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大地神たちの宿命と、幼い子どもの気鬱

 最初は気鬱が晴れず、肩を落として重たい足どりでとぼとぼと歩いていた《()(がみ)だったが、何度も何度も重たいため息をついて、このままではだめだ、と自覚して気鬱を吐き出して、ようやく顔をあげてとことこと歩けるようになった。

 周囲には多くの女官たちがいて、まだ幼い子どもである《地》神の手をにぎり、《()(ぞく)族長の散歩ともいえぬ、ただ何となく歩いているそれに付き従っている。

《地》族の女官たちはたおやかな気質が多いが、本音を言うと、手をつなぐのではなくて、愛しい族長は直截抱き上げて散歩でも世話でもこなしたい。

 理由のひとつは、竜族は雄雌ともにヒトの感覚でいえばかなりの高身長なので、幼い子どもの手を取るのは少々不便なこともあるのがそうだが、もっともな理由は、竜族はいずれも成竜で誕生するので、幼い子どもの姿をした人化は《地》族の族長以外に存在がないので、成竜……大人たちの性かもしれないが、見た目からして愛らしく聡明な族長は、つい抱き上げたくなる、そんな衝動に駆られてしまうのだ。

 一行は庭先に出て、適当に歩く。

 居宮とその先に広がる森林に主だった境界線……城壁のようなものはないが、かわりにいくつもの花園があって、手入れの行き届いた色とりどりの花が咲く区画と、そうではない自然の広がりが何となく境界の役割を果たしている。

(りゅう)五神(ごしん)」の天空神たちは、自身の居宮に名をつけているそうだが、《地》神はまだピンとくるものがなく、とくにこの居宮に名をつけてはいない。


「花、ずいぶんと咲きましたね」


 小振りの花が集合して大きく見える青い花、その一輪だけで充分存在がある赤い花。葉のような色をしているが、じつは一片が大きい薄緑の花。

《地》神は花を見るのが好きで、最近は手入れをする女官たちとともに花いじりをするようになった。適当に歩いていても、やはり向かう先は花園のほうが多い。


「俺、もっとがんばれるようになったら、花の種類も増えるでしょうか?」


 尋ねると、女官たちはやわらかく微笑み、


「さようでございますね。花園で愛でる花も美しゅうございますが、ぜひとも居宮に飾ることができる装飾花も増えると、嬉しゅうございます」

「あと、お茶に活用できる花や、香り付けに活用できる花も増えるといいですわね」

「花が……お茶に?」


 花にそんな活用があるとは。

 味はあるのか、どんなふうに作るのか。花の色のままお茶になるのだろうか。

 知らなかった《地》神は不思議そうに目を丸め、周囲に咲く花々を見やる。


「飲んでみたいです。今度、作ってもらえますか?」


 尋ねると、女官たちは嬉しそうにうなずく。


「すぐにご用意できますわ」

「いかがでしょう、今日はお庭で何かお召し上がりになりますか?」

「お庭でなくとも、若さまのお好きな場所で」


《地》族の雌である女官や半人半竜の雄たちは、《地》神のことを他の部族たちのように「族長」とは呼ばす、「若さま」と呼ぶことが圧倒的に多い。

 これには所以があって、《地》神は誕生したとき最初から完全な人化をしており、なおかつ乳幼児――竜族なので、乳幼竜ともいうべきか――の姿から今日までゆっくりと成長してきたので、赤子から格別な愛情をもって育んできたので、《地》族たちはそう呼んでいる。


 ――一方で。


 おなじ大地神でも、対して《()(がみ)は最初から竜化のままで、人化に変じたことは一度もない。

 たぶん、《()(ぞく)族長は永遠に竜族の象徴でもあるその姿で過ごすのだろう。

 人化であろうと、竜化であろうと、竜族にとっては些細なこと。誰も気にはしない。


 ――そして。


 竜化の《火》神は、幼い子どもの《地》神でも抱き上げられるほどに姿を小さくして、自身の唯一主神である《地》神のそばにいることも多いが、彼は居宮を持たず、灼熱の溶岩流がつねに渦巻き噴き出す巨大な溶岩湖をねぐらとしていて、そちらにいることも多い。

 標高ある山の斜面には恐ろしくも美しい溶岩が絶えず流れ、まるで滝のよう。火焔の絶景ともいえる島にその身を置いている。

《火》族たちは族長が竜化のままなので、他の部族のような居宮を持たない。

 人化であれば一切合財の世話は必要だが、竜化にそれは無用なので、一族のほとんどは人化でも竜化でもなく、本来の姿、火焔のまま族長に仕えて、必要に応じてその姿を変えている。


 ――その《火》神はしばらく、《地》神のそばについていない。


 溶岩湖のねぐらに居ついたままだ。

 それは大陸創成に必要な、あまりにも莫大なエネルギー放出のために身を休めている証でもあるので、《火》神は近々新たな大陸創成に向けた咆哮をはじめるのだろう。

 すなわち、同時に《地》神が大陸創成に向けて動くかたちとなり、それに容赦のない敵視を向ける《(すい)(じん)と衝突し、――また、戦争を行わなければならない、負の連鎖が近づいていることを意味する。

 せっかく女官たちが花で作ったお茶を用意してくれたというのに、それを思うと《地》神の表情は陰ってしまう。

 甘い香りが特徴のお茶をひと口飲んで、《地》神はカップを置いてしまう。


 ――俺がもっとしっかりしていれば……。


 幼い身ではあるが、いつだって懸命に考えている。

 考えてはいるが、それを成したことは一度もない。

《地》神が居宮をかまえている大陸は、けっして大きくはない。

 大地にあるものは大地でしか生きることができないため、《地》神の大陸と《火》神と《火》族が住まう島は、《水》神の、いわばお情けで存在ができているのが現状だ。

 世界はあまりにも広大だが、それは《水》神の領域である海洋が占め、大地神の領域はいま述べただけ。


 ――ほんとうに俺は、大陸を創成することができるのかな……。


 晴れていた気分は、曇り空が広がるよりも早く気鬱を迎えてしまう。

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