22話 難敵が再来
クレソンは決して油断していなかった。部屋を見渡している最中も相手の気配を探り、全く動きが無いのを感じて先程の火薬攻撃に多少が損傷を受けたと考えてはいた。
だが、受けた鎌の攻撃からクレソンは判った。相手は損傷を受けていない。
案の定、メーデンは晴れた煙の中からふらつく事無く出て来た。体に多少の焦げ跡が見られたが、それをメーデンは気にする事無く動いていた。まるで服に泥でも付いたかの様な素振りだった。
「あっはははは…今のはびっくりしたァ。うははは…痛みが体に…頭の先に伝わる…すごいやァ。」
無傷だが痛みは感じているとメーデンは言うが、その表情には笑みが狂った様にこぼれ、目の焦点がどこを見ているか分からない。最早言っている意味を察することも出来なかった。
クレソンは次の攻撃に備えようとするが、肩を深く斬られたせいで銃器を握る事さえ難しくなっていた。
そんなほぼ重傷と言って良いクレソンなど気に留めず、メーデンは鎌を振り回し攻撃を仕掛けた。反撃こそ出来ないが、銃器で鎌の刃を防ぎ応戦するが、傷の痛みで動きが鈍ってしまい小さくも傷を幾つも負ってしまった。
「あははァ…痛いのかなァ?痛いよねェ?こっちもね、傷が痛むのォ。こんな感じをずっと持って、ヒトは動き回るんだねェ?すごいね、すごいねェ!」
相手の事を褒めているのか、何かのか分からないし意図さえ読めないメーデンの表情に困惑し、傷を押さえつつ何とか手に持った銃器を手放さない様に力を込めた。
それでもメーデンは変わらず鎌を一振りした。力を込めていた筈の手から銃器が手放され高く放られてしまった。痛みにより、飛んで行った銃器を目で追えず見失い、ただメーデンを睨みつけるしか出来なかった。
「…本当、容赦ないね。まるでヒトの痛みが分からない様だよ。」
ヒト、という言葉に反応したのをクレソンは見逃さなかった。その反応の時メーデンが何を思ったかはクレソンには分からないが、その瞬間からメーデンの表情がほんの少しだけ変わった。
「…分からないよォ?だって『ヒト』じゃないから。分からないのは当たり前。むしろ教えてほしいなァ?ねェ、今そっちはどんな気持ちでこっちを見ていたのォ?どうして諦めずにこっちを睨んでたのォ?ねェ?」
挑発でワザと言ってるのではない、本当に疑問に思って聞いて来ているのがクレソンには分かった。何よりも先ほどの『ヒトではない』という台詞。それを聞いたクレソンは確信した。そして返事を返した。
「今何を思っているか、かぁ。…その台詞、いつか俺が誰かに言ってみたかった台詞なんだよなぁ。
…あぁ、因みに今どんな気持ちか、だっけ?そうだなぁ…今、かな。」
クレソンが何を言っているのか、メーデンには最初分からなかった。だが直ぐに分かった。自分の背後から痛みが加わり、それが背後からの奇襲によるものだとやっと気付けた。
それは知らない内にメーデンが油断した為か、メーデン自身にも分からなかった。今分かるのは、自分が消そうとしていた相手が今合流してしまったという事だけだった。
「あぁー!カスッたー!ギリギリで気ヅかれたー!」
悔しそうにするカルミアに反して、自身が気付かず傷を負わされた事に、明らかにメーデンは表情を歪ませ変化させた。そんなメーデンの事はさて置き、カルミアはやっとクレソンらを見つけてメーデンの横を走りぬけて駆け寄った。
「わーんクレソン!やっといたー…ってうわぁ!めっちゃ見てて痛いぃい!?」
近寄ってからクレソンが満身創痍なのに気付き、思わず悲鳴を上げてしまった。そんなカルミアの状態に逆に安堵の表情を浮かべ、痛むのを我慢して大丈夫という意味でカルミアに向かって小さく手を振った。
