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再始動! 我らブリッジス!(3)

 軽く一礼しつつ、サロン・ド・フェグリから退店する。


 次なる目的地は数秒先のすぐお隣。店先には都会的な匂いを感じさせる、商店街には不釣り合いのフレッシュなショートワンピースが各色ズラリ。

 彩り豊かで、見た目だけで楽しい一店。近年になってからのお気に入りです。


「こんにちは~」

 服屋さんの小じゃれたグリーン色の扉は、今日も開けっ放しのスタイル。


 店内には所狭しと女性服が並んでいて、ガーリーな世界が広がっている。

 アメリカンなシャツに民族チックなカラフルセーター、和服まである。

 年々、女子に磨きをかけるたびにこのセンスが羨ましくなってくる。


「あら、紗友ちゃんじゃない。やっと広告モデルになる決心がついたの?」

「ううん、違うの八木原さん」


 お店の店主は、最上さんと十塚さんと同期の八木原賢さん。

 四季橋高校サッカー部の九期生で、現在のお年は六十歳。

 左サイドのMF担当にして、衝撃の【バリケンド】の伝説を有している。


 頭部の右半分は刈り上げられ、左半分に金髪をなびかせている様子は、見る人によってはどこかの業界人に映るかも。見た目はオジさんだけど、末さんとは違う方向性でパワフルな若さを感じる、まさにイケイケなタイプ。

 実際、寂れゆく旧四季橋商店街で現在最もウハウハなのは、このお店である。


「なによー。紗友ちゃんなら絶対似合うのにー。ほらほらこの服とかどーお」

「ん~、私には似合わないって~」

「そんなことないわよお。ウチの三十路娘の約八倍はかわいいもの」

 そんなことあるけど死ねオヤジ! と。店の奥から娘さんの怒声が届いた。


 八木原さんは高校卒業後、数年ほどアルバイトで経験を積み、シャッターが増えはじめていた旧四季橋商店街に服飾「ルビーナ」を開いた。それから数十年、地域の客層にあわせて、おじさま向けの普段着やおばさま向けの一張羅をセール、セール、セールと売り続け、薄利の激安ショップの名をほしいままにしていた。


 しかし三年前のことだ。ファッション業界を専攻して海外に留学し、いくつかの世界的ブランドを渡り歩いてきた娘さんが店に帰ってきたことで、ルビーナは一変した。彼女はさまざまなツテで先進的なデザイナーと協力し、ルビーナを拠点としてインターネット上でセレクトショップを展開すると、これが大当たり。


 かくして八木原さんはウハウハで店の実権を娘に譲渡し、地元の激安点は消滅。ここは現在、旧四季橋商店街にあるだけの有名無実な旗艦店であり、アパレルブランドとしてはインターネット上を中心に二十代女性に影響を広げている。

 なお、お店の奥まで行くと、昔の名残である激安アイテムもちゃんと通年で取り扱われている。娘さんは地元愛の強い四季橋育ちだからね。ついでに私も小さいころから憧れているお姉さんはモデルもやっていて、本物の美人さんである。


「だとすると、今日は普通に買い物なの?」

「え~っとね、そこはブリッジスについてなんだけど――」


 結果的に、現在のルビーナはネット通販が主で、物流もこのお店ではなく、別に用意した倉庫を拠点としている。そのため、この店舗は父の生業を奪わないという配慮か、あるいは美人な見た目も台無しに年がら年中転がり込んでグータラ寝できる実家をお姉さんが残したいから父親に押しつけているだけなのか。八木原さんはここしばらく物を売る気がほとんどない気ままな店番を担当している。

 失礼な話、瞬も独り立ちしはじめた千藤さんくらい暇なのである。


 それだけにブリッジスの活動についてはとても意欲的で、話をするやいなや乗っかってきた。末さんに言われたとおり、八木原さんはイージーそうだ。


「それにねえ、紗友ちゃんに言われたらねえ、そりゃやる気になっちゃうわよ」

「皆さん、私に甘いんですから~」

 オジさんたちがチョロくて、監督は心配だよ。


「それで紗友ちゃん、ワタシで何人目?」

「ん~と、3の5の6の7だから……八木原さんで八人目」

「じゃ、あとは大船さんを除いて二人ね」

「はい……ここのお向かいさんたちですね~」

「うえ……そりゃ面倒なとこ残しちゃったわねー」

 でも紗友ちゃんならきっと大丈夫よ、だなんて。

 あまり後押しにならない助言をもらって、ルビーナから出た。



 嗅いだことはないが昭和臭の強い旧四季橋商店街にあって、店名が横文字ってだけでカッコいい美容室「サロン・ド・フェグリ」と服飾「ルビーナ」という二店舗のお向かいには、二つの商店。この町はおろか、サービス業界全体で見ても最前線で戦い合う二つの同業種な店舗が、不運にも横並びで営業されている。


