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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

おっさんのごった煮短編集

死刑囚ウスターシュ-アウリシュの手記

地元であった事件をモデルとしましたが、本作は完全なフィクションです。




 私はグラン王国王都より北西に位置する地方出身だ。


 私の父は広大な土地を有する荘園の主であり、小作人を使い農業を営む代々の豪農であった。また、数代前から土地の有力者として代官に任ぜられている家系でもあった。



 この国では子供はある年齢を迎えれば学校に通わせ教育を受けさせることが親や、その代理である大人たちの義務であった。

 であるから、平民の夫婦や孤児院であっても、子供がいれば学校へ通わせなければならず、そのための費用が賄えない場合の補償制度まである。

 とはいえ、学業を修めて、優秀であれば地方や中央の役人などに取り立てられることもあれば、そこまで行かずとも、身入りの良い仕事に就くことも出来るとなれば、将来のためにと扶養者たちも子供を学校にいかせることを当たり前と考えている。


 勿論のこと、私も子供時代は地方の学校へと通ったのだ。


 その当時の私は優等生だった。

 座学も運動もそつなくこなし、同年の子供たちからも人気があり、目立つ存在では無かったが、大人にも子供にも一目置かれる立場だった。


 だが、少年の頃の私は不満で仕方なかったのだ。


 優秀な成績を出しても「流石はアウリシュ家の長男」と当然のように言われ、子供たちからも「代官様の息子」と少し距離を置かれるか、露骨にすり寄られる。


 何処にいても私は「ノイバルド-アウリシュの息子」であり「ウスターシュ-アウリシュ」では無かったのだ。



 地方にあって高等教育課程までを優秀な成績で修めた私は、王都にある大学校への進学が決まった。


 地方のみならず、中央官僚にも出身者が多く、貴族や王族すら通う名門大学は、父や祖父の出身校でもあったため、将来の後継としては半ば義務のようなものであった。


 それでも、私は「アウリシュの息子」ではなく、1人のウスターシュ-アウリシュとしての人生を歩む第一歩として希望に胸を膨らませていたのだ。

 実際に王都へ行くまでは。



 王都へと来て、私が始めに感じたことは、やはり此処では「アウリシュの息子」だとは当然だが誰も認識しないことだった。

 私はそれを最初は喜んだ。誰も自分を父の長男として、父の付属品として扱わず、個人として評価してくれると、あとは自身の優秀さを周りに認めてもらうだけだと。

 優秀な成績を修め、将来、王都をはじめ、各地で活躍する有能な人材との人脈をつくり、やがては父を超える代官となる。そんな夢を抱いていたのだ。


 だが、私はすぐに挫折した。


 名門大学だ。当然に地方から来ているのは各地で優秀な成績を修めた者ばかり、そして幼少より英才教育を施され、帝王学も身に付けた王族貴族の令息令嬢たちも通っているのだ。

 地方にあっては優秀だ天才だと、家柄の下駄を履かされたこともあり誉めそやされた私も、此処では只の凡夫以下だった。

 そして、「アウリシュ家の息子」という色眼鏡を無くした私には、他者との関係を構築する術が無かったのだ。


 地元にいれば、名さえ名乗れば、むしろ名乗る前から「アウリシュ家の長男」だと相手が勝手に関係を持つべく忖度してくれる。こちらから何もせずとも気付けば相手は自分の下に入っていたのだ。


 だが、王都にあって、自身の紹介に「地方代官の息子」という肩書き以外に名乗るものも持たず、初対面の相手との距離の詰め方を知らない私は、誰からも興味を持たれることもなく、路端の石のほうがまだ幾分かましでは思うほどに無視されたのだ。


 地元にいれば、代官様の息子と持ち上げられていたプライドが邪魔をして、輪の中に入る努力すらしないまま、然りとて、学内で取り分けて目立つ容姿も成績も実績も家柄すら持たない自分は、井の中の蛙であったことを痛感して失意のままに大学を退学し、家に帰ってしまった。


 

 家に帰って来た私を、母は優しく迎え入れてくれた。空気が合わなかったのだろうと、暫く休みなさいと言ってくれたのだが、父は聞き入れなかった。


 将来の後継として大学に進学させたにも関わらず、卒業することなく、よりによって1年ももたずに退学してくるなど、醜聞以外の何物でもないと、早々に騎士養成学校への編入手続きをとり、父の手配した馬車に乗せられ送り込まれてしまった。


 騎士養成学校に送られる前日、私は父と母の口論を聞いてしまった。

 「リーガンはどうするの、来年には騎士養成学校に行くのを楽しみにしてたのよ。ターシュだって、ちょっと都会の空気が合わなかっただけよ、地元にだって上級文官試験を受けさせることの出来る大学はあるじゃない」


