離れたくないんだよ……大好きだから
「ヘリオス……姉弟は結婚できないんだよ……」
ばあちゃんがキッチンに入ってくる。
「え? そうなの? 知らなかった……」
ヘリオスが子犬みたいにかわいい顔になっている。
あぁ……
かわいい……
ウルウルの瞳……
「良い事を教えてやろう。ヘリオス……ココと結婚したいんだろう? 聞きたいか?」
「え? 何? 何? 教えてよ、ばあちゃん!」
「ヘリオスの本当の父親は別にいる」
「……ばあちゃん」
ヘリオス?
笑えない冗談だって怒り出すかと思ったのに。
真剣な顔をしている……
「オレ、知ってたよ。オレの本当の父ちゃんが、ろくでもないクズだって事も……」
辛そうな顔をしている。
いつから知っていたの?
「ヘリオス……? 誰に聞いたの?」
誰かが口を滑らせたの?
この島のヘリオス以外は皆知っている事だから……
「皆がコソコソ話してるのが時々聞こえてたから……」
あれだけ気をつけろって念を押していたのに……
「悪気があって話してたんじゃないんだ。それはわかってるよ? 皆、優しいから……」
「ヘリオス……話してくれれば良かったのに。一人で抱え込んで辛かったね」
「教えて欲しいんだ。オレの本当の父ちゃんの事。昔、何があってオレがここにいるのかも……詳しくは知らないから」
「……辛い話だよ? 耐えられるか心配だよ。もう少し大きくなってからでも……」
「ココ……? ヘリオスが知りたがっているんだ。邪魔をしてはいけない」
「父ちゃん! だって……ヘリオスが……」
王子だって知って、リコリス王国に帰りたいって言ったら?
殺されちゃうよ。
あの王と王妃はそういう人達だよ?
「姉ちゃんは知ってるの? ……オレの父ちゃんの事」
「……遠くから見た事があるよ? でも……悪く言って申し訳ないけど……酷い人だよ」
「……教えて? 聞かないといけないんだ」
真剣な顔だ。
知りたいんだね。
本当の父親を……
「帰りたいの? 元の場所に……帰るべき場所に帰るの?」
「……わからない。でも、ずっと怖くて聞けなかったんだ。オレは本当の子供じゃないの? って……いつか捨てられるんじゃないかって……怖くて……」
ヘリオスが泣いている……
いつも元気いっぱいでキラキラ輝いているヘリオスが……
「捨てるはずない……ヘリオスは大切な弟なんだから。知ってるでしょ? ヘリオスがいなかったら、姉ちゃんは笑って暮らせないんだ……ヘリオスがいるから毎日楽しく暮らしてるんだよ?」
「姉ちゃん……」
「そうだぞ? ヘリオスがいたけりゃいつまでも、ここにいれば良い。父ちゃんもその方が嬉しいからな?」
「父ちゃん……うん。オレもずっと父ちゃんの側にいたいよ。父ちゃんの事が大好きだから……」
「ヘリオス……今から話す事は辛くて耐えられないかもしれない。でも……母親の命を奪った奴らを許せるか?」
ばあちゃんが、厳しい顔をしている。
金の亡者で強欲だけど本当はすごく優しいから……
ばあちゃんは口は悪いけど、ヘリオスをかわいくて仕方ないんだよね。
「母親の命……? どういう事?」
ついにヘリオスに知られる時が来たのか……
「ヘリオス……お前は四大国の一つ、リコリス王国の王子なんだ。美しい側室の子だ……母親は最期までヘリオスを心配していた」
「最期まで? じゃあ……母ちゃんは死んだの?」
「あぁ……リコリスの王妃がな、手下に拐わせたんだ。そして、わたしらは海で偶然母親に出会った。まるで神様に導かれるかのようにな……」
「神様に……?」
