28話 奥地で抗戦する
オレとレン、そしてアサガオが洞窟の奥へと向かう事となった。洞窟の奥地となれば洞窟小鬼との交戦は必須だ。本来は安全な瞑想の場にカナイと共に残すのだが、やはり毎回の如く、オレらと一緒に行きたがった。
オレもこのまま連れて行く気でいたし、レンの方もどこか満更では無い様だし、いつも通りアサガオが一緒でも大丈夫だろう。またレンが殿を務める様だが、今度は後ろを取られない様にしてほしい。
洞窟を進むと、次第に入り口近くでは感じなかった不快感が肌に伝わって来た。
森の小鬼も良い匂いとは言えない、草木の匂いに混じった仄かに臭う泥臭さがあるが、コイツら洞窟小鬼は森のヤツらとはまったく違う。残虐性が表まで滲み出た鉄の錆臭さ、ソレが洞窟の奥の小鬼のナワバリがあるであろう場所から漂ってきたのが分かる。
これから足を踏み入れるのかがどれ程危険か、頭に情景が浮かぶ。片手に松明を掲げ、進む先方の他に岩の影や天井と至る所を視ながら進んだ。レンも同様に警戒しつつオレらの後に続いた。
アサガオはデコボコ道に足をとられないよゆっくり慎重に、時に岩に手を付け這う様にしてオレらの後を着いて来た。子どもながら結構俊敏に着いて来ていた。
周りはの狭い洞窟の通り道だが、子どもの目線から見れば大岩が転がる険しい山道にも見えるだろう。それでも屈せず進んで行くのだから、アサガオの精神の強さも大概だ。時折レンガアサガオを支えてやっている。優しく背中に手を添えたりしているのが見られた。
「…お前ってアサ相手だと本当に甘いな。」
「そうか?これくらいは当然だろう?っと言うか、お前には言われたくないな。」
なんでだよ。と言い返してもやれやれとレンに溜息をつかれてしまった。結局意味は分からず仕舞いだ。
そうこうしている間に、前方から声が聞こえた。声と言うにはあまり耳触りの良くないものだが、よく聞けばオレの妖精族としての耳には言葉になって聞こえた。さっきの戦闘では問答無用である故に言葉に成り立っていなかったが、今度は少なからず相手側も意思疎通しているためか、意味のある音になって耳に届いた。
「ニオイ…すル、ソトからキタ…ニンゲん。」
「…ニンゲンじゃ…ナイヤツも、イル…アオくさイヤツらノナカマダ。」
聞こえて来るのは森いた小鬼と変わらず、不快感が耳に残るしゃがれた声だ。だが、その言葉は森のヤツらと比べて酷く嫌悪感を催す気配を感じた。青臭いってまさかオレの事か?
「おぉ。お相手様はやる気満々だな。」
レンは余裕そうに小鬼共を見て槍を構え準備をしていた。オレも剣を鞘から抜き、その瞬間に小鬼がこちらに跳びかかって来た。
小鬼の目が血走っていて恐ろしい形相になってこちらに向かって来る。生憎とオレとレンはそういう見た目のヤツ相手は慣れているからビビる事も無く、淡々と攻撃を繰り出した。
剣で薙いだ反動を利用し続けてきたもう一匹に蹴りを命中。レンは槍を構えてから一歩も動く事無く槍を突き出し槍先を一匹の小鬼に当て、当てた小鬼が後ろに押された勢いで後方にいた小鬼にぶつかり、力を加え二匹まとめて岩壁に突き飛ばした。突き飛ばした先にオレがいたから危うくぶつかりそうになったが、視界の端に入ったおかげでギリギリで躱す事が出来た。
「あっぶなぁ…お前、こっちに飛ばしてくるな。」
「だが今のはお前なら簡単に躱せただろう?なんだ、そんなに怖がらせたか?悪かったな。」
いちいち嫌味を言うのを止めてほしい。思わず不意打ちをしたくなる。アサガオに攻撃や飛び火が行かない様に動き、そうして小鬼を薙ぎ倒しながら奥へと進む。
奥に進むにつれて小鬼の数も増えてきた。背後や死角にも警戒をしていたため挟み撃ちには遭っていないが、小鬼の群れが壁になり、倒さない限り先に進めないのが厄介だ。
更に先を進み、倒した小鬼はどれ程になったか、数えていないから覚えていないが、カナイの浄化が間に合う程度には倒しているハズ。レンもそこは考慮している様子だ。
だがまだ油断出来ない。ナワバリと言えば群れを治める頭がいるのが定石だ。それをまだ目にしていないから、緊張が抜けない。
どれくらい進んだか、周りの空気がナワバリに入った時と比べて重く感じる。これまで襲ってきた小鬼も今は襲い掛かって来る気配が無い。何かに怯えこちらを窺っている様に見える。
「…頭が近い様だな。」
「だな。さすがに頭の獲物に手を出すほど理性は失ってはいないらしい。」
レンは口角を上げ、オレと同じ予想を立てていた。
しかしナワバリに入って来た時は完全にオレらを討つつもりで襲い掛かって来た感触だった。それがいきなりここまで大人しくなるものなのか?