 「地方大学出身じゃ、政界じゃ侮られる。リーガルドは予定通りに騎士養成学校へ行かせるさ。バッシュもいるんだ、問題ない」


 「三男に家を継がせるなんて、ターシュもリーガンも納得しないわ」


 「仕方無いだろう。武官として育てたリーガルドに今から文官としての教育をさせても間に合わん。バッシュなら、文官としてウスターシュの補佐を務めさせるつもりだったのだから問題ない。兄と弟の役割が逆転するだけだ、不満だとして結果をだせなかったあいつの自業自得だ」


 その後も口論は続いたが、私の耳には何も入って来なかった。

 ただ、部屋を出た父と出会し、其処にいた私に気不味かったのだろう父が「盗み聞きとは感心せんな」と吐き捨てた声と冷めた目だけは良く覚えている。


 騎士養成学校では学友たちに路端の石以下の扱いをされたことが可愛いと思える程にしごかれた。

 まるで塵のように言われ、徹底した上下関係と規律を叩き込まれると、私の精神はすぐに悲鳴をあげた。



 結局は家に出戻りした私を母はまたしても優しく迎え入れてくれたが、追い出されると怯えていたが父も家に帰ることを許してくれた。

 

 「あとのことは心配するな。すべて父がなんとかしてやる。リーガルドもバッシュもいる。お前の道が決まるまで好きなだけ休みなさい」


 そう言った父と横で頷く母は慈愛に溢れた笑顔だったが、私は憐れまれたのだと、何も出来ない稚児なのだから、もう無理はしなくて良いと言われたようで安堵とともに絶望した。



 上の弟、リーガルドが騎士養成学校を優秀な成績で卒業し、辺境警備の任務に就き、家族、使用人たちとお祝い騒ぎとなる。


 「ゆくゆくは中央警備の要職にも就けるかもしれん。頑張りなさい」


 父にそう言われた弟が嬉しそうに答えている。

 母に体を心配され、大丈夫だよと胸を張っている。


 下の弟のバッシュが私が退学した大学を三席で卒業した。


 流石に主席とはいかなかったとは言え、我が家のみならず、地方出身者としては快挙といって過言でない。


 「いずれは家を継ぐために戻って貰うかも知れんが、私もまだまだ現役だ。中央の文官として行けるとこまでいきなさい。なに、爺になるまでは引退せんから、なんなら孫に継がせてもいいんだから」


 そう、豪快に笑う父に、弟が頑張りますと答えている。やはり体を心配する母に、家族一同が母はいつも心配性だと和やかに窘められ、温かい空気に包まれる。


 そう、私を除いて。


 リーガルドのお祝いの席もバッシュのお祝いの席も、私は透明人間のようであった。


 結果を出した弟たちと、出来損ないの兄、家族の集いに呼ばぬ訳にもいかぬけれど、かといって、その場で私も家族もどのように接すれば良いのかわからなかったのだ。

 そして、それでも会話の糸口を探して結局は言うべき言葉を見つけられなかった母や弟たちは気不味そうな顔を時折浮かべては困惑していたが、父は意にも介さず「リーガルドたちのためにもウスターシュもそろそろ嫁のひとつくらい見つけてやらんとな」なんて言っては空気を凍らせていた。



 弟たちが活躍するなかで、父から言われる。



 「実家にいる兄が家に籠ったまま、嫁もないでは、あいつらの縁談にも差し障る。お前の体にだって悪い。荘園の一部を任せるから、管理をしている者に習って農園経営をしなさい。あとはお母さんの始めた商会の支店を近くに作るから、経営者としてお母さんから学びなさい」


 最近、代官様の息子は下は優秀だが、上は出来損ないだったと噂されているのを知っていた。

 父や祖父と比べられるばかりか、弟たちとまで比べられる。自身の優秀さでウスターシュ個人を見てもらいたかった私は、反対に自身の不出来さで周囲に認識されるようになっていた。


 アウリシュ家の恥晒し。


 今の私はそれでもアウリシュ家の付属品なのだ。

 だが、その私からアウリシュ家の肩書きを取れば、本当に何も残らないことも事実だった。

 大学も騎士養成学校も中途で逃げ出し、成人してより何の実績もない私だ。

 だからこそ、父もこんな話を持ってくるのだろう。

 弟たちが先んじて縁談を決めては外聞が更に悪くなるのもわかる。と言って今の私に嫁ぐのは「家柄しか見ていない」と悲しいが宣言するようなものだ。

 

 「わかりました」


 そう答えた私に、父は久方ぶりに破顔していた。


 荘園の管理者や小作人たちは幼い頃から見知った者たちばかりだ。かつては御坊っちゃまと満面の笑顔で迎えてくれた彼等は、今は顔こそ昔のままに笑顔なものの、私を見下し蔑んでることは容易にわかった。