「海と空とを繋ぐ光の柱が見えたんだ。そこに向かうと、今は父ちゃんの船になっているあの船が輝いていたんだ。乗り込むと、母親の陣痛が始まっていてな……ヘリオスの出産は、ばあちゃんとココが手伝ったんだ」
父ちゃんが懐かしそうに思い出している。
「母ちゃんは……オレを産んだから死んだの?」
「違うさ……拐った王妃の手先を一人で倒したんだ」
父ちゃん……
ヘリオスが傷つかないように考えながら話しているみたい。
頭を使うのは苦手なはずなのに……
父ちゃんもヘリオスには甘々だからね。
「側室なのに? 強かったの?」
「ああ。武力に優れている国の王女だったんだ。だから強かったんだろうな……」
「じゃあ、本当の父ちゃんは? 何で母ちゃんが拐われたのに助けに来なかったの? 間に合わなかったの? 海にいるって知らなかったの?」
「……母ちゃんの亡骸をリコリス王国にこっそり届けたんだ。でも……父親である王は引き取るどころか、そのまま放置したんだ」
「……! 何で……?」
「クズだからさ……今のままじゃあ、リコリス王国は滅びるだろう」
「滅びる……? 大国なのに?」
「そうだ……」
「……滅びれば良いんだ! そんな国!」
「ヘリオス……それは違う。何の罪も無い人達が家を失う事になるんだ」
「……でも、オレは見捨てられたんだろう?」
「いや、ヘリオスが生きている事は、父ちゃん達以外は知らないんだ」
「知らない?」
「そうだ……知られてしまえば命を奪われるのは、わかりきっているからな」
「どういう事?」
「ヘリオス……王妃には息子がいるんだ。だが他にも側室が産んだ王子と王女がいる。王女はいいが、王子は王妃の手にかかって何人も命を落としているんだ。ヘリオスの母親は王の寵愛を受けていたからな、存在が知られてしまえばヘリオスはここまで生きてはいられなかっただろう……」
「……じゃあ、オレは……存在さえ知られずにひっそり暮らし続けていくの?」
「ヘリオス……この島が豊かなのはどうしてか知っているか?」
あぁ……
父ちゃん。
ついにそっちの秘密を話す時も来たんだね……
「え? 海賊だから……かな?」
ヘリオスは、この事は知らなかったんだね。
首をかしげる姿がかわいい……
「朝飯が済んだら出かけるか」
「……父ちゃん? どこに?」
「リコリス王国だ!」
「え? ……オレを捨てに行くの?」
「あははは! そんな事あるはずないだろ? リコリス王宮で宝探しだ!」
「宝探し?」
「ああ。そうだ! 王の寝室に海と繋がる秘密の通路があるんだ。昼間は王は留守だからな。こっそり忍び込んでお宝を少しばかりいただいて来るのさ! あははは!」
「父ちゃん? 今まで、そんな事してたの?」
「ヘリオス……今日は肖像画を盗んで来よう」
「肖像画?」
「ああ。ヘリオスの母親の絵だ! キレイだぞ?」
「母親の絵?」
「行くか? 本来いるべき場所を覗いてみるか?」
「……うん。行くよ。見てみたいんだ。父親って人を……」
「よし! そうと決まれば、ほら、受け取りな!」
ばあちゃんが懐からイヤリングを取り出す。
良かった。
もう売ってお金に換えられているかと思っていたけど、ちゃんと持っていたんだね。
「イヤリング?」
「母親の形見だ。大事に身につけて無くすんじゃないよ? 母親の最期の望みだからね」
「最期の望み……?」
「あぁ……ヘリオスに渡して欲しいってな」
「オレに……うん。大事にするよ」
ヘリオスが右耳にイヤリングをつける。
本当にそっくりだ。
もし、王妃に拐われていなければ幸せに暮らしていたのかな?
ヘリオスがリコリス王国を気に入って、帰って来なかったらどうしよう……
考えただけで胸が痛いよ……