再始動! 我らブリッジス!(1)
一部が悔しがった日曜日が開けると、旧四季橋商店街の日常がはじまる。
私も平日は学校に通い、夕方からは居酒屋の調理娘としてがんばり中。
そんな学校帰りの月曜日。日暮れ前のお父さんたちはというと。
「なぁに言ってんだ大悟! てめえ負けたまんまで悔しくねえってのか!」
「ゴラァ! 店内で怒鳴るな茜! 迷惑だろが!」
「じゃかぁしい! 客なんざ俺らしかいねえだろ!」
「まあまあまあ」
お父さんと千藤さん、厳密にはお父さんと千藤さん“たち”がモメていた。
話は単純。渕山町のマウントスに完敗したのち、千藤さん、最上さん、郷里さんは奮起して「これから本格的にブリッジスで練習しよう!」派になった。
けれどもウチのお父さん、大船大悟はこれに反対。それぞれ息子さんや娘さんが独り立ちしているご家庭も多く、家庭内サービスも最優先事項から外れてきた年代の男たちとはいえ、みな旧四季橋商店街で自営業をしている身である。
休日に練習で集まるといっても、私たち大船一家に限らず、休日こそ稼ぎどきな美容室や服飾屋、平日お昼と閉店間際がピークな食堂、横並びの店舗でけん制し合うコンビニにスーパー、修理依頼やお年寄り相手のサポートが不定期な電気店と、各々で業種がバラバラなため、遊びでも休日を合わせるのは大変なのだ。
「そこまでやりたかねえなら、ああ分かった! 大悟抜きでチーム作ろうぜ!」
「おうゴラァ! 勝手にしろや、ヒョロ男が!」
「勝手にするさ、岩男め……んでよお、最上さんに郷里さんよお」
口を交わす相手を切り替えた千藤さんに。
「なんだ、千藤」
最上さんは辛味たたきキュウリを召し上がっている。
「ガッハッハ! 紗友ちゃんのこの卵のやわっこいのはミラクルじゃわい!」
OB大明神は、こじゃれた食べ物の名は絶対に覚えない。
「俺たち三人でもよ、ほかのやつら集まると思うか?」
千藤さんの家は昔、ウチの右斜め向かいで薬局を開いていたが、今は閉業してしまった。というのも薬剤師の奥さまがとっても優秀だったみたいで、駅近くの総合病院に務めたほうが実入りがいいとなり、あっさりお店を畳んだ。
それでも瞬を含めた千藤一家は、今も斜め向かいを持ち家にして住んでいる。
商店街が活気づいていたのなら、ただの住居では退去を迫られたのかもしれないけれど。旧四季橋商店街に並んでいるお店は大半が住み家を兼任しているし、今やシャッター店も増えてきているしで、仮にアーケード街から商店がなくなっても「看板を外して住宅街にしよう」と自治体や行政と話が通っている。
そんなんだから、アーケード街のなかに一般住宅があっても問題なし。
もの悲しい未来が訪れたとしても、みんな屋根なしにはならないから、私たちはゆるやかな衰退のなかで、日々を精いっぱい生きているというわけである。
「人数集めは難しいだろう。不定期で練習時間を取るにも、手間は多いぞ」
最上さんはウチの右隣の店、わくわくクリーニング「MOGAMI」を営んでいる。お店の割烹着や私物の冬物コートは、よく超お得意さま割引でまけてもらう。
「ガッハッハ! ワシャぜんぜん問題ないぞ!」
「OB大明神ん家はもう、ミニ大明神が仕切ってるからなあ」
ミニ大明神とは、郷里さんの息子さんのことだ。
郷里さんの家は、居酒屋おおふねの目の前。向かいにある酒屋「四季」であり、ウチに原価近い値段でお酒を卸してくれている。ある意味、生命線だ。
つまるところ、居酒屋おおふね、クリーニングMOGAMI、酒屋「四季」、千藤家は四角形に隣接した超ご近所さんであり、旧四季橋商店街でも古株に入る。
「正直、俺らは自由な身になれるわけでもねえ、微妙な世代なんだよなあ」
「おいおい、専業主夫のおまえがそれを言うな、千藤」
「ガッハッハ! そうじゃそうじゃ主夫めが!」
千藤さんは家事育児を担当してきた、いわゆるイクメンだからね。
瞬もこの年になったから、ほとんど手放しでもいいようだし。
「ぐっ……まー、つーわけでよ、ここは一つ、紗友ちゃんに頼めねえかと」
「え? なんで私?」あれ、急に話が転がってきた。
大の男の六つの目が、ギョロッと向けられる。
しばらくジローッと眺められてから、勝ち誇られる。
「それは確かに、悪い手ではないというか、私ならまず断りづらいな」
「ガッハッハ! それやられたらワシもじゃ!」
「ほらな。俺らで紗友ちゃんに頼まれて断れるやつなんざ、いねえだろが」
「え~」
どうも、なじみの女子供を使い、みんなを泣き落としするって話らしい。
なんともコスい手を使うオジさんたちである。
「おい茜。そんなことに紗友を使うんじゃねえ」
悪巧みする面々に、お父さんが一喝。
「じゃかぁしい。大悟がノらねえんなら、これしかねえだろがい」
「私はべつにいいよ~。勧誘するくらいなら。一応、みんなの監督だし」
「おい紗友っ!」お父さんが怖い顔で怒鳴る。
でも、顔が厳めしいだけで、怒っているわけじゃないと知っている。
であれば話は早いほうがいいだろうと、今日はお客さんがこれ以上こないと決めつけて「よいしょ」白い割烹着を脱ぎ、ヘアゴムを外す。クセがついてしまっている後ろ髪は、なでつけていればそのうち直ると知っている。
