18話 波乱が続く
山小人の集落の更に奥にある坑道跡地でのやる事を終え、三人は山の麓にいた。そこには立派な作りの馬車があった。それは長距離を移動する時に利用される、大きく丈夫なものだ。
その御者らしい人物がその場所の横で、山小人の長と話をしている姿を見つけ、三人はその話し合う二人へと近寄った。
「あぁ来たか。こいつは武器の配達でよく使ってる運送業でな、荷物のついでにお前らも運んでもらう事にしといた。追加の料金代わりに、この馬車の護衛をしてもらうがな。」
護衛に関しては、カルミアもクレソンも快く返事して引き受けた。元々こういった形で助けられる際は自分らが仕事を手伝ったりして、代金代わりに労働で支払う形をしていたという。
長と話していた御者は、その相手を二人へと替えて楽しげに話し始めた。随分と話し好きで陽気なヒトらしい。そんな陽気な雰囲気を置いておき、長はスズランの方へと歩み寄り、スズランが持つ杖を見た。
「…そいつのおかげで、『今回』は倒れずに済んだようだな。だが、後2つだ。後2つを手にした時、あんたがその状態で保つかわからんぞ?」
言われたスズランは、表情こそ変えなかったが頷いて答えた。それを見た長はそれ以上聞く事はしなかった。スズランの肩に触れ、別れの挨拶はして一行から離れた。
「研究所まではそれ程距離は離れてはいないが、研究所方面の道に厄介なのがナワバリを張っていてねぇ。迂回してけば多少は安全だろうが、ナワバリの近くを通る事には変わりないから、着くまで気を抜くんじゃないよ。」
「はい!かあちゃん!」
かあちゃんって呼ぶな!と言う長の怒鳴り声に見送られ、場所は出発した。馬車に揺られながら、身を乗り出し見送る長に向かってカルミアとクレソンは手を振った。危ないとまた声を上げようとしたが、スズランも二人の影から少しだけ出て一緒になって小さく手を振っているのを目にして口を閉じた。
「…随分と形を見せ始めたな。」
場所が見えなくなる前に長はその場を離れ、集落へと戻った。歩いて集落の前に前まで着たところで足を止めた。
「そういやあの御者見かけない顔だったね。新入りなんだろうけど、うっかり道に迷ってナワバリに入っちまいやしないかねぇ。」
長が吐いたその言葉は、ヒトの世では『予兆』と言う。
半刻も経たない内に、場所はナワバリに着ていた。そして皆には聞こえなかった長の台詞は的中した。
「ああぁあぁあああぁ!」
クレソンとカルミアが揃って声を上げ、その声に押される様にして馬車は走っていた。そしてその場所を追う大量の影が耳心地の悪い音を立てながら接近してきた。
音の正体は虫の羽音だった。しかも虫の方は細長い体に手合い、そして口であろう箇所は針のようになっており、俗にいう『蚊』と呼ばれるものだ。しもか大きい。恐らくあの虫に血を吸われたら、腕一本分の血を持っていかれるだろう。数が多いから、この場にいる全員の全身の血を失う羽目になる。恐ろしい。
「ねぇ!ナワバリを『ウカイ』するハズだったんだよね!?ねぇ!?『ウカイ』するヨテーだったよね!?ここ、ナワバリのど真ん中じゃないかなぁ!?」
「そうですねぇ!私この辺りにはあまり来ないもので、うっかり道を間違えました!」
「駄目じゃねそれ!?荷物を無事に送り届ける仕事してるのに、するヒトがそれじゃ駄目だよなぁ!?」
二人の悲鳴と同等の訴えもなんのその。御者は気にせず手綱を持ってまるでなんの問題も起きていないかの様に馬を走らせた。
「うわーん!蚊に血を全部吸われたうえにカユいまま死ぬなんてヤダー!」
「俺もー!死ぬ直前の未練が体痒いなんて嫌だー!」
そんな御者に文句を言いつつも、二人は巨大な蚊に刺される前に爪で攻撃したり、銃器で撃ち落としたりと応戦していた。傷も追う事無く、再び半刻後にはナワバリの抜け出ていた。
「いやぁ!お二人は強いですねぇ。あの蚊、そこらの凶暴な動物によりも多く被害を出していて、傭兵さんを雇ってもなかなか退治されないんですよねぇ。」
「…そりゃ…どうも。」
二人は肉体的疲労と同時に蚊を相手にしたという精神的疲労により意気消沈していた。クレソンはまだ声を出せたが、カルミアの方は一番蚊に接近していた為に横になって動かなくなっていた。
一方のスズランは、蚊が接近してきたと感づいた瞬間クレソンから毛布を掛けられ、動かずにいるようカルミアに言われていた為に、蚊に近付かれる事無く無傷だった。
「そういや、そっちの子は全く戦わなかったけど、どっか怪我でもしてるんですか?」
聞かれて黙っているスズランに代わってクレソンが答えた。
「この子は魔法が使えるんですが、体調が優れなくて今は使わない様にしているんです。」
「あぁそっかぁ。そうだね、最近魔法が使えないって話聞くからねぇ。それに魔法種族って呼ばれる妖精種も奇病か何かで皆倒れてるって言うじゃないですかぁ。」
妖精種を襲う奇病。これも魔法不発の異変とほぼ同時期に起きたものだとされる。
ある日、魔法が使えなくなるという出来事が起きてから、まちに住む妖精種の住民が倒れ、病院に運ばれると言う事が多数報告されている。
症状は皆全身の肌という肌に毒々しい紫色の痣が浮かび、倒れてから皆息苦しさを訴えほとんどが気絶したまま意識が戻らないと言う。
そしてその奇病は、何故か妖精種のみに感染し、他の種族には全く罹らず、原因は現在も調査中で分かっていない。訪れるまちで妖精種のヒトの姿を見かけなかったのは、その奇病によるものだ。
「妖精種にしか罹らない病気とはいえ、こうも異変続きだと、先が恐ろしいよ。妖精しか住んでない里があるって聞くし、そこも今きっと大変なんだろうねぇ。」《
他人事の様に話す御者に対し、クレソンも横になっても起きているカルミアも何も言わなかった。
実際至る所で魔法不発の事故、事件が多発し魔法に携わる職業のヒトは大打撃を受けている。一刻も早く異変の原因と解決方法を見つけなくては混乱は広がる一方だ。
そして今自分らがするべき事が明確である以上、旅行気分でいる訳にはいかない。クレソンもカルミアも絶賛旅行気分でいる様に見えるし、そういう事を実際口にしているが、そのどれも遊ぶどころか準備の為に奔走していた。そんな二人をスズランは確かに見た。
そんな二人だからこそ、異変で困っているという話は他人事には出来なかった。
「御者さん、俺からいう事は一つ…いや、二つある。」
「…それは?」
静かに、語り掛ける様にクレソンは口を開き、御者に向かって言った。
「今後とも安全運転かつ、安全な道に迂回する様心がけてください。」
「…はい。」
何故かその時だけ、馬車の中は穏やかな雰囲気に包まれた。




