16話 強敵が来る
再び襲い掛かって来た不定形の物体の猛襲に立ち向かったり逃げたりと掻い潜って行き、何とか群れから逃れ坑道跡地の奥まで進んだ。
坑道跡地の奥は環境音が全くしない、無音の空間となっていた。少なくとも誰も居なくなった坑道であっても何かの拍子で転がる石の音や風の音が聞こえて来る筈。それが無い今の現状は違和感しか感じられなかった。
「…シズかすぎて、逆に何かいそう。」
「止めろ!そんな言い方されたら、不死族の事を想像してしまう!」
本当に想像してしまったのか、クレソンは真顔で冷や汗を大量に流して叫んでいた。
そんなクレソンの事はさて置いて、進んで行くと徐々に空間が広がって行き、遂に天井が見えない程の広い場所に出た。通常であればここは洞窟の中で照明具の火が無ければ自分の位置さえ分からない程の闇に包まれている場所となるが、ここではその照明具さえも必要が無かった。
空間の恐らく中央であろう、その場所に雪山でも見たあの巨大な結晶の柱が突き出る様にしてそこに鎮座していた。自ら発行し存在感を出しているそれは、雪山のものと同じく強い魔法の力を発しているのが、魔法に詳しくなく探知も出来ないカルミアとクレソンにも肌に、もしくは勘に近いもので感じ取れた。
「これまたでかい魔法晶だなぁ。」
「そうだねぇ。これだけ大きいなら、ここが使われなくなっちゃうのもワかるねぇ。」
この坑道が使われなくなった理由がこれだった。上質な魔法石が採れたこの場所で、ある日採掘していて辿り着いたこの場所にあったこの魔法晶は、あまりにも危険な存在であった。
高価な物、希少な物はいつの時代も争いの元となって来た。それを危惧した山小人もとい長であるライラァ・サラは、これを隠蔽する為にこの坑道を封鎖した。ヒトがここに入る事を最初断ろうとしたのもその為だと言う。
しかし事情が事情な故に、今回のみ入る事を許された。もちろんこの魔法晶の事を外に漏らさない事を条件にしての事だ。
そんな魔法晶に再び見惚れていると、スズランがその魔法晶に近付き、雪山でも行った動きをそのまま繰り返すようにして詠唱らしきものを再び唱え始めた。
「我、四方の央から末へと達する。
力は空。空間を占め凝固する力を拡散し変化を求める。」
雪山の時とは違うものだが、唱えた事で起こる現象は同じもので、魔法晶から発せられる光がスズランが掲げた手に集まっていく。
その光景を見て、二人は正気付いた様な表情をして警戒し周囲を見渡した。雪山ではスズランが魔法晶な儀式めいたものを行っている最中に熊の様な犬の様な巨大な生き物が襲ってきた。今回も何かしら襲ってくるのではないかと、二人は雪山でのことで警戒する事を覚えてしまった。
巨体の動物事自体が偶然の出来事だと思えるものだが、今考えるとあんな巨大な図体の動物だあんな雪山に何故棲んでいたのか、そもそもあんな巨大動物は本当にあの雪山に棲んでいた生き物なのか調べる事が難しい現状謎のままだ。
ともかく警戒するに越した事は無いだろうと二人は身構えた。
「あっやっと見つけたァ!もーこんな所まで来てたなんてェ。」
当然のヒトの声に二人は声を出す暇さえ無かった。警戒していた筈が二人の反応が遅れてしまった。
直ぐに声はした方へ振り返ったが、そこには何も無かった。確かに背後、直ぐ傍から声がしたからヒトが直ぐ傍に立っている筈だった為に更に二人は声を出す程に困惑した。
「一体どこで何してるのかと思ったけどォ、そんな状態だったなんてビックリだよォ。」
周囲を見渡し探そうとすると、今度は声がスズランが立っている方からしてまた勢い良く振り返った。そこにいたのはスズランだけでなく、全く見た事の無い少女の後姿だった。
結い上げた青白磁の髪は膝まで長く、一瞬羽織った外衣と見紛った。服の柄は艶やかでどこかの民族衣装にも見えるが、服装自体がはあまりにも軽装でとても坑道内を歩き回れそうな恰好には見えない。