「じゃあ、ちょっと行ってくるね~。でもそんなに期待しないでね~」
それだけ伝えて、お店の外に出ていった。
「さっすが紗友ちゃん、安心したぜ。やるときゃ速攻だな」
「実にFW向きの性格だ。感慨深い」
「ガッハッハ! ワシにも出せないスピード感じゃわい!」
「……ったく、話を聞かねえバカ娘が」
旧四季橋商店街の外。居酒屋おおふねの前で一度、仁王立ちする。
ついつい役を買って出てきたのはいいけれど、とくになにも考えてなかった。
「え~っと、千藤さんと最上さんと郷里さんがいるから、今は三人か」
FWが一人、GKが一人、MFが一人。うーん、まずはそうだな。
効率を考えて、商店街の端っこから攻めようか。
目の前にある酒屋「四季」を横目に、野っ原があるほうとは逆方向、四季橋駅側の商店街出口に向かう。といっても、一分もしないうちに目的地に到着する。
最初のターゲットは、商店街の端っこの「安田電気店」さん。
「こんにちは~」
入口扉のない町の電気屋さんに、あいさつしながら踏み入れる。
店頭の周辺にはエアコンや扇風機、冷蔵庫に洗濯機などの白物家電。
最新のスリム系ドラム型洗濯機についてはカタログしかない模様。
だけど大型電気店にはない特有の温かみが、ここにはある。
「いらっしゃい、って紗友ちゃん。またドライヤーでブレイカーでも落ちた?」
「……いらっしゃい」
「ううん、違うの。安田お兄さん、安田弟さん」
店の店主は双子。明るい兄の安田誠さんと、無口な弟の安田令さん。
二人とも四季橋高校サッカー部の十六期生で、五十三歳。
ともにセンターバックで、仲間内の通称は【サンダーブラザーズ】。
二人を呼ぶときはサンブラ。誠さんは大サンダーで、令さんが小サンダーだ。
安田お兄さんのほうは、背丈がそれなりにある細めな体型。対して安田弟さんのほうは、高身長なのっぽさんといったところだ。顔立ちはどちらも似通っており、弟さんは極端に無口なんだけど、人なつっこい愛嬌がかわいらしい。
まあ、どっちもオジさんなんだけどね。
「あっ、でもでも、お店のエアコンがちょっと弱くなってきたかも~」
「冬明けだしなあ。おいら、あとでお酒ついでにフィルター見にいくよ」
「……梅雨前の試運転も」
「毎度ありがとうございま~す」
彼らはそれぞれの奥さんと協力して、計四人で家電屋を経営している。ただ昨今どころかここ数十年は、駅前の大型家電量販店に価格でも品ぞろえでも負けているらしく、ウチのお店と同じく、主な客層は完全に地元民頼りで。
その年の新製品も、すべてカタログ任せのお取り寄せなのが手痛い。
それでも、次から次へと出てくる新製品の「なんたらクラスター」だとか「うんたらジェット」だとかの機能は、今どきネットレビューを見たところでよく分からない。そこで説明を兼ねた試運転をはじめ、近所なら製品を台車で運んでくれて、顔なじみの兄弟の手で設置工事までやってくれる。修理対応もすかさずだ。
そのサポート体制もあり、町内のお年寄りからは信頼を得ている。
それに、安田電気店は四季橋高校の大口仲介を引き受けているから、実のところお店の売り上げ自体は通年でもけっこうよいらしい。羨ましい。
うちは四季高だの四季小だのと協力できないしね。居酒屋さんだし。
「それで、なにか入り用だったかい」
安田お兄さんに言われ、ハッとする。いけないいけない。
「ああ、それでね、実は千藤さんが――」
話を本来の目的に戻した。
先ほど聞かされた話をサンダーブラザーズにすると。
二人の顔が、見る見るうちに怪訝な色に変わっていく。
「……ということで、千藤さんたちがブリッジスを再結成したいんだって~」
「ああそういう……ってかさ、紗友ちゃん」
「うん」
「ブリッジスって、もしかして、昨日でチーム解散してたの?」
「えっ」
そう言われると、してないような気がしてくる。
「ん~、よくよく考えると、べつに解散してなかったかも~」
「……酔って忘れてたかと思った」
「まあまあまあ、心機一転しよう、的な? あらためての話だと思うよ」
使者にしてはすっごく雑なお誘いだったけれど。
「いいよ。おいらはもとから再戦したかったし、千藤さんの案に乗るよ」
やったね。サンダーブラザーズは最初からやる気だったようだ。
「……大船さんは反対なんだ」ボソッと弟さん。
「うん、お店のこととか、私のこととか心配みたい」
「大船さんはなあ、そうだよなあ……今は美奈さんもいないし、紗友ちゃんも」
「……誠」
「わっ、ごめん紗友ちゃん。おいら、変なこと言っちゃって……」
「ううん、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
旧四季橋商店街の人たちは、家族のように優しいのだ。
「そもそもおいらたち、マジで、紗友ちゃんにこんなこと頼まれたらなあ」
「……断れない」
思いのほかトントン拍子で事が進み、ブリッジスは早くもDF2枚を確保した。
私自身、隠した本音をぶっちゃけると分かっていたことなんだけど。
顔なじみのオジさんたちはみんな、私にめっぽう甘いのだ。