クレソンはカルミアが来るのは分かっていた。だからこそ今までの行動は時間稼ぎでもあった。その間多少でも相手の体力を減らせる事が出来れば上々だとクレソンは思っていた。
結果として、相手を油断させた状態で合流し、カルミアに任せた形ではあるが此方に流れを作る事が出来た。
「うん、結構痛い。まじで痛い。来てくれて嬉しい。でもちょっと今は抱き着くの勘弁ね。」
嬉しさから抱き着きたいカルミアと、肩の痛みが酷くて抱き着かれたくないクレソンの攻防が始まったが、その後ろでメーデンが俯いたまま棒立ちしているのを二人は思い出した。
「きられた…切られた斬られた。しかも見られてる時に…あはは…あはははは。」
思い出してメーデンが居る方へと振り返ると、メーデンの様子が明らかに可笑しかった。目の焦点がまた合わず、まるで歯車が一つ欠けて狂ってしまった機械の様だった。
今メーデンに近づけば、何が起こるか分からない。だがそんな二人の不安を他所に、メーデンは手に握った鎌を大きく振るった。その動作があまりにも大きく、そして速く誰の目にも止まらなかった。故に二人は斬られたと瞬間的に思った。だが目を瞑り、時間が経ってから目をゆっくり開けて分かった。
自分らは斬られていない。何故だ?そんな疑問を浮かべながら周囲を見た。そして何故自分らが無事だったのかを二人は気付いた。
スズランがいた。
よく見れば、部屋の廊下からこちらに向かってスズランが手を伸ばし、その伸ばされた手が光っていた。それは二人には何の光か知っていた。
それは魔法を使った時に発せられる魔法の力の反応によるものだった。つまり二人、更に隠れていた研究員を含めた全員がスズランの魔法によって守られた結果だった。
その事実は、メーデンにも知られる事となり、メーデンは狂った笑いを止め、消沈した表情をしてスズランの方を見た。それがどこか、信じていた相手に裏切られたともとれる表情で、二人は見ていて何とも言えなくなった。
「…なんでェ?ねぇ、なんで守ってるの?なんで?なんで?なんでェ?
こっちは、ただ斬りたかっただけなのにさァ。なんでェ?なんでさァ!?」
子どもの駄々の様だ。誰もが見てそう思う姿だった。だがやはり、そんな姿を見ても二人はメーデンの言っている事が全く理解出来ない。メーデンが何をしたいのか理解が出来ずにいた。
「だったらさァ、もっともっともっと斬らなきゃねェ!斬って斬ってきっちゃわないとねェ!」
狂った調子のまま、鎌をスズランに向けて今にも斬りかかろうとするメーデンを見て、二人はスズランを守ろうと駆けだそうとした。
しかし、駆け寄りメーデンの方へと向き直すと何故かメーデンは構えたまま動かなくなっていた。何かを貯めているのか?っと二人は思ったが、少し経つとメーデンは腕を下ろして顔を俯かせて考え込み始めた。そして顔を上げたかと思うと、さっきまでの狂った調子は消え失せていた。
「…うん、やめたァ。もう帰るから、次また見つけたらもう一回斬るからァ。」
物騒な事を言い残し、メーデンは以前と同じように姿を消した。
あまりに突然の展開にカルミアもクレソンも、半身を物陰から出して見ていた研究員さえも口を開けて立ち尽くしていた。
「…いなくなった、か?」
「…うん。前もだけど、変な時にいなくなっちゃうね、あの子。」
結局謎を残して消えたメーデンを思いつつも、脅威が去った事に安堵し、二人は腰を下ろして溜息を吐いた。クレソンは肩の傷が痛み、肩を押さえ苦痛には顔を歪めた。
「大丈夫!?めっちゃ痛い!?痛い!?」
「うん、めっちゃ痛い。早く治療したい。」
呑気そうな会話だが、クレソンが少し危ない状況なのは確からしい。早く治療を受けないと血が足りなくなってしまう。慌ただしいカルミアと血の気が失せてきた表情のクレソンの耳に、遠くから音と声が聞こえてきた。