「まるで厳選でもしているようだな。」
オレの思考をまるで読んだかのようにレンが話し掛けて来る。
「考えてみろ。お前が今まで遭った暴走動物共には皆枯れた木の根が見つかっているんだろう?木の根、つまり養分を吸う役割のある植物の部位だ。」
養分を吸う…なるほど、今までのヤツらは力の有り余った巨体の持ち主だった。傀儡に至っては力を蓄積している状態、養分の塊の様な物だ。吸い取るだけの力を持つヤツに、あの木の根は取りついていると。更に話は続いた。
「俺は直接見ていないが、その取りついた木の根は最後には全て枯れていた。それは何故か?もちろん吸い取る養分が無くなり、果てたからだ。」
ソレはつまり、オレとの戦闘で力を出し尽くした結果という事か。そこまではオレも読めてはいたが、まさか今回の件に繋がるとはな。
「結局は、その木の根は養分を欲している状態というワケだ。さてそこで問題なのは、どうやって力を見つけるか、もしくはその力を持つ者をおびき寄せるか、だが。」
最後まで言われなくても、もうオレには察しがついた。つまり今オレらは小鬼を囮に、オレらという新しい養分を釣られた状態と言う状態なワケだ。
確かに小鬼がまちの住民を襲うまでになったら、傭兵など強いヤツが討伐の為に出向く事にはなるだろうが、カナイはそこの辺り、気づいているのだろうか?
そしてレンの考えが当たっていると暗示でもするかの様に、オレは洞窟の開けた場所に出た。そこには数えるのも億劫になる程の洞窟小鬼の群れが待ち構えていた。
「つまり、今までの動物らもここのボスとやらも、木の根で『暴走している』のではなく、『操られている』って事か?」
「ここまでは推測だがな。だが、案外当たっているのかもしれないな。オレの頭脳も悪くないな。」
自画自賛しているレンは無視して、オレは目の前の光景に向けて改めて目を凝らした。
これだけの数の小鬼を相手にするのは流石に骨が折れる。何よりも多くの小鬼を倒せば多くの穢れが土地に流れてしまう。それだとカナイや他に土地守が居たとしても浄化が間に合わなくなる。
「…頭らしい奴の姿は見えないな。どうやら向こうは、この広い空間を使って俺らの下ごしらえを済ませたいらしいな。」
「イヤな例えだな。…だったら逆にこっちが一掃すべきじゃねぇか?」
含みのある言い方をして、オレはレンの方を見た。レンは直ぐにオレが何を言いたいかを察し、むしろ本人も既にそのつもりでいた様だった。
「そうだな。これだけ広い場所なら大丈夫だろう。
アサガオ、俺の背中にくっついてくれないか?お前は…まぁそこに立っていても良いか。」
良いワケ無い!レンがこれから何をするのか分かっているため、直ぐにアサガオと同様にレンの背後へと回った。
小鬼共はオレらが何かをする事を察して、事を起こされる前にと一斉に襲い掛かって来た。
「全員『前方』から一斉に、か。手間が省けるな。」
するとレンは槍を自分の前へと掲げ、集中を始めた。
「凍える波、飛沫は全て邪を討つ防壁だ。」
レンの唱えた詠唱によって、レンの前方に大きな波が発生した。しかしそれは水の波ではなく巨大な氷の塊だった。
氷の波はまるでいくつもの槍の様に小鬼共の群れに襲い掛かり、そして小鬼共の群れは氷の波に飲み込まれ、皆氷漬けとなって動きを止めた。
レンの魔法属性は『冷』。水や冷気を操る部類で『鎮静』の性質を持つ。興奮する相手を鎮める様に、高めた攻撃力を戻したり下げりといった能力を低下させる効果を持っている。
小鬼を氷漬けにし周囲にも氷が広がり周りにいた小鬼にも冷気が当たり次々に小鬼を行動不能にしていった。
一瞬にして氷漬けによって洞窟奥地の空間は氷穴と化した。
「さっむ!オイ、やり過ぎじゃないか?」
「文句なら小鬼の群れに言ってくれ。おかげで出来た氷漬けも沢山出来てしまった。」
