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完全なる敗北と敗走

挿絵(By みてみん)


 ドドドドドドドッ。


 文字どおり大地を揺るがす激しい地響きが、一方へと向かい一斉に駆け抜けていく。

 一心不乱に、あるいは一目散に。

 足音は大小さまざま、しかし、どの一歩も重量感がありながら乾いた大地に土煙を蹴り立てて疾走していく。

 激しい地響きをもって走る、その先に何があるのか。


 ――追っていた獲物か、目指していた楽土か。


 いや、そのようなものは目の前に、この走り抜ける先に存在などしなかった。


 ドドドドドドドッ。


 大地を揺るがす大小さまざま、複数の足音が奏でるそれは敗北による敗走だった。



□ □



「早くッ、速く走れッ」

「若さま……、族長だけは何があってもお護りしろッ」

「走れぬやつは、巨大な岩となれ! 命果てるにふさわしい山脈となって、大津波を食い止めろ!」


 ヒトの感覚でいえば、ゆうに二〇〇センチの背丈はあるだろうか。

 爬虫類によく似た容姿や鱗を持つ、半人半竜の雄たち……竜騎兵や竜騎士たちが声をあげる。

 半人半竜たちは自らの脚力で脱兎をつづけ、長く太い尾と俊足に特化した特徴的な後ろ足を持つ獣脚類――具体的に言うと、暴君と名を持つ恐竜に形容が極めて近しい――によく似た大小ある竜たちは、自身の背に半人半竜たちを騎乗させ、とにかく前へ、前へ、と一心不乱に駆けていく。


 ――もう、この大陸はわずかも持たない。


 最初は防御に対する意地でその脚を踏み止めようともしたが、自分たちに襲いかかるのは一方的な暴力、圧倒的な恐怖で、絶対的な意思で自分たちを消しにかかろうと迫る怒気の前には何の役にも立たなかった。

 敗北を認め、敗走を決断した時点で、すでに矜持は無意味で邪魔でしかない。

 身を反転し、最初の一歩で自らその矜持を踏み、粉砕した。


 ――早く逃げなければ……ッ。


 振り返るのも恐ろしいが、大地でこの俊敏に敵う者なしと謳われる竜族――《()(ぞく)の健脚をもって走り抜けても、それを遥かに上回る速度で襲いかかる大津波が、これまで駆けてきた大地を悉く飲み込んでは瓦礫のように砕き、砂塵となって逃げるそれさえ海洋深く引きずり込んでいた。

 その波は山脈のように高く、すでに目視可能の距離まで迫っている。


 ――早く逃げなければ……ッ。


 だが、脱兎のように駆けても、退路には限界がある。

《地》族の竜たちが一目散に逃げている大地は、小振りだが、島と称するには少々大きめな大陸。

 本来であれば、大津波から逃げるには波が届かぬ山脈か、あるいは魔手のような波も届かぬ大陸の端へと逃げれば危険も回避できたかもしれないが、大津波の威力は高さも速度も桁外れで、《地》族の竜たちともども大陸をはなから消滅させる勢いは逃げ場も与えてはくれない。


 ――べつの大地に逃げなければ、もう後がない。


 それを可能とする援護は、翼を持った姿をしているが、低速で行き来にはどうしても時間を要してしまう。

 運ばれる立場として文句は言えないが、だが、早く戻ってきてくれなければ自分たちは海洋に飲まれてしまう。

 まだはるか後方の距離にあったはずの山脈が、それを上回る高さの大津波に天から粉砕されるように砕かれていく。その、さらに後方にあったはずの大地はすでになく、海洋が広がりを増していた。


 ――海洋は本来、あらゆる蒼と紺が織りなす世界で美しい。


 けれども意思をもって、《地》族の竜たちを全滅に追いやろうとするその姿は、屈強の本能を持つはずの《地》族の心の蔵を容易く握り潰す恐怖しか与えない。

 それでも、どうしても護らなければならないものがある。

 最初は群のように大地を敗走で駆っていた足音が、次第にその音を減らしていく。

 脚力はまだ衰えぬが、あの大津波を食い止めなければ……と、自ら本来の自然の姿である岩や断崖の壁、あるいは山脈へととじて、逃げる者たちの援護へとまわるが、それさえもただの気休めでしかない。

 彼らの姿はあっという間に大津波に飲まれ、砕かれて消えていく。

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