何よりも、その突然現れた人物はまるでスズランを見知っているかの様に話し掛けている事から、もしかしたらスズランの身内か、親しい事柄の人物なのかと思ったが、その考えは次の少女の行動を見て吹き飛んだ。
「んー今動けないのかァ。まっそれは仕方ないよねェ。とりあえず、やっちゃうかァ!」
明るく陽気に言った後はどこからか取り出した巨大な2枚刃の鎌を振り上げ、それをスズランに向けて振り降ろそうとした。
それを見たカルミアとクレソンは咄嗟にその人物に組みつき動きを止めた。
「あっぶねぇ!」
「ちょっちょっ…!何してんのキミ!?」
「えェ?誰あんたたちィ。邪魔しないでほしいんだけどォ。」
動きを止められて苛立ちを見せた少女は、片手で鎌を振り回しカルミアとクレソンを振り払った。振り払われ倒れた二人は直ぐに立ち上がりそのヒトを見た。
そんな二人を見る少女の真っ赤な目に睨まれ、二人は尻込みしてしまった。
「はぁ…何なのさァ?こっちは用事があって来たってのにさァ。関係ないヒト共は割り込んでこないでくれるゥ?」
少女はまるで自身が無機質な人形が動いているかの様に首を傾け、目を見開き二人を睨みつけた。
睨みつける、と言うよりもただただ見ているだけだった。それはまるで道に落ちてた虫の死骸を目にしたかの様な、泥の中に塵が浮いているのを目にしたような、見るに堪えないそんなものを見る様に少女はただただ二人を見た。
瞬間、何かが二人の間を通り過ぎた。それは目の前に立つ少女が片手に持った鎌の刃だった。二人は唖然とした表情で鎌を振るったそのヒトを見ているだけだった。
何の脈絡も無く、ヒトに向かって大きな刃が二つも付いた鎌を躊躇無く振るってきたそのヒトにただただ恐ろしさを感じた。
「…あれェ?どっちか片っぽは斬れるかと思ったんだけど、君ら今躱したァ?思っていたよりも勘良いし速いねェ。」
確かに、もしも本当に棒立ちのままでいたら、間違いなく二人のどちらかは鎌の餌食になっていただろう。二人が揃って相手が動く事に気付き、そして咄嗟に横に動いて躱して難を逃れた。逃れたとは言え、やはり相手の言動は異様だった。
「あーわかったァ、君らで時間つぶしするよォ。ヒトで言う所の前菜って奴ゥ?」
本当に脈絡が無くて混乱するが、スズランだったであろう標的がカルミアとクレソンの二人に替わったらしい。それは二人にとって安心出来るものであり、同時に二人にとって恐怖の時間の始まりであった。
そして合図の無い戦いが始まった。二人はただ危険な予感がした、という自分の気持ちにのみ従い今自分が立つ場所から跳んだ。次の瞬間、鎌による攻撃が始まっていた。
そのヒトが片手で持った鎌が地面に刺さり、地面に大きな亀裂を作り、破片が辺りに散った。まるで爆発が起きて地面が削り取られた様に穴が開いた様だ。もしも躱せず中っていたら、自分らは木っ端みじんになっていたのではないかと想像し、大量の冷や汗をかく二人だったが、汗をかく暇さえ今の二人には無い。
次の攻撃は、鎌を投擲するというものだった。投げた鎌はまるで直角に曲がった投具の様に旋回し、後ろから再び二人の方へと飛んできた。
「うおぁ!?っぶなぁ!」
変な悲鳴を上げつつ二人はギリギリで躱す事が出来たが、攻撃は止まない。再び鎌が旋回しながら飛んできて、二人は仰け反ったり前に転ぶようにして低いし姿勢になったりして躱していく。
「動くねェ!じゃあ今度はァ。」
次にそのヒトは飛んで戻ってきた鎌を片手で受け止め、それを持ち演舞する様に振り回して攻撃を繰り出してきた。応戦したのはカルミアだった。
自信の手の指先から爪を伸ばし、繰り出される連続攻撃をいなしつつ、反撃を狙うが難しいらしく、防ぐのが精一杯の様に見えた。
クレソンも隙を狙い離れた場所から銃器で射撃をしたが、まるで体の至る所に目が点いているのかの様にクレソンの奇襲を気付きあっさりと鎌でカルミアに攻撃しつつ弾を防いでしまった。
それはまるで、目だけでなく腕も二本以上生やしているかの様な瞬発力だった。それはヒトからかけ離れた身体能力だ。そこでクレソンは、そのヒトに対して初めてヒト以外の生き物に向ける恐怖を感じた。