『春のスイーツフェア開催中! 都会のオアシス、トロリーマート』

 向かって左手側には、上から数えて四番目くらいに人気がありそうな、正直に言うと比率的にあまり見ない、都内限定チェーンのコンビニエンスストア。


『春はビビるほどの強化月間! お客さまの支え、スーパー木ノ庄』

 向かって右手側には、旧四季橋商店街で数十年と経営されてきた、こちらも全国規模の大手チェーンには差をつけられた、地元住民に愛されるスーパー。


 この二店舗の最大の不運というのが。


「おい服部! うちの前に特売棚を並べるんじゃねえよ!」

「いやいや、どこ見てんですか十塚さん。ぜんぜん並べてないですよ?」

 お隣さん同士の店長と店長。


「ほらここ! ここだよ! 棚の端っこ! ちょっとはみ出てるじゃねえか!」

「はみ出てるって、数センチくらいでギャアギャア言わないでくださいよ!」

 年齢は二個違いの先輩と後輩。


「ああん!? さすがテクニック皆無の【ノー・トリック】だなッ!!!」

「おおう!? 考えなしの【フラインガー道雄】がなんですってッ!!!」

 今ではすっかり険悪なオジさんとオジさん。


 私が幼稚園に通っていたころは焼き肉屋さんであったトロリーマートの店主は、最上さんと八木原さんと同期の九期生、十塚道雄さん。六十歳。

 右SB担当で【フラインガー道雄】と呼ばれた、フィールドのバタフライ。


 キレイさっぱりの禿頭に、根っからのお調子者な笑みが張りついている十塚さんは子供たちに好かれやすい。コンビニは主に家族経営だけど、子だくさんな家庭とあって人手はけっこうある。まあ、そろそろ三十近い息子さん、娘さんたちからは「お店潰して駐車場にしましょ」と迫られているらしいが。


 もう一人、私が生まれたころから姿形の変わらぬスーパー「木ノ庄」の店主は、お父さんと千藤さんと同期である十一期生、服部空さん。五十八歳。

 トップ下のMFで【ノー・トリック】と呼ばれた、真面目で堅実な攻めの要。


 フサフサの黒髪と柔和な顔立ちで丸っこい体型。ザ・中年男性臭がしているのは服部さんが苦労人的ポジションだからでもある。なんてったってウチのお父さんと元気たっぷりな千藤さんによる【大船頭コンビ】を、現役時代からトップ下で支えてきたわけだからね。ちなみにお名前の「はっとりくう」に反して、これまでの人生で試合中にハットトリックを達成したことはないらしい。く〜、残念。


「まあまあまあ、十塚さんも服部さんも抑えて抑えて~」


 そして彼らはなんの縁か、うーん縁があるのは事実なんだけど。

 時代の流れによる奇縁で、同じようなお店だけど確実に違い、そのせいで競合し合ってお客さんを食い合ってしまう、不運な不運なお隣さんの関係にあった。


「なんだとっ……って紗友ちゃんか。いらっしゃいませー、ウチでしょウチ?」

「コンビニのくせに客引きしないでくださいよ! 紗友ちゃん、ウチだよね?」

「ううん、違うの。今日は二人にお話があって~」

 今日だけでもう何度も繰り返してきたから、説明はスムーズに行えた。


「ってことでね、お父さんと二人以外は快諾してくれたよ~」

「そかそか。じゃあ手前を入れて、残り二人を探すか」

「ちょっと! 今サラッと僕を抜かしたでしょ!? 大人げないですよ十塚さん!」

 ハブにされたことに、服部さんが抗議。

 それが火花となって、また着火する。


「んだと!? 万年出血赤字のスーパーが! 店長が遊びほうけたら潰れるぞ!」

「無名のコンビニ屋がなに言ってんです! トロチキでも食ってなさいよ!」

「てんめえ! 丸っこい中年デブが、カマすぞこら!」

「こっちはいつでもその気ですよ! このハゲっ!」

「まあまあまあ……」

 目を離すと、商店街内でもウチのお店でもだいたいこんな感じな二人。


 この二店は強みが違っている。私にせよ「コーヒーはトロリーブランドにして、お惣菜は木ノ庄で買って~」とハシゴすることもザラで、地元住民たちも人それぞれの嗜好で使い分けている。流動的にお客さんを運び合う関係性と言ったら聞こえはいいものの、実情は利益を半分ずつ奪い合っている感じかも。


 ぶっちゃけ、客側にしたら「店の壁をつなげてレジ共通にしてくれないかなあ」と思ってしまう程度に、便利ではあるけれど、使い勝手が悪く感じる。

 そこが隣同士の利便性で、離れていれば感じることのない不便さなのだ。


 過去にはトロリーマートの二十四時間営業に対抗し、スーパー木ノ庄も二十四時間営業をはじめた時期もあったりした。でも、住民が寝静まる時間帯にはお客さんなんてこない旧四季橋商店街だから、売上のわりに体力が続かずやめた。

 仕方ないというか、それが必然。年齢もまあ、関係あるとしても。


「前の試合は仕方ねえから組んだだけで、テクなしとは金輪際やるか!」

「守りのときに飛び出すフライング男なんか、こっちだってゴメンです!」

「んだとお、てんめえ!」

「あのインハイのときだって、十塚さんが飛び出してなきゃ!」

 ギャアギャアギャア、ギャア。二人のオジさんが元気でうるさい。

 この商店街では見慣れた光景のため、足を止める人もいない。


 はぁ……めんどうだ。なぜ女子高生の私がオジさんのゴキゲン取りをしなくちゃいけないのか。それが監督ってもんだから? 大変だね、監督って。


「まあまあまあ……ほかの人もね、お店とかあるし、どれだけ練習時間が取れるかもこれから話し合いになると思うからさ。まずは、ね? やるやらないはあとでもいいから、ミーティングには参加してくれるといいな~、って。ダメ~?」


 まあね、名義だけの監督なりに、苦労は買って出ますよ。


「……ちぇ、紗友ちゃんが手前らの監督やるってんなら、なあ」

「……この町で、ほかの誰でもない紗友ちゃんに頼まれちゃ、ねえ」


 そんななわけで、オジさんの口論はムダに聞かされたものの、ご印籠である私自らを生かし、お父さん以外のメンバーをかき集めることに成功したのだ。


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