る強力な魔法使いというのだから、世も末だ。
そういえば、さきからレンの気配はするが声は一切聞こえない。クロッカスを見つけてから雰囲気もさっきと変わった様な気がする。何かあったのか聞こうと振り返ると、後ろに立っていたレンが、オレが振り返った方とは逆の方から歩きクロッカスの近づくと、いきなりクロッカスを殴った。
「痛ーっ!レン―!?なんでいきなり―」
「うるせぇ!いきなりで困ってんのはこっちだよ、この女誑しが!」
会ってから今までのレンとは全く違う態度に豹変し、クロッカスに暴言を吐き散らし怒りを露わにした。かなり貯まっていたのか、あれだけ言って殴りまでしたのに治まる気配が無い。
「てめぇは金が無いのは承知の上で、あちこちの店で散財してるじゃねぇか!俺があんたの守仕をしていた時だって俺を置いて一人で遊びやがって!しかも、その請求書を全部俺宛てにしてよう!」
「いやぁ…上手くいけばお金も一気に増えて、今までの分全て支払出来るはずなんだがなぁ?」
「はず…じゃねぇよ!性懲りも無く騎士団の方にまで送りつけやがって!しかも大量に!それを手にした俺がどんな目で周囲や騎士団の奴らに見られたか!」
話を聞くだけで元上司であるクロッカスの悪癖に巻き込まれ、レンも散々な目に遭ってきた様のは丸わかりだった。もしかしたら、今回騎士団の任務も自分から引き受けたのかもしれない。
貯まった怒りは止まらず、今だ蹴ったり殴ったりとクロッカスに加え、クロッカスの悲鳴が洞窟に響いた。
「…この声は、またレンがクロッカス相手に発散しているんだな?ったく、あいつはレンと会う前からも酷い散財をしまくってたからな。少しは反省してほしいもんだが。」
しっかり悲鳴はカナイの下にまで届いていた。