クレソンのそんな心情を置いて行くかのように、カルミアは未だ応戦を続けていた。だが疲労で限界が近づいているのは確かだった。
「あれェ?もう限界かなァ。こっちはまだまだまだやれるんだけどなァ。」
言い終えた瞬間、思い切り振り被りカルミアを薙ぎ払って飛ばした。飛ばされたカルミアは自身の体を捻り、何とか着地出来たが、疲労により膝を付いた態勢のまま荒い呼吸をした。立ち上がるのも難しいそうだ。
クレソンは何とか隙を作ろうとするが、相手がヒトとは違うのが徐々に察してきて、冷や汗を沢山流していた。手も震えてきたが、それでもクレソンには聞かなければならない事があった。震える口を無理矢理こじ開ける様にして声を振り絞った。
「…なっ…なぁ?一つだけでも、聞いて良いか?」
クレソンのか細い声による質問に、少女は反応しクレソンの方へと振り返り見た。目は変わらずヒトを見るものではない、見ていて体の芯が冷えてくる様な冷たさを感じた。それでもクレソンは、思い切って声を再び出した。
「…名前何ていうか教えて!」
間が開いた。ほんの一瞬ではなく数秒程、本当にその場の空気、ものの動きが止まった。そんな状況を作り出したクレソンは続けた。
「さっきから君の事、『少女』って表記になってて分かりづらいの!せめて呼び名でも良いから教えて!それで助かる人もいるから、絶対に!」
その言葉にカルミアは大きく首を縦に何度も振った。クレソンの発言には何か次元の違うものが含まれていたが、そこは無視して良いだろう。
聞かれた少女は、少し考える素振りを見せてからまた目をクレソンに向けた。
「じゃあァ、呼び名はメーデンで良いよォ?名前何てほんとはないけどぉ。」
少女、メーデンがした自己紹介はあっさりとしたものだった。まるで本当に何に感情も無い、思い入れもが含まれない口調で言った。
しかし、呼び名が分かって安堵の表情をしたクレソンとカルミア。疲労が溜まっているいる体を痛みつけるかの様に立ち上がり、再びメーデンと向き合った。
諦めていない表情を見た。そしてメーデンは眉を顰めた。
「…あァそうか、これがそういう『気持ち』って奴かァ…むかついてきた。」
メーデンがそう呟いたのを二人が聞いたと思った時には、メーデンの大鎌は既に振られていた。カルミアは間一髪で鎌を防げたが、それでも掠り出血してしまった。クレソンは刃が直撃しなかったにも関わらず吹き飛ばされていた。鎌を振るって発生した風圧だけで全身を持っていかれる程の力を受けてしまった。
たった一回の鎌の攻撃で、再び満身創痍になってしまった。あまりにも圧倒的だった。何が起きたかを理解したのが吹き飛ばされ、傷を負って地に手を着いた瞬間で、更に声が出なかった。
「はァ…そっちがあれこれ言って来るおかげで力使い過ぎちゃったじゃんかァ。…おかげで」
大きな溜息を吐いたメーデンが振り返った先、そこには魔法晶が輝く空間、その魔法晶の前に立つ影がこちらを見ていた。影はスズランだ。そのスズランがクレソンとカルミア、そして二人を倒したメーデンに向かって手を翳していた。それは明らかに魔法を使う構えだった。
スズランは魔法をメーデンに向かって放つ構えのまま、メーデンを見ていた。無機質で無感情なスズランの表情には、ほんの一欠けら程の感情が感じられた。
それはその感情を向けられたメーデンにしか感じ取れなかった。感じ取ったメーデンは、呆けた表情をした後、直ぐに口が裂けそうな程口角を上げた。
「…あっは…あはは…あはははッ。そっかァ。そういう『気持ち』なのは、一緒だったんだァ、そっかァ。
うん、わかったァ。今回はここまでしてあげるゥ。…次はちゃんとやってあげる。」
そう言い残し、メーデンは影も形も底す事無く消えた。魔法による移動なのかは二人には分からなかったが、スズランのおかげで相手は退散し、助かったという事だけは分かった。




