再始動! 我らブリッジス!(2)
「じゃあ私、次のとこ行ってくるね~」
仲間に加えたサンダーブラザーズに別れを告げ、次のターゲットのもとへ。
「紗友ちゃーん、おいらたちのことよろしく頼むよー」
「……次はどこ」
明るい兄と無口な弟。これで五十三年間やってきた。
「お向かいの『幸腹亭』さ~ん」
安田電気店をあとにして、次なる目的地は数歩先のお向かい。
真っ赤な原色が派手な看板。旧四季橋商店街の食堂「幸腹亭」さんだ。
「こんにちは~」
ガラガラー。居酒屋おおふねと遜色のない、うるさい引き戸の先には。
昔を知らない私でも、まさに昔ながらという感想しか湧かない大衆食堂。
赤いビニールシートの食堂用チェアに、使い込まれた木製のテーブル。
メニュー表がない代わりに、お店の壁にはメニューの付箋がずらり。
「へい、らっしゃ……ってなんだ、紗友ちゃんや。今日はワイんとこで晩飯?」
「ううん、違うの兼島さん」
お店の店主は、サンダーブラザーズこと安田兄弟と同期生の兼島実さん。
四季橋高校サッカー部の十六期生で、年齢も同じく五十三歳。
右サイドのMFを担う、当世代の主砲【ハッピー弾丸】。
最近はちょっと肥満になってきたのか、先のサッカー試合でもお腹がダルンダルンと揺れていた。これぞまさしく中年、いや高年太りってやつか。お酒もバカスカ飲むほうなので、ウチ的には上客でも、道ばたで会う奥さんがよく「うちの人も大船さんみたくガッシリならいいけど、あれじゃ豚よ豚」と愚痴っている。
ブリッジスきっての、ザ・見た目からして中年オジさんの先鋒だ。
「紗友ちゃん、若い女子向けの新作減量メニューならどうや?」
「あっはは、それでも幸腹亭さんの量はちょっと多そうかな~」
ウチの左数軒隣で、旧四季橋商店街の駅側出口に位置する幸腹亭は、主に学生や男性向けの大衆食堂として「安い・多い・味はそこそこ」が信条だ。
それだけに瞬のような食べ盛りの男子、お父さんみたく豪快な量を食べる男性には、駅前の全国チェーン店よりも定評があるし、ときどき爆食いメニューでイベント的なにぎわいを見せるため、商店街のにぎやかしに一役買っている。
その反面、私はときどき小盛りのさらに半分くらいの量にしてもらうことで食べにくるけれど、ノノちゃんのような女子には、実態でも風評でも乙女的にもまず縁のない脂っこいお店ではある。強みがあるだけ十分だと思うけどね。
ちなみに、ウチのお店と幸腹亭さんとは食材や作り置きに余剰が出そうな日は、それぞれおすそ分けし合い、お通しが増えたりすることもある。
「それで、一体どうしたんや」
「え~っとね、みんなのブリッジスについてなんだけど――」
話を戻して、兼島さんにも説明する。
兼島さんはサンダーブラザーズと同様、「え、ブリッジスって解散してたの?」と困惑の反応を見せたものの、再戦までは考えていなかった。
幸腹亭は兼島さん、奥さん、出戻りの息子さん夫婦で営まれているけれど、夜に鍋を振るうのは俺の役目だと兼島さん自身が自負している。お向かいの安田電気店ほど仕事が不定期になることもないから、兼ね合いはとくに難しいのかも。
だけれども。
「先輩方が乗って、サンブラもやるってんなら、やるしかねえやな。ここで日和ると大サンダーになに言われるかたまったもんじゃねえや。俺もやんよ」
兼島さんも無事、MFとして協力してくれることが決まった。
「ありがと~、兼島さ~ん」
「なーに。てーかさ、大船さんが反対なのはさすがに分かるけどや」
「うん」
「ワイだけ紗友ちゃんの頼み断ったら、そっちのが気が気じゃねえやい……」
うーん。みんなそれぞれ、私に思うところがあってくれるらしい。
「じゃあ、詳しいことはどうせウチに集まるだろうから、そのときに~」
「ほいよ。んで、紗友ちゃんは次どこいくんや」
「ん~、駅側は済んだし、向こうの『サロン・ド・フェグリ』からかな」
「なら末には、てめえの先輩はやるってよ! って脅しとけや」
「そういう先輩圧力、よくないと思うよ~」
今どきは、なんたらかんたらハラスメントになりそうだし。
といった古き良き幸腹亭さんをあとにして、次なるターゲットを目指した。
旧四季橋商店街の駅側出口にお店を構えるオジさんはもういないから、ここで来た道を戻る。一分もしないうちに居酒屋おおふねの前を通りすぎると、一軒隣にはわくわくクリーニング「MOGAMI」。この時間は奥さんが店番をしていて、自動扉の先では同年代のおばさまとお話中か、ケラケラと笑っている。
その先は、ウチの仕入れを手伝ってもらっているお魚屋さん、怪しいたたずまいだけどそろそろ二十年選手なインド風カレー屋さん、昔はおもちゃ屋さんだったがもう開くことはないシャッター店、そこを通りすぎた先が次なる目的地。
「こんにちは~」
カランカラン。鶏型の小さな金細工のベルが、美容室のドアの上で踊る。
クリーム色を基調とした清潔な店内には、大型の鏡がズラリと並んでいる。
静かな空間で小さく鳴る、シャキシャキ。ハサミを動かす心地よい音。
独特な香りとともに、いつも私の眠気を誘ってくる癒やしの空間。
「いらっしゃいませ、って紗友ちゃん。また前髪が気になってきた?」
「ううん、違うの末さん」
お店の店主は、みんなの後輩に位置する末聡さん。
四季橋高校サッカー部の十七期生で、最年少の五十二歳。
ポジションは左SBで、守備自慢な【カミソリカッター】の異名を持つ。
末さんはブリッジスのなかで最年少ってだけじゃなくて、一般的な五十二歳には見えないくらい若々しく雰囲気と、健康的な体つきを備えている。だからオジさんたちのなかでは唯一、オジさんと呼ぶのに抵抗がある男性だ。
人当たりのいい顔つきも、若いころはおそらくモテたのであろう優男風のそれ。そのかいあってか、同じ美容師である奥さんはひときわ美人で有名。
「じゃあ、ついにカラーでも入れる? 紗友ちゃんならきっと似合うよ」
「あっはは、それお父さんに怒られちゃいそう」
私が中学生だったころ、このお店は昭和の美容室を象徴していたらしいトリコロールカラーのサインポールをクルクル回していたが、美容室「四季橋フェグリ」は数年前に大々的にリニューアル。私のような女子高生でも抵抗がない、清潔感のある開放的な美容室「サロン・ド・フェグリ」に生まれ変わった。
とはいえ、どんな町でも100メートル歩けば美容室が見つかるこの時代。見た目を多少工夫した程度では新規客を呼び込むのも難しい。
そのため、私の友人知人ではサロン・ド・フェグリを使っている人がいまだおらず、ほそぼそと宣伝大使をやらせてもらっている効果はいまだない。
ただ、コンテストでの受賞歴がある美人奥さんは、ここぞというときに気合を入れたいとやってくる根強い固定客を持ち、生まれも育ちも商店街な末さんも、周辺のお年を召したレディたちにウケがよい。彼女らレディも若い子たちと同じような雰囲気の美容室に気兼ねなく入れるということで、営業面は堅調だ。
「それじゃあ、今日はなにかほかの用があるのかな」
「え~っとね、実はブリッジスについてなんだけど――」
そして同じ流れで説明に入る。末さんも例に違わず、チームの解散や再結成といった捉え方はとくにしていなかった。ここまでくると千藤さんたちが早とちりで現状を憂いていたように思えてきて、こっちが申し訳なくなってくる。
あと、サロン・ド・フェグリは世の中の美容室と同じく、定休日が月曜日だ。ほかの人も全員サービス業とあって土日休みはないようなものだけど、そのなかでもとくに日程を合わせづらいメンバーかもしれない。
なにより美容師として末さんの腕前を上回る美人奥さんは、いつもは優しいお姉さまだが、気の強さは商店街内でもよく知られているから、あとが怖そう。
「そうだ、兼島さんたちから、末さんによろしくって」
「……まったくさあ、何十年経っても先輩特権があると思ってるんだから」
「体育会系の弱みだね~」
「ほんと、五十になっても後輩扱いってところが、この商店街のネックだよね」
そうは言いつつも、末さんはとくに悩むそぶりを見せず、ブリッジスへの本格参加と、マウントスへの再戦をこころよく約束してくれた。
末さんは末さんで、相手チームにいた【さきイカ】さんなる人となんらかの因縁があったようだし。世代ごとの関係にそれぞれの人生を感じる。
「それに紗友ちゃんに頼ませるなんて、千藤さんも禁じ手を使ってくるねえ」
「あっはは~……」
オジさんたちにとって、私は印籠かなにかに見えているのかもしれない。
「じゃあ、次はお隣さんに聞いてきますね~」
「ああ、八木原さんならとくに問題ないだろうね」
「『ルビーナ』って今、ネット通販がすごいんだってね~」
「ほんと、自分もバーチャル美容室とか考えてたくらいだよ」