文句を言っても悪びれる様子も無く、レンは一仕事を終えたと溜息を吐く。アサガオも寒がってはいたが、寒さよりも目の前の氷の壁に興奮していた。
そして、それはやっと来た。
遠くから響く地面が揺れる音と振動。徐々にそれは大きくなり、揺れで氷もヒビが小さくは居る程だった。
そして揺れと共に空間に入って来たそれは、レンの魔法によって氷漬けにされた小鬼共を大きな音と共に軽々と踏みつぶし、壊していった。
「やれやれ…休憩時間はたったの一瞬か。手当はどれくらいもらえるかな。」
「言ってる場合かよ。やっと本命が出たんだから。」
言われなくとも、と既に槍を構えた状態のレンを横目に、振動と共に現れた大きな影の主を見上げた。あの洞窟小鬼共を一応束ねている存在なのだろう。見た目は大きいが、存在感というか、発する雰囲気に圧される。
それは小鬼の頭と呼称するにはあまりに大きい。背は軽々とオレとレンを越し、広い空間にも関わらず天井に頭が届きそうだ。
従来の小鬼と同様に耳は大きく尖り、陰の中爬虫類の様な瞳が光って見える。肌色は洞窟小鬼と同じ暗い色をしているが、どこか赤黒い色が混じって見える。
小鬼のボスは手に持つこれまた大きな棍棒を振り上げ、間違いなくオレらの上に下ろされるだろうソレをオレらは目を離さず後ろに跳び、瞬間振り降ろされた棍棒の衝撃と振動が襲い掛かった。棍棒に当たっていないのに、攻撃を当てられた様な感触だ。
「ははっ流石にここまで大きいと、俺の魔法で一撃は無理か。」
オレから見てもレンと同じ考えにもなる。オレらの後ろで待機していたアサガオは、衝撃によって生じた揺れで体をとられ、今にも転倒してしまいそうな程足元をフラつかせている。
こんな状態では、洞窟に来る前に考えた『作戦』に支障が出る。どうにかしてこのデカブツを大人しくしたい。
レンも衝撃や揺れを鬱陶しく思ったのか、ボスの持つ棍棒を睨みつけた後、オレの横っ腹を槍の柄で軽くついて来た。軽くだが痛い。
「お前の考え、俺はどこまで関われる。」
「…いきなりなんだよ。」
オレが何かを企んでいるという事に気付かれた事に少し驚いた、と言うよりも読まれることは想定内で、その考えに自分も乗ろうという姿勢なのが意外と思って驚いた。今はオレと組んで戦ってはいるものの、レンは結局は自分一人、単独で動く事を優先すると思っていた。だが都合が良い。コイツにもやってもらう事にした。
「今回はさっき言った木の根でボスは暴れているだろう。だからソイツをボスから取り除く。」
「んで、取り除くために動きを止める、と。…分かった。」
簡単且つ短く伝えた。レン相手ならこれくらいで分かるだろうと思ったが、大丈夫だろうか。まぁ良いだろう。
とにかく今はボスの動きを止め、暴走の原因である木の根を見つけなくてはならない。現状そこらに置いた松明の明かりで照らされているボスの下半身が辛うじて見える位だ。上半身にまで明かりが届かず、真っ暗な中輪郭が見えるだけで、小鬼の頭がどんな顔かわからない。
明かりを照らす魔法はあるが、オレが出来るのは手元で火を灯すくらいのものしか使えない。それ以上の照らす範囲を広げる、高い場所を照らすなどは火属性の魔法を極めないと出来ない。
レンもオレと同様火属性は得意ではない。レンの得意とする冷属性と相性が悪く、使うと反動で身体に悪い影響が出る。
思考している間、オレとレンは小鬼のボスとの攻防を繰り返していた。棍棒を振り回し、オレらに当てようとする動きをオレらが見極め躱していく。当たらない場合、別の攻撃手段でオレらを狙う。
腕を伸ばす、足を上げ踏みつぶそうとしたりと、単純な動作ばかりだ。体格や破壊力ばかりが目立つが頭のつくりは他の下っ端の小鬼と変わりないらしい。
だからといって油断出来ない。何せあの巨体だ。一回でも攻撃が当たる、掴まるなどでもしたら間違いなく大怪我では済まない。
コレは長期戦になるだろう。だからオレらは道具を使う。