 彼等から学ぶことも、反対に父の代理として彼等に命ずることも、どちらも上手くいかない。

 信用が出来ないことで教えられることに、嘘が混じっているとの疑念が頭をもたげる。

 信用がないことで私の指示など適当に放置される。


 体調不良で管理者に権限を一時委譲するとの名目で丸投げし、家に籠るようになるのに、さして時間がかからなかった。


 商会のほうも同じようなものだ。

 いや、もっと酷かったと思う。なにせ、接客など出来よう筈もなく、無愛想でボソボソと喋る私が店の雰囲気を壊してしまえば、「役立たずが親の脛齧りで入って来た」と陰口を叩かれるのも必然と言うものだ。



 そうして家に籠る私を周囲の者が蔑む。



 何かと父と母は私を外の人間と関わらせようとする。

 切欠を掴んでやり直せるようにと母が父に溢すのを聞いて心が冷える。


 家に帰省した弟たちは距離を取るようになった。お互いだ。


 唯一、飼い犬のレオンだけが、私を下に見ず、従順に尾を振って撫でられることを喜んでいる。


 

 庭先でレオンの頭を撫でていると、近所の者であろう老齢の婦人から文句を言われる。


 「代官様の飼い犬にケチをつけるなんて畏れ多いけれどね。放し飼いされている犬がレードじいさんとこの孫に吠えついてね。大きい犬だし、噛みつくんじゃとヒヤヒヤしたのよ。レードじいさんの息子が気付いて追い払ったんだけどね。なんでね、なるべくなら、放し飼いにしないでくれんかね」




 頭に来た。


 優秀なレオンが噛み付く訳がない。


 この老女は、「無能な」私への当て擦りに「飼い犬」を出汁に使っただけだ。

 犬は飼い主に似るって言うしねと、陰で罵っているに違いない。


 そう思ってからは庭先の向こう、家の前の通りを散策する老女たちが道端での談笑のネタに私を扱き下ろしていると、不安と怒りがたまっていった。





 短剣を手に老女を斬り付けめった刺しにする。


 駆け付けた警らの騎士に魔導猟銃で大型獸用の散弾を打ち込む。


 怒り、憎悪、恐怖に支配される心の中でも、私は高揚感に胸を高鳴らせていた。


 父に言われる事もなく、自らの意思と判断で「何事か」を成した事に、奇妙な達成感を覚えたのだ。



 僕の犬を馬鹿にした老女を一刀の元に斬り捨てる。

 その友人の老女は散々僕を馬鹿にして、わざわざ我が家の前で悪し様に罵ってくれた。滅多刺しにして血の海に沈めてやる。


 通報を受けて騎士がやって来た。馬を駈ってやって来たのは壮年の厳つい男と、初老の柔和そうな男だったが、二人を惨殺した僕を撃ち殺しに来たに違いないと、僕も威嚇のために魔導猟銃を用意していた。


 猟銃を構える僕に馬上の騎士が慌てた様子で口論となる。


 「銃を持ってるなんて、聞いてないぞ」

 「私も聞いて無いんですが、取り敢えず投降するよう説得しましょう」


 そんなことを耳打ちのように話し合うが、声が大きく全て聞こえて来る。わざと悪口を聞こえないように大声で話す連中とそっくりだ。


 「すぐに応援の騎士も来る。その銃を置いて投降しなさい」


 すぐに応援の騎士がたくさん駆けつけるぞ、お前のような役立たずに銃など扱えないだろう。無駄な脅しをせずに諦めろ。


 あー、わかった。


 僕が役立たずの無能じゃないと教えてやるよ。





 私が彼等を殺したことは「私を証明」するためだったんだ。けれど、その愚かな自己顕示と承認欲求の発露は家族親類を破滅させ、遺族の家庭すら破滅させてしまいました。



 首に縄をかけられる夢を見て魘される。

 生きて償いたい。父に謝りたい。

 遺族の方たちに謝罪したい。


 本当に申し訳なかったと反省する日々の中で死刑が確定した。





 何でだ何でだ何でだ何でだ何でだ何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で何で。




 俺は反省した後悔した俺が悪かったんじゃない苛めたあいつらが悪口を言ったあいつらが無理を押し付ける父に愛してるふりする母に見下してくる弟に。


 悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのは悪いのはあいつらあいつらあいつらあいつらあいつらあいつらじゃないあらなうたふか。





 レオン、もう撫でてやれないんだ。ごめんね。






 

 

 

感想など、お待ちしておりますщ(´Д`щ)カモ-ン